実家に戻りたいという気持ちが強くてあの時は勢いに任せて内容に頷いたけど。旦那様の気持ちを考えたことはなかった。
ただ単に息苦しいとばかり思っていた毎日。それは……旦那様も同じだったのかもしれない。
「花嫁様。すみませんね、当主様はああ見えて繊細なんですよ。少しばかりの無礼な態度、お許しください」
「と、とんでもないです。きっと何か事情があるのはわかりましたから。……今度、旦那様と一度向き合ってみようと思います」
今まで避けていたことをなんの躊躇いもなく秋雷さんに話していた。結婚なんていいことないと思っていた私。
でも、少しだけでも旦那様と向き合って見てもいいのかもしれない。
そんなふうに思い始めていた。
「そうですか。ありがとうございます。よろしくお願いします」
私の言葉に驚いた表情をした秋雷さん。だけどすぐに笑顔に戻り、私に頭を下げた。側近として旦那様のことを一番に心配しているのだろう。
周りの人のためにも私は、動こうと思う。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
これからも仕事をしていく中で知っておかなければいけないことは山ほどある。その一歩として、まずは旦那様と話をしないと。
そう思いながら私は部屋の中に入っていった。
***
「……っ、小夜。ごめんな……」
その日の夜。
頭を冷やすと言って、中庭に出た神楽家の当主であり、小夜の旦那でもある彼は大きな桜の木の下で頭を抱えていた。
まるで何かを思い出したような苦しい表情で。それは小夜にも見せたことの無い表情だった。
過去に何があったのだろうか。
皇帝様のお眼鏡にかなう神楽家は、異能の強い一族として活躍していた。それは先祖代々から続いていた。
『……旦那様!見てください、お腹こんなにも大きくなりましたよ』
当主の頭の中には途切れ途切れに映像が流れ込んでくる。その中にいたのは……大きなお腹を優しくさする朗らかな女性。
だけど顔は真っ黒に塗りつぶされていて誰だか分からない。この世に産まれてくるのを楽しみにしていた女性とお腹の中の赤子。
だけど。
『きゃあああ!』
次の瞬間、何者かに女性は襲われた。悲鳴が響く頭の中。当主は唸り声をあげる。
「……うゔ……さ、よ……」
そのまま当主の意識は途切れた。
激しい頭痛とともにどさっとその場に倒れ込んでしまった。



