わたしたちは星の歌を紡ぐ

 ずっとくすぶっていた想い。
 かかえていた想い。
 わたしは、なんなのだろう。
 わたしには、なにができるのだろう。
 とりたてて、特徴や特技があるわけでもない、つまらない人間。
 そんなわたしでも、いっちょまえに、夢や希望を抱いて生きたいって考えたりする。
 それって、いけないことなの? 
 悪いことなの? 
 個性にとぼしい人間は、世界のかたすみで、なにかを成すこともなく、ひっそりと生き続けないといけないの?
 自分に問いかける。
 それって、おかしくない? 
 って。
 されに自分に問いかける。
 じゃあ、あなたには、なにがあるの? 
 って。
 なにも無い。わたしには。
 でも、なにかあるんじゃないか。
 わたしにも、なにかが、あるんじゃないか。
 そんな想いを抱え続けたまま、(みお)は、この春から高校生になった。




                             ※





「お(ねえ)は、いつまでたっても、ぼっちだねぇ」
 妹が言ってきた。
 腹は立たない。
 家族なんて、毎日、顔を合わせているんだから、このくらいの軽口で怒っていたら心がもたない。
 それに、妹の言うとおりなんだ。
 高校の入学に合わせて、わたしは髪型を変えた。
 おまじないのつもりだった。
 おおげさに言えば、高校への進学が、人生の転機になってくれないかなという願望が、澪にはあった。
 でも、髪型を変えたって、なんの効果も無いんだろうなってことは、最初からわかっていた。
 だって、そういう願かけって、もともとの髪型に強い愛着がある人が、おもいきって気分を変えるためにするもので、そうじゃない澪がやったところで、神様が澪に気づいてくれるわけが無い。
 変化は欲しい。
 変化は欲しいのに、このまま、ずっと独りぼっちでもいいかな、という弱い心に甘えている自分がいる。
 スマホの電話帳を開くと、そこにあるのは家族の名前と、美容院と歯医者の電話番号だけ。友人どころか、とりあえず連絡先を交換しよう、くらいのつながりすら無い。
 わたしのことを、誰かに理解してほしい。
 でもそれには、澪自身が、誰かに心を開かないといけない。
 そのことに、ずっとおびえていた。
 信頼できる仲間が欲しい。
 それならば、いま澪がいる場所から外に出ないといけないのに……。
 澪は、高校の制服からスポーツジャージに着替えて、ランニングシューズを履いた。
 そこに、スナック菓子の袋を持った(みなと)がやって来る。
「また散歩? 毎日、毎日、よくやる気になるよ」
「たまには、湊も一緒にどう? ポテチ食べたぶん、消費しなよ」
「パスパス。お姉ひとりでどうぞ」
 妹は、おもむろにポテチを一枚、口に放り込んだ。
「こら。立ったまま食べない」
「うっさいなぁ。早く行った行った」
「ちゃんと、台所で食べなね」
「わかったって」
「うん、じゃあ、行ってきます」
「いっつも、同じところをぐるぐる回って、なにがおもしろいんだか」
 姉に小言をくらった湊は、皮肉をお返ししてきた。
 湊にしてみれば、これも軽口のひとつだったのだろうけど、澪の心には、小さな傷がついてしまった。
 なにか言い返したかったけれど、口から言葉が出てこなかった。
 なぜなら、湊が言ったことは、澪のことを的確に表現していたからだ。
 いっつも、おなじところを、ぐるぐる。
 ぐるぐる、ぐるぐる回って、回って……。
「こらっ! また立ったままお菓子食べて!」
 そこに母親がやって来て、反論できずにいた澪の代わりに湊を叱ってくれた。おかげで、心の傷の痛みは、最小限におさえられた。
「澪、散歩に行くの?」
「うん」
「南口のほうに行ったらダメよ」
「わかってるよ。行ってきます」
 母と妹に見送られながら、澪は、相棒を片手に自宅のマンションから出た。
 駅の方面に向かう。
 途中、陽気に笑っている千鳥足の大人たちが、警察に注意されているのを目撃した。
 南口方面から迷い込んで来た酔っぱらいだ。夕方になると、この地区でよく目撃される光景だった。
 駅の西側から北側にかけては閑静な住宅街だけど、南口側には居酒屋が並んでいるので、毎日、にぎやかだ。
 昼間から営業しているお店もあるので、夕方にもなると、酒呑みたちは、立派な酔っぱらいに成長する。
 治安が悪いわけでは無いけれど、両親からは、夜、南口を一人歩きしないようにと、妹共々、耳が痛くなるほど注意されている。注意されるまでも無く、お酒が飲めない年齢の澪と湊には、縁の無い場所だ。
 駅を通り抜け、東側の出口から10分くらい歩くと、海辺のおしゃれな遊歩道に辿り着く。
 この遊歩道が、澪のお決まりの散歩コース。ほとんど毎日、ここを散歩して、気に入った景色が目に入ったら、散歩の相棒として、いつも持ち歩いているカメラを構える。
 海沿いの道を歩く。
 デートスポットとして有名なこの遊歩道は、夕暮れどきになると、そこかしこにカップルの姿を見て取ることができた。
 首筋に垂れている左右の毛先を、あごの下で絡めてぎゅっと握る。
 歩みを止めた澪は、海を眺めた。
 潮風でたなびいた髪を、耳にかける。
 夕陽が沈んでいく。
 今日が終わる。
 今日もこうして、今日を見送る。
 カメラを構えて、夕日を撮影した。
 海にしずんでいく夕日は、いつもきれいだ。
 毎日、ちがう顔を見せてくれる。
 澪には、それがすごく魅力的に感じるのだ。
 すさんでいた心がいやされかけたとき、心に、すきま風が吹く。
(それが、なんなの?)
 と。
 夕日が、すごくきれい。
 それが、なんなの?
 そんなことを感じて、どうなるの?
 なんの役にたつの?
(さみしい……)
 そういう感性を共有することのできる仲間が欲しい、という、渇望。
 この世に生まれたからには、なにかに挑戦してみたい、という、衝動。
 夢中になれる、なにかが欲しい。
 如月澪として生きていると実感できる、なにかが欲しくてたまらない。
 心を満たす方法を欲してみても、澪には、なにも与えられなかった。
 苦しかった。
 なにもしないでいたら、澪の心は、死んでしまうかもしれない。
 怖かった。
 苦しみと恐怖を抱えている澪の心は、枯れて、渇いて、砂漠になっていく。
 自動販売機で、スポーツドリンクを買って、飲んだ。
 こんなものじゃ、澪の渇きは満たされない。
 わたしは、なにをしたらいいのだろう。
 わたしは、どこに向かえばいいのだろう。
 その答えが見つからないまま、高校生になってしまった。
 勉強も、趣味もスポーツも……。すべてに深く興味を持つことが、澪にはできなかった。
 学校の成績は、中学時代から、ずっと上位をキープしている。
 親は喜んでくれるけれど、澪は自覚している。
 自分の勉強というのは、学校のテストで点数をとることだけが目的で、中身はからっぽだということを。学校という場所を離れたら、すぐに熱を失ってしまうことを。
 小さいころから、運動するのは好きだった。体力にも自信がある。
 だけど、なにかひとつのものを極めたいという情熱は湧いてこないし、プロやオリンピック選手を目指せるほどの身体能力も無い。それなりに運動ができる人、で、澪の能力は頭打ちだ。
 一組の男女のカップルが、腕を組んで歩いているのが目についた。
(ああいうのは、私には似合わないよね)
 うぬぼれでは無く、澪の顔は整っているほうだ。
 同級生の女子たちは、あのクラスのあの人が気になるとかささやき合っていて、男子生徒の品定めに余念が無い。
 だけど、澪は恋愛にも乗り気になれない。
 だいたい、いくら顔が良くたって、キツイ顔つきで親しみにくかったら、どうしようも無い。
 初夏の夕空に、一番星が灯っていた。
 たとえば。
 あの一番星が、澪の欲しているものだったら、どれほどそれを見つけやすいことだろうか。
 しかし現実には、今日もなにも見つからないままに、今日が終わる。
 こうして、からっぽな日々を送るわたしを、わたしは誇ることができるの?
 わたしの名前を、声高に叫ぶことができるの?
 独りぼっちでまたたいていた一番星は、やがて数多の星に飲まれて、星の海に沈む。