わたしたちは星の歌を紡ぐ

 待っているうちは時間が長く感じるのに、その時間になってみると、あっという間に時間が経ったような感覚になる。
 いつものスポーツジャージに着替え、相棒のデジカメを手に、家を出る。
 胸がどきどきしている。
(なんだろうなぁ、この感覚)
 出かけたいような、出かけたくないような。
 彼女が、昨日と同じ場所に、いてほしいような、いてほしくないような。
(複雑な気分だなぁ。こういう気持ち、初めてかも)
 玄関のドアを開けた。
 あの子には、また会いたい。それは本音。でも、会わずにすめば、それもそれでいいというのも本音。
 あの子が、澪が求めている人であってほしいと思う反面で、やっぱり昨日のはただの社交辞令で、澪が期待しすぎただけであってほしいとも思ってしまう。
 ひとりぼっちに慣れてしまった弊害だ。いまの状況から抜け出すことに、怖さがぬぐえない。
 といって、澪の足は止まらない。
 エレベーターに乗って、エントランスを通って、マンションから出た。
 いつもの散歩コースをなぞるだけ。それだけのこと。
 頭の中でそう唱えて自分を落ち着かせようとするけれど、無駄だった。
 駅を抜けて、海沿いの遊歩道にやって来た。
 海を眺めることができるように設置されたベンチには、カップルや、女の子たちが座っていて、飲み物を飲みながら、楽しそうにおしゃべりをしている姿がある。
 そこで澪は、変な感覚に陥った。
 いま、目の前にあるその光景が、ネット動画やテレビの映像のように感じた。
 どうしてだろう。
 という疑問は、すぐに晴れた。
 独り、ベンチに座っている女の子の姿が目に留まったからだ。
 海に沈む夕陽。そのオレンジの光は、彼女のみを照らすスポットライトのようで、そこにいるすべての人は、彼女をひき立てるための、エキストラのようだった。
 なんて、なんて綺麗な絵だろう。
 澪は、カメラを構えた。
 もう反射だった。本能からの訴えかけだった。
 いや、そういう理由付けなんて、くだらないことで。
 なにも考えずに、シャッターを切っていた。
「あっ!?」
 そこで彼女は、澪に気がついた。
 小走りで駆けてきて。
「もしかして、いま、写真撮りました?」
「え、えと。ごめん」
「できたら、削除してほしいんですけど」
「う、うん。そうだよね」
 それはそう。
 断りもせずに、いきなり写真を撮られたら、だいたいの人は嫌がるだろう。
 ネットが一般的になっている今日このごろ、撮られた写真がどう使われるのかわからないし、特に女性は気持ちが悪いはずだ。
 澪はすぐに撮影したデータを消去しようとした。のだけれど……。
(こんなことって……!?)
 撮影された写真は、澪が予想していた以上にクオリティが高かった。
 夕陽に照らされながらたたずんでいる一人の女の子は幻想的で、憂いも帯びていた。
 澪が本能で撮影した写真は、とても味わい深い作品に仕上がってしまった。
「どうしました?」
「あの、どうしても、消さないと、ダメ?」
「はい。ええと……、恥ずかしいので」
「そう、だよね」
 彼女の言うことはもっともだと納得しながら、こんな傑作を消さないといけないのか、という気持ちが強すぎて、指は消去ボタンを押せずにいた。
 澪は、痛恨の面持ちのまま、固まっていた。
「どうしたんですか?」
 澪の様子に不審を覚えようで、彼女が背伸びをしてカメラの画像をのぞき込んできた。
「これ……」
「ごめん。いま消すから」
「いえ。いいです」
「え、でも」
「絶対、他の人に見せないって約束してくれますか?」
「約束、する」
「じゃあ、いいです。消さなくて」
 どうして急に気持ちが変わったのだろうか。
 この逸品を消さずに済むのは助かるけれど。
「写真、趣味なんですか?」
「あ、うん」
「そうなんですね」
「いつも、ここを散歩してるんですか?」
「あ、うん」
 話が広がっていかない。
 原因はわかりきっていて、澪が上手く会話の流れに乗れないせいだった。
「じゃあ、少し歩きませんか? 自己紹介、まだですし」
 そういえばそうだった。それなのに、いきなり写真を撮るなんて非常識だ。
 彼女が寛容だったから大事にならずに済んだけれど、今後は気をつけないといけない。
「私が、いつも歩いてるルートで良ければ」
「はい。ぜひ」
 二人並んで遊歩道を歩いていくと、カーブを描いている、緩やかな坂にさしかかった。
「高校生、ですよね」
「そうだよ」
「やっぱりそうですよね。落ち着いてるから、大学生かとも思ったんですけど」
 なんていうか、倉持さんにしろこの子にしろ、澪を好意的な目で見すぎる。
 澪は、ただコミュニケーション弱者なだけなのに。
「わぁ、素敵なところですね」
 坂を上った先は、公園になっている。ここから海を一望できるので、デートスポットの定番になっていて、カップルを見かけない日は無かった。
「いつも歩いてるっていうことは、近所に住んでいるんですよね」
「ここから、10分ちょっとのところ」
「こんな景色が毎日見られるなんて、うらやましいです」
 夕陽に照らされる海と同じように、彼女の瞳も輝いていた。
(宝石みたいに、綺麗な目だなぁ)
 澪がそんなふうに思っていると。
「わっ。ダメですよ」
「え」
 澪の手元には、カメラが握られていた。
 さっきみたいに、無意識にカメラを構えてしまっていたのだ。
「ご、ごめ……」
 今度は、シャッターを押すまえにカメラをしまうことができた。
 でも、この子と一緒にいると、また同じことをしてしまいそうで、自分が怖かった。
「約束、守ってくれますか?」
「約束?」
「さっきの約束ですよ。他の誰にも見せないって。守ってくれるなら、いつでも撮影していいですよ」
「も、もちろん守るよ」
「じゃあ、もうひとつ、約束です」
 澪に背中を向けて、数歩、歩いた彼女が、
「きれいに撮ってくださいね」
 と、笑顔を見せたときに、シャッター音が鳴っていた。
 写真の出来栄えは、確認するまでも無い。