上書き保存は狡いから。

「もう後輩だけとしか関われないのなら話せない」
「え?」

——驚くんだ……。俺のことダサいって言うくらいに嫌いでしょ……?
 でも今だけ優光の気持ちは無視させてほしい。きっと今日で終わってしまうこの恋に終止符を打つために自分勝手に想いをぶつける。

「だって、好きだから!」
「好きって……」
「優光がいるからこの大学に来た。最初は隣にいられるだけで嬉しかったのにどんどん欲が出たんだよ。しかも付き合ってないのにキスするし『つい』とか言って何となく好きな人にキスされた人のこと考えたことある?」
「いや、ついって言ったのは俺も……」

 何かを言いかける優光を遮って自分のことを話し続けた。

「全然嬉しくなかった!」
「……なんで」
「やっぱり考えてなかったんだ。ついキスされるなんて、キスの後考えてなかったってことでしょ? 俺はそのぐらいどうでもいい人として扱われてたって思ったんだ……」
「ご、ごめ……」

——ごめんなんて言わないでよ……
 本当にどうでもいいと思ってキスしたんだと、自分で言った憶測に胸の奥に棘が刺さったみたいに痛みを感じる。

「でも好きなのは変わらなかったから。……高校生のとき知らない人に囲まれて不安だったけど、俺の好きなものを好きな理由を同じ理由で共感してくれたことが何よりも心強かった。そのあと、他の人も共感してくれると思って声をかけたけど実際はそんなことなくて落ち込んだ。それで優光に助けを求めるみたいに会いに行ったんだ」
「テニス部のときの?」

 コクリと首を縦に振る。あの時、自分を訪ねてきたとは思っていなかったのだろう。
——遅くなってしまったけど、好きも感謝も今なら伝えられそうだ。
 伝えられさえして振られれば諦められる。

「テニスコートで、遠くにいたはずの優光が近くに来てくれて名前を呼んでくれたときに、共感してくれたのもそうだったけど、何でもない俺にまで声をかけてくれて”みんなと同じ”に接してくれた優光に心の底から救われたんだ。ありがとう」
「感謝されるようなことじゃない。そんなこと言ったら俺だって藍弥に助けられてるんだ」
「色んなものに興味持つようになったって話?」

 何で知っているのかと、目を丸くする優光に思わず笑みが溢れる。やはり、俺と大遥は対照的な存在だと思われているらしい。俺が腐れ縁で話を聞いていたことを伝えると優光の丸くて大きな瞳が一層見開く。
 そして、落ち着いた声色で話し出した。

「確かに、好きなことがあるのっていいなって思ったけど、それよりも知らない人たちで話すのが震えるくらい嫌そうだったのに頑張ってた姿がいいなとも思った。”好きなこと否定されたら”って思うと辛いし、性格も名前も知らない人だったら尚更だ」
「それのどこが助けられたんだ……」
「色んなことに興味持つというよりは、苦手なことにも挑戦する勇気を持つことができたから」

 助けられたなんて大袈裟な言い回しだと思うけど、それくらいに大きな存在だった優光が目立たない俺のこともそう思ってくれていたのが心の底から嬉しい。
 でもきっと今日で優光との関係も終わりなんだろうな。

「そうだったんだ。俺のこと嫌いでもそんなこと思ってくれてたの嬉しいよ」
「嫌いってなに?」
「だって、俺のことダサいって言うし全然会わなくなったし……」
「待って! まず謝らせて……会いに行かなかったのは、俺の方が嫌われたと思ったからだよ」
「ダサいって言っといてそれは無理あるよ」
「違う! ダサいって言ったのは俺に対してなんだよ」
「……は?」
「髪整えたら、さらにカッコよくなって会ってすぐ伝えたかったのに伝えられなかった。あの日ももっと一緒に居たかったのにそれもいえなくて、酒飲んだら素直に言葉が出る自分がダサいって」
「そんなのわかるわけない……」

 「だよな」と、はにかむ優光は「こんな誤解もさせて会えなくなるなら酒を飲んだ状態ででも好きって言えれば良かった」とポツリとこぼした。

——好き?
 今俺のこと好きって言った?

「いつから好きだったの……?」
「わかんない」
「わかんないって……」
「上書きしたいだなんて狡いよ。最初はかわいい後輩にしか思ってたのは本当だけど、あんな必死に俺の記憶変えたいって初めに言われた時は分からなかったけど後から嫉妬されてるんだって気づいた。それに俺と遊びに行きたいっていうのも俺が居ればサークル来るのもわかりやすいくらいに俺のこと好きなんだって思ったら嬉しかった。……意識しなくてもしてた時点で好きなんだって気づいたんだ」

 俺のことを意識していただなんて頭の片隅にもなかったせいで、言葉が出ない。

「わ。あ……えっと……」
「あははは‼︎」
「わ、笑わないでよ! そんなの一言も言ってなかったでしょ⁉︎」
「あー、もう! めっちゃかわいいんだけど‼︎」

 焦る俺に脈略のない”かわいい”を言われ固まる。すると、俺の瞳を覗き、名前を呼ばれる。

「藍弥」
「何?」
「付き合ってください」
「当たり前じゃん……」

 手を繋いで隣を歩く。優光の方が確実に歩幅は大きいが、合わせてくれているらしい。今日寒いなーと、言いながら距離を近づける優光にふと思い出したように言う。

「マフラーどうしたの? 去年は付けてたよね?」

 去年に関わりはなくとも見ていたのだ。この時期には確かに付けていた。

「あー……」

 言いづらそうにする優光に目を細める。

「誰かにあげた?」
「去年の冬の終わりくらいに、……あげた」

——前言っていた好きな人にあげた、かな。
 ため息をつくと、優光が慌てる。

「で、でも、もう気持ちは全くないし藍弥が好きだから! 勘違いしないでよ⁉︎」
「わかってる」

 ホッと胸を撫でおろす優光に大人っぽく『わかってる』なんて意地張って我慢したことを後悔し、ちょっと意地悪したくなった。

「やっぱわかってない」
「えぇ⁉︎」
「嫉妬、した」
「嫉妬?」

 動かしたことのない表情筋を動かし頬を膨らませて不満げに見せた。

「するに決まってるでしょ。どこの誰だかわかんない奴が優光の私物持ってるんだよ? 俺は何もないのに……俺も大遥に何か渡してこようかな……」

 マフラーでも渡してきてやろうと、首から外しながら優光の隣から離れようと足を方向転換させると、手をぎゅっと握られ引っ張られた。その勢いで優光に抱きついてしまう。

「わっ」
「ダメ」
「ダメって……」

 ほどきかけたマフラーの主導権を奪われ顔を隠されるように広げられたと思ったら、唇が重なる。

「なッ! ここ道の真ん中……」
「このキスは嬉しくない?」
「うぅ、嬉しいに決まってるだろうが……」

 他人をなぞっていた少し前の俺とは違う。誰かの真似事をしなくても優光は俺のことを好きでいてくれる。これからは優光の隣にずっといられるように、自分らしい恋ができますように。
 だって、上書き保存は狡いから——