―――また、お会いしましょう―――
なんて希望に満ちた言葉だろう。
―――わたしのこと、見つけてくれて、ありがとうございます―――
こんなに勇気づけられる響きは無い。
澪は、引き当てた。正解を引き当てた。
高揚感から、ゆうべはなかなか寝つけなくて、ひたすらネットの海をさまよっていた。
数えきれないほどの配信者さんがいて、数えきれないほどの動画投稿者さんがいて……。
こんなにたくさんの人がいるのに、澪は正解に辿り着くことができた。
奇跡だった。
わくわくして、そわそわして。
快適に眠ることはできなかったけれど、満足感という布団は、澪をやさしく温かく包み込んでくれた。
「おろ。お姉が寝坊なんてめずらしいね」
私服に着替えた湊がいた。
「たまにはね」
昨日のことを自慢したくて、口元がうずうずしてしまう。
「湊は、どこかに出かけるところ?」
湊は、家の中ではだらしない服装でしか歩かない。しっかり私服を身にまとうのは、外に出るときだけだ。
「そ。友達と遊びに行ってくるよ」
「そっか。気をつけてね」
「お姉も、高校生になったんだから、そろそろ、友達の一人くらい見つけなよ。いつまでも、同じところばっか散歩してないでさ」
「はいはい」
今日は、湊の憎まれ口に、いっさい反応することは無かった。
同じところを、ぐるぐる回っていたおかげで、澪は、宝ものに出会うことができたのだから。
※
「時計ばっかり気にして、どうしたの?」
母親が聞いてくる。
「えーっと。なんでも無い」
「男の子とデート?」
「なんだと!?」
母が冗談で言うと、それまで母娘の会話にいっさい参加しないで読書をしていた父が、血相を変えた。
「ち、違うって」
「本当か?」
「うん」
「そうか。ならいい」
「なにが、ならいい、なんだかねー」
母は、澪にしか聞こえない声で父親を茶化した。
その声にうすい反応を返して、また時計を見やる。
時刻は午前の12時を回ったところだった。
今日はいつもより、秒針の動きが遅く感じてしまう。
身体は、いますぐにでも外に飛び出して行きたがっているけれど、いま散歩に出かけても、彼女には会うことができない。
彼女は、昨日と同じ時間に、同じ場所にいる。
連絡先を交換したわけじゃないから、はっきりしたことは言えないけれど。
いまどきの若者が、スマホを活用せずに会おうなんて、かなり無謀な話だ。しかも、昨日、会ったばかりの二人が、また会いましょうという口約束だけで。
澪と彼女、どちらかの都合によっては、もうめぐり合うことは無い。それに彼女が言ったことが、単なる社交辞令だったり、その場をごまかすための嘘だったら……。
でも、澪は彼女を信じたかった。
あの流れ星みたいに綺麗な涙をうたがうなんて、できない。
澪は、鶏肉の卵とじを小皿によそって食べた。
甘めの味付けで煮込んだ鶏肉を、タマネギと一緒に卵でとじたこのおかずは、澪の好物だった。
ところが、今日は味がぼんやりしている。
ご飯を味わうことに集中できていないからだ。
白米を食べながら、また時計をちらり。
「あんた、今日は本当にどしたの? めずらしく寝坊してきたかと思えば、ずっとそわそわして」
それを母に見とがめられた。澪自身が、いつもの自分じゃない自覚があるのだから、毎日、娘を観察している母からすると、さらに様子がおかしく見えてしまうのだろう。
「あー、んー……」
「やっぱ、男?」
「なにっ?」
また母娘の会話に口をはさんでくる父。
「澪。まだ早いからな」
と、これである。
愛されてはいるのだろうけれど、親ばかの父は過保護の傾向がある。
「お父さん。大人がダメダメ言って押さえつけようとすると、逆効果よ」
「いーや。なんて言われても、まだ早いものは早い」
「じゃあ、いつになったらいいのよ。恋愛経験しないまま大人になって、悪い男にひっかかったらどうするの」
夫婦ともに、持論をかかげて譲歩しない。
「待ってよ。今日は、友達と待ち合わせしてるだけだから」
このままでは喧嘩に発展してしまいそうなので、仲裁に入る。
「あら。あんたもやっと友達ができたのね」
「う、うん」
実際は、まだ友達にもなっていない仲だけど、休みの日に夫婦喧嘩なんかに巻き込まれたくないので、話を盛ることにした。
家族相手なら、こういう機転を利かせることができるんだけど……。
「それで、そわそわしてたってわけね。あんた、女友達すら家に連れてこないから、母さんも心配だったのよね」
それは、学校では他人と浅いつきあいしかしてこなかったからだ。
おかげさまで、澪は極度の内弁慶になってしまった。
「大事にしなさいよー」
「わかってるよ」
母の言うとおり、この出会いは大事にしないといけない。
それはわかっていても、具体的に、どう大事にすればいいのかは、わかっていない。
(友達かー)
あの子と、そういう関係になれたらいいなとは思う。めちゃくちゃ思う。
でもそれ以前に、対人関係の経験値が圧倒的に不足している澪が、円滑なコミュニケーションを行うことができるのだろうか。
それが現在、一番の懸念点なのだった。
なんて希望に満ちた言葉だろう。
―――わたしのこと、見つけてくれて、ありがとうございます―――
こんなに勇気づけられる響きは無い。
澪は、引き当てた。正解を引き当てた。
高揚感から、ゆうべはなかなか寝つけなくて、ひたすらネットの海をさまよっていた。
数えきれないほどの配信者さんがいて、数えきれないほどの動画投稿者さんがいて……。
こんなにたくさんの人がいるのに、澪は正解に辿り着くことができた。
奇跡だった。
わくわくして、そわそわして。
快適に眠ることはできなかったけれど、満足感という布団は、澪をやさしく温かく包み込んでくれた。
「おろ。お姉が寝坊なんてめずらしいね」
私服に着替えた湊がいた。
「たまにはね」
昨日のことを自慢したくて、口元がうずうずしてしまう。
「湊は、どこかに出かけるところ?」
湊は、家の中ではだらしない服装でしか歩かない。しっかり私服を身にまとうのは、外に出るときだけだ。
「そ。友達と遊びに行ってくるよ」
「そっか。気をつけてね」
「お姉も、高校生になったんだから、そろそろ、友達の一人くらい見つけなよ。いつまでも、同じところばっか散歩してないでさ」
「はいはい」
今日は、湊の憎まれ口に、いっさい反応することは無かった。
同じところを、ぐるぐる回っていたおかげで、澪は、宝ものに出会うことができたのだから。
※
「時計ばっかり気にして、どうしたの?」
母親が聞いてくる。
「えーっと。なんでも無い」
「男の子とデート?」
「なんだと!?」
母が冗談で言うと、それまで母娘の会話にいっさい参加しないで読書をしていた父が、血相を変えた。
「ち、違うって」
「本当か?」
「うん」
「そうか。ならいい」
「なにが、ならいい、なんだかねー」
母は、澪にしか聞こえない声で父親を茶化した。
その声にうすい反応を返して、また時計を見やる。
時刻は午前の12時を回ったところだった。
今日はいつもより、秒針の動きが遅く感じてしまう。
身体は、いますぐにでも外に飛び出して行きたがっているけれど、いま散歩に出かけても、彼女には会うことができない。
彼女は、昨日と同じ時間に、同じ場所にいる。
連絡先を交換したわけじゃないから、はっきりしたことは言えないけれど。
いまどきの若者が、スマホを活用せずに会おうなんて、かなり無謀な話だ。しかも、昨日、会ったばかりの二人が、また会いましょうという口約束だけで。
澪と彼女、どちらかの都合によっては、もうめぐり合うことは無い。それに彼女が言ったことが、単なる社交辞令だったり、その場をごまかすための嘘だったら……。
でも、澪は彼女を信じたかった。
あの流れ星みたいに綺麗な涙をうたがうなんて、できない。
澪は、鶏肉の卵とじを小皿によそって食べた。
甘めの味付けで煮込んだ鶏肉を、タマネギと一緒に卵でとじたこのおかずは、澪の好物だった。
ところが、今日は味がぼんやりしている。
ご飯を味わうことに集中できていないからだ。
白米を食べながら、また時計をちらり。
「あんた、今日は本当にどしたの? めずらしく寝坊してきたかと思えば、ずっとそわそわして」
それを母に見とがめられた。澪自身が、いつもの自分じゃない自覚があるのだから、毎日、娘を観察している母からすると、さらに様子がおかしく見えてしまうのだろう。
「あー、んー……」
「やっぱ、男?」
「なにっ?」
また母娘の会話に口をはさんでくる父。
「澪。まだ早いからな」
と、これである。
愛されてはいるのだろうけれど、親ばかの父は過保護の傾向がある。
「お父さん。大人がダメダメ言って押さえつけようとすると、逆効果よ」
「いーや。なんて言われても、まだ早いものは早い」
「じゃあ、いつになったらいいのよ。恋愛経験しないまま大人になって、悪い男にひっかかったらどうするの」
夫婦ともに、持論をかかげて譲歩しない。
「待ってよ。今日は、友達と待ち合わせしてるだけだから」
このままでは喧嘩に発展してしまいそうなので、仲裁に入る。
「あら。あんたもやっと友達ができたのね」
「う、うん」
実際は、まだ友達にもなっていない仲だけど、休みの日に夫婦喧嘩なんかに巻き込まれたくないので、話を盛ることにした。
家族相手なら、こういう機転を利かせることができるんだけど……。
「それで、そわそわしてたってわけね。あんた、女友達すら家に連れてこないから、母さんも心配だったのよね」
それは、学校では他人と浅いつきあいしかしてこなかったからだ。
おかげさまで、澪は極度の内弁慶になってしまった。
「大事にしなさいよー」
「わかってるよ」
母の言うとおり、この出会いは大事にしないといけない。
それはわかっていても、具体的に、どう大事にすればいいのかは、わかっていない。
(友達かー)
あの子と、そういう関係になれたらいいなとは思う。めちゃくちゃ思う。
でもそれ以前に、対人関係の経験値が圧倒的に不足している澪が、円滑なコミュニケーションを行うことができるのだろうか。
それが現在、一番の懸念点なのだった。

