わたしたちは星の歌を紡ぐ

「びっ、くり、したぁ……」
 安堵の息が漏れた。いまになって、膝が震えてきて、力が抜けてしまいそうだった。
「澪っち、人ごみ、苦手なの? 花見町出身だったら、電車移動なんて慣れっこじゃない?」
「そうじゃなくて……」
「ふんふん」
「痴漢、かと思って」
 素直に言ってしまっていた。
(しまった。痴漢と間違えるなんて、倉持さん、気を悪くするかも)
 でも、澪が心配するほど、倉持さんは器の小さい女の子では無い。
「あははは。そっか。びっくりさせて、ごめんね」
 表情を曇らせることがあるのかと思うくらい、いつも笑顔で、いつもポジティブ。澪にとっては、まぶしい人であった。
「澪っち、美人だし、ねらわれそうだよね」
「はぁっ!? 美人なんかじゃないよ」
 想像以上に、大きな声を出してしまった。澪は、倉持さんにほめられたことと二重にはずかしくなって、下を向いた。
「またまた、澪っちってば謙虚なんだから。みんな言ってるよ。澪っちは細いし綺麗だし、うらやましいって。クール系の美人顔と、ウルフカットとの相性もマルでしょ。そりゃ、痴漢は絶対に良く無いことだけど、澪っちのことねらいたくもなるよ」
「くくく、倉持さんっ」
 澪は、体の前に両手を出して、意味も無く左右に揺らした。それと同時に、澪の瞳も左右に揺れる。いわゆる、挙動不審状態におちいった。
「あはっ、ヘンな動き。澪っち、おもろいね」
「……」
 どうしたものか。
 倉持さんは、澪のすべてを好意的に解釈しようとしてくる。それが心苦しくて、もしかしたら倉持さんは、なにかに洗脳されているのでは、と疑ってしまう澪がいた。
 その洗脳が解けてしまったら、倉持さんも、中学校のときの同級生みたいに……、と、彼女のことを信じ切ることができない自分も情けない。
「ねー、私、澪っちのこと知りたいんだ。クラスのみんなも、口には出さないけど、そう思ってるよ」
 本当にそうだったら、うれしい。でも、うれしいという気持ちは三割くらいで、残りの七割は不安と不信。
 過去のトラウマが、そうさせてしまう。
「イヤじゃなかったら、もっとおしゃべりしたい」
 でも、倉持さんは、どんどん話を進めていってしまう。
 イヤか、イヤじゃないかっていう二択を突きつけられたら、イヤじゃない。だから澪は、なにも言うことができない。
 だけど、あくまでも、イヤじゃない、なのだ。
 この消極的な肯定は、過去の経験を引きずっているせいだ。
 いままで、一匹狼を演じて貫いてきた過去。そこに、少なくない心地よさを感じてしまっているから、積極的に前へ進むことを、ためらっている。
「でね、改めましてだけど、ウチが好きなもの」
 倉持さんは、スマホで動画を開いた。イヤホンの片方を、澪の耳に差し込む。
 一本のイヤホンを二人で共有する。
 スマホから伸びているコードが、澪と倉持さんをつないで、結ぶ。
 そのときに。
 ちかっ……!
 と、電灯がともりそうな予感を覚えた。
 澪の頭の中で、なにかが形になりそう……、いや、形になりたがっている。
(この感覚、どこかで……。そうか)
 綾子を本能的にカメラに収めたときと一緒だ。
 うつくしいもの。
 きれいなもの。
 思い描いて、形にする。形にしたい。
(わたしと、誰かが、つながる……。点と、点が結ばれていく……。星と星が線で……)
 毎日、見上げている一番星。
 ひとりぼっちでまたたいて、星の海に沈んでいく。
 独りきりのお星さまは。
 誰にも知れないまま、ひとつだけの星になる。
 でも、線と線で、結ばれたなら。
 星と、星でつながることができたなら、それは……。
「えへへ。AYAたそ、今日もかわいい」
「あっ……?」
 澪の目で、アイドルが歌って、踊っている。
 電車に乗って、倉持さんと二人、アイドルの動画を見ていた。
 一本のイヤホンを共有して、コードで結ばれながら。
 周りの人たちから見たら、どこにでもいるような、仲の良い高校生。
(どこにでも、いるような。か……)
 その響きは、澪に満足と不満を与えた。