わたしたちは星の歌を紡ぐ

 月曜日。
 休みが明けてしまうこの日が好きっていう人が、世の中にどれくらいいるのだろうか。
 リビングで家族と顔を合わせる。
 湊は言うまでも無く、仕事にやりがいを感じているはずの父も、表情が暗い。
 専業主婦の母だけはいつもどおりだけれど、重い食卓の雰囲気を察して、月曜日の朝は口数が少ない。
 澪は、どうだろう。
 自分で自分を見ることはできないから、はっきりとは言えないけれど、父と妹と同じように、重い雰囲気をまとっていたはずだ。
 いままではそうだったろう。
 でも今日は、休みが終わった喪失感なんか相手にしていられない。澪の頭は、他のことでいっぱいだった。
「ごちそうさま」
 朝食を終えた澪は、食器をシンクにためてあった水の中に浸した。
 自室に戻って、制服に着替えるまえに、慣れない手つきでスマホを操作する。
 <今週の土日も、また会えますか? もっと、いろいろとお話したいので>
 綾子から送られてきたメッセージだった。
 絵文字なんかで飾られていない、簡潔な文章。
 それは、メッセージのやりとりに慣れていない澪にはありがたかった。
 澪と感性が似ているのか、ちょっと話しただけで、澪が対人経験にとぼしいと見抜いたのか……。
(知りたい、綾子のこと)
 心からそう思えた。
 でも、そうなると澪のことも知ってもらわないといけない。
 落ち着いてるとか好意的に解釈してくれたけれど、その正体は、対人経験が不足している、ただのぼっちだとバレるのも、時間の問題だ。
(幻滅されたら、ヤだなぁ)
 と考えると、さっきの父と妹みたいに、気分が重くなる。
 過去の失敗経験のせいで、ポジティブな気持ちになることも、なるようになるだろうと開き直ることも難しかった。
「あ、着替えなきゃ」
 部屋着を脱いで、ハンガーにかけてある制服を着る。
 鏡に顔を映して、ウルフカットの髪を手で軽くととのえる。
(一匹狼、卒業できるのかな)
 澪はまだ、そのことに半信半疑なのだった。




                   ※





 学校に向かうまで、40分の間、澪の体は電車に揺られることになる。
 けれど苦痛には感じない。
 生まれてからこのかた、駅の近くで育ったことで、電車が身近な存在だったからだ。
 中学のときも、家から数駅だけだったけれど、電車で登校していた。
 朝は、都会ということもあって電車は混雑しているけれど、それにも慣れている。
 たまに、大人の男性と体が触れ合ってしまうこともあるけれど、気にならない。男性恐怖症というわけでも無いから。
(痴漢なんかに遭ったら、男の人への見かたも変わるのかな)
 でも幸い、ほぼ日常的に電車を利用しているのに、そういった被害には、まだ遭ったことがない。
(私なんかを触ってよろこぶ人なんて、いないもんね)
 電車は、濱野に到着した。
 この付近で最大の都市であるので、通学区間内で、もっとも人の往来が激しくなる。
 澪は、吊革を握って、人の波に飲み込まれないようにした。こういうことにも慣れている。
(触られた!?)
 肩に、人間の手の感触が走った。
 軽く触れたとか、その程度じゃない。誰かの手が、澪の肩をにぎっている。
(マジ? どうっ、どっ、どうしたら……?)
 頭がパニックになる。ネットとかテレビで見た痴漢への対処法を思い出そうとするけれど、体も脳も硬直してしまった。
 そのうちに、肩を握っている手に力が入って、背中側、つまり、澪を触っている誰かのほうを向かされてしまった。
(やっ、やだっ……!)
 目をつむる。
 電車は、数分の停車の後に発車した。
 その数分が、すごく長く感じられる。
 でも、その人は、それ以上、なにもしてこない。
 それ以上もなにも、この先になにが起こるのかなんて、知らない澪なのだけれど。
 目を開ける。
「おはよ、澪っち」
「倉持、さん?」
「立ったまま寝れるなんて、器用だね」
 月曜の朝の憂鬱さを感じさせない、とびっきりの笑顔だった。