「澪っち! たすけて!」
澪は、いつものように、朝のホームルームが始まるまでの時間を、勉強して潰していた。
その澪の背後から、倉持さんが抱きついてくる。
飛びつきながら抱き着かれたので、澪は前のめりになって、机におでこをぶつけそうになった。
毎日毎日、倉持さんはテンションが高い。
花咲丘高校という学校そのものが好きで、登校するだけで大満足。
でも勉強は嫌い。だから、授業が進むにつれて、倉持さんのエネルギーは消耗されていって、午後の授業になると、いつも睡魔と戦っている。
倉持さんが、もっともパワフルなのは、授業が始まるまえの朝の時間と、授業から解放された放課後である。
「倉持さん。どうしたの?」
以前の澪だったら、びっくりしすぎて声を出すことができなかった。
狼の巣である澪のところに、他人が入り込んでくることなんて想定していないからだ。
でも最近は違う。
誰あろう、この、倉持詩織さんが平気な顔して澪のテリトリに―に飛び込んでくるから、わずかながら免疫力がついていた。
で、いまは物理的にも飛び込んできたわけだけど、いったいどうしたんだろう。
「如月さん、ごめんねー……」
黄瀬さんが、もうしわけ無さそうに近寄って来る。
「しおりん。いきなりタックルかますの、迷惑だからよしなさい」
赤嶺さんもやって来て、なんと、澪の中心に人の輪ができてしまった。
「だって! もう、頼れるのは澪っちしかいないんだよ!」
黄瀬さんと赤嶺さんは、倉持さんの体を引っ張るけれど、倉持さんは、澪にしがみついて離してくれない。
他のクラスメイトたちは、わめきちらす倉持さんのことを、笑いながら見守っていた。
バカにしているふうじゃなくて、今日も元気だなーっていうニュアンスの笑みだった。
中学のときに、さんざん嘲笑を浴びてきた澪には、その違いを簡単に区分することができた。
季節は、春から初夏へと移り変わっていた。
校内に植林されている木々は、鮮やかな緑の葉を茂らせるようになった。
気候は、暑くも寒くも無くて、ちょうどいい。
それに加えて、ゴールデンウイークを目前にしたこのごろは、生徒たちの表情もたいへんに明るい。
そんなクラスの中でただ一人、倉持さんの顔は絶望であふれていた。
(いつも笑顔の倉持さんが、こんな顔するなんて)
新学期が始まって約一か月。この時期になると、男子生徒も女子生徒も、趣味や話が合う人同士で、グループを作って行動をするようになる。
いつもクラスの誰かと一緒にいるイメージのある倉持さんのそばには、常に、黄瀬さんと赤嶺さんの姿があった。
学校生活というのは、それぞれが所属しているクラスだけじゃなくて、部活とか委員会とか、他人とつながりを持てる場所は、いくらでもある。
そんななかでも黄瀬さんと赤嶺さんは、倉持さんとのつながりを強く感じているんだろうなと澪は思っていた。
黄瀬さんと赤嶺さんは、いつも青信号がともっているような倉持さんの制止役になることが多かった。
そういえば、まえにも、勉強をしている澪のところにやって来た、倉持さんのことを連行していた女の子たちがいた。
それは黄瀬さんと赤嶺さんだったなーと、澪は思い出していた。
「ほんとに、しおりんは猪突猛進なんだから」
赤嶺さんは、倉持さんを注意した。
黒髪ロングヘアで身長も高い彼女は、倉持さんのお姉さんみたいだった。
「詩織ちゃん。もうちょっと考えてから行動してって、いつも言ってるでしょ」
おっとり顔の黄瀬さんは、倉持さんと視線を合わせてやんわりと言う。
彼女たち二人は、赤嶺、黄瀬、という苗字から、信号機の赤と黄色になぞらえて、倉持さんのストッパーコンビと呼ばれていた。
「だって、だって……。このままじゃ……」
倉持さんは、澪の机に両手を置いた。
その手には、数枚の紙が握られていた。
「これ、小テスト、だよね?」
倉持さんは、無言でうなずく。
意図せずに、表面が澪のほうに向けられたので、点数が丸見えになっていた。
結果は……。
おもわず澪が目をそむけたくなる点数だった。
「これが、私となんの関係があるの?」
澪は、開いていたノートと教科書を閉じて、机の中にしまった。
話を聞きましょう、というサインを送ってくれたのだと思われたらしく、黄瀬さんと赤嶺さんは、倉持さんから手を離した。
実際は、このままじゃ勉強にならないなと思っただけだし、勉強に対して強い執着があるわけじゃないから、倉持さんを優先しただけ。
澪に、無言のサインを送るなんて器用な真似ができるはずがないのだから。
「ウチに……」
倉持さんは、澪の机についていた両手を、ずりずりっと移動させて、体を澪と正対させる。
そして。
「ウチに、勉強をおしえてください!」
頭を下げて、澪に懇願してきた。
「なっ……。えぇぇっ!?」
クラス全員が、澪と倉持さんに注目をしていた。
澪は、いつものように、朝のホームルームが始まるまでの時間を、勉強して潰していた。
その澪の背後から、倉持さんが抱きついてくる。
飛びつきながら抱き着かれたので、澪は前のめりになって、机におでこをぶつけそうになった。
毎日毎日、倉持さんはテンションが高い。
花咲丘高校という学校そのものが好きで、登校するだけで大満足。
でも勉強は嫌い。だから、授業が進むにつれて、倉持さんのエネルギーは消耗されていって、午後の授業になると、いつも睡魔と戦っている。
倉持さんが、もっともパワフルなのは、授業が始まるまえの朝の時間と、授業から解放された放課後である。
「倉持さん。どうしたの?」
以前の澪だったら、びっくりしすぎて声を出すことができなかった。
狼の巣である澪のところに、他人が入り込んでくることなんて想定していないからだ。
でも最近は違う。
誰あろう、この、倉持詩織さんが平気な顔して澪のテリトリに―に飛び込んでくるから、わずかながら免疫力がついていた。
で、いまは物理的にも飛び込んできたわけだけど、いったいどうしたんだろう。
「如月さん、ごめんねー……」
黄瀬さんが、もうしわけ無さそうに近寄って来る。
「しおりん。いきなりタックルかますの、迷惑だからよしなさい」
赤嶺さんもやって来て、なんと、澪の中心に人の輪ができてしまった。
「だって! もう、頼れるのは澪っちしかいないんだよ!」
黄瀬さんと赤嶺さんは、倉持さんの体を引っ張るけれど、倉持さんは、澪にしがみついて離してくれない。
他のクラスメイトたちは、わめきちらす倉持さんのことを、笑いながら見守っていた。
バカにしているふうじゃなくて、今日も元気だなーっていうニュアンスの笑みだった。
中学のときに、さんざん嘲笑を浴びてきた澪には、その違いを簡単に区分することができた。
季節は、春から初夏へと移り変わっていた。
校内に植林されている木々は、鮮やかな緑の葉を茂らせるようになった。
気候は、暑くも寒くも無くて、ちょうどいい。
それに加えて、ゴールデンウイークを目前にしたこのごろは、生徒たちの表情もたいへんに明るい。
そんなクラスの中でただ一人、倉持さんの顔は絶望であふれていた。
(いつも笑顔の倉持さんが、こんな顔するなんて)
新学期が始まって約一か月。この時期になると、男子生徒も女子生徒も、趣味や話が合う人同士で、グループを作って行動をするようになる。
いつもクラスの誰かと一緒にいるイメージのある倉持さんのそばには、常に、黄瀬さんと赤嶺さんの姿があった。
学校生活というのは、それぞれが所属しているクラスだけじゃなくて、部活とか委員会とか、他人とつながりを持てる場所は、いくらでもある。
そんななかでも黄瀬さんと赤嶺さんは、倉持さんとのつながりを強く感じているんだろうなと澪は思っていた。
黄瀬さんと赤嶺さんは、いつも青信号がともっているような倉持さんの制止役になることが多かった。
そういえば、まえにも、勉強をしている澪のところにやって来た、倉持さんのことを連行していた女の子たちがいた。
それは黄瀬さんと赤嶺さんだったなーと、澪は思い出していた。
「ほんとに、しおりんは猪突猛進なんだから」
赤嶺さんは、倉持さんを注意した。
黒髪ロングヘアで身長も高い彼女は、倉持さんのお姉さんみたいだった。
「詩織ちゃん。もうちょっと考えてから行動してって、いつも言ってるでしょ」
おっとり顔の黄瀬さんは、倉持さんと視線を合わせてやんわりと言う。
彼女たち二人は、赤嶺、黄瀬、という苗字から、信号機の赤と黄色になぞらえて、倉持さんのストッパーコンビと呼ばれていた。
「だって、だって……。このままじゃ……」
倉持さんは、澪の机に両手を置いた。
その手には、数枚の紙が握られていた。
「これ、小テスト、だよね?」
倉持さんは、無言でうなずく。
意図せずに、表面が澪のほうに向けられたので、点数が丸見えになっていた。
結果は……。
おもわず澪が目をそむけたくなる点数だった。
「これが、私となんの関係があるの?」
澪は、開いていたノートと教科書を閉じて、机の中にしまった。
話を聞きましょう、というサインを送ってくれたのだと思われたらしく、黄瀬さんと赤嶺さんは、倉持さんから手を離した。
実際は、このままじゃ勉強にならないなと思っただけだし、勉強に対して強い執着があるわけじゃないから、倉持さんを優先しただけ。
澪に、無言のサインを送るなんて器用な真似ができるはずがないのだから。
「ウチに……」
倉持さんは、澪の机についていた両手を、ずりずりっと移動させて、体を澪と正対させる。
そして。
「ウチに、勉強をおしえてください!」
頭を下げて、澪に懇願してきた。
「なっ……。えぇぇっ!?」
クラス全員が、澪と倉持さんに注目をしていた。

