「どうだ? 好きな人とのキャンパスライフ」
声をかけてきたのは、小学生の頃からの腐れ縁である大遥だ。
大遥とは、どんなときも学校で四六時中一緒にいるということは全くなかった。というのも性格も趣味も違いすぎるからだ。一言で言えば大遥が陽キャで俺は陰キャ。でも初めて話しかけたのが意外にも俺からだった。多分それからだったと思う。犬のように懐かれてしまったのだ。俺はそれが嫌ではなかったし、腐れ縁というのは恐ろしいもので、大学が分かれた後もなんとなく連絡だけはとり続けていた。それを苦には思わなかった。
そして、この大学に決める後押しをしてくれた友人でもある。
*
それは2年前の話だ。
高校を卒業してなんとなくで決めた大学に入ってみた。基準は学力だった。まぁ、ここなら行けるか。そう考えてモチベが一切ないままの大学生活に耐えられそうにないと感じ始めていた。そんな時、大遥の大学で行われる文化祭に誘われたため行ってみることにしたのだ。
大遥は、演劇サークルに所属しており公演を見てほしいと意気揚々としていた。大学の話を楽しそうにする姿に友人として嬉しいと思うその反面、全く楽しめていない自身の大学生活にため息が出た。
2時間もかけて行った大学の演劇。楽しそうに舞台上で生き生きしている大遥に息が詰まりそうになる。
——今、楽しくないかも……
友人の楽しんでいる姿がしんどいなんて、どうやって大遥と顔を合わせればいいんだ。もう帰ろうと、足早に会場であった教室を抜けようとする。すると、それが分かっていたかのように大遥が道を阻んだ。
「面白くなかった?」
「そ、そんなわけない」
「……正門まで送るよ」
「大丈夫」と言ってもついてくる大遥と言葉を交わさないまま歩く。
大遥は、演劇の衣装で隣を歩くためやけに目立ったし途中話しかけてくる人も少なくなく、俺はその隙を見計らいどんどんと距離をとる。
歩くスピードに映る視界など一瞬で、コマ送りして見ているアニメのようだった。そう。一瞬だ。
それなのに、くっきりと輪郭も顔も認識できるのは末期かもしれない。
「え……」
ピタリと停止した俺に追い付いた大遥が不思議そうに首を傾げる。
「どうした⁇」
「あの人、この大学なの?」
「あー榊? そうだよ」
「このキャンパス?」
「うん、確か経済学部」
——俺と同じ学部だ……
目線は話せない俺が榊に興味があることは明らかで、大遥が気を利かせる。
「高校の時話したことあるけど、良い人だよ」
「……何話したの?」
「すごい聞いてくるじゃん」
「俺の好きな人だから」
少し考え込んだ大遥は「話しかけてくれば?」と、軽々しく口にする。
「無理!……無理だよ」
「次いつ会えるかわかんないのに?」
「……行ってくる」
「青春だな」と、言う太陽を背に榊の座るテラスに向かう。手と足が同時に出そうになっていた。
「あ、優光……」
「誰? 俺こんなイケメン知らない……」
面影のなくなった姿は、もう古賀藍弥だと認識されていなかった。いや、覚えてるかは別問題だ。一緒に話したかどうかカウントさえされないあったかなかったかだったのだから――
「人違いです。すみません」
堪らず、踵を返す。呼び止める声など聞こえるはずもなかった。榊にとって今の俺の言動は”知らない人”なのだから。
大遥のところに戻る気力はなくても、空気を読まず、犬のようにくっついてきた。
「……1人にさせて」
「この大学来れば?」
「何言ってるの?」
そこそこ難関大学と言われている大学だ。
「そのまま意味。キャンパスライフできるかもよ?」
たった一言が奮い立たせる。親に頼んだ。自分で勉強するということが条件下ではあったが、認めてくれた。今の大学に満足していないことに察しがついていたらしい。母にはなんでもお見通しだ。
2年近く勉強などしてこなかった俺にとって受験勉強は精神的にも肉体的にもしんどかった。それらが限界を迎えそうになるとき、毎回同じ大学に入りたいという想いで保ち続けた。
そして、見事に合格し同じ大学への切符を勝ち取った。
「おめでとう! 愛の力すっご!」
祝いの言葉と共に揶揄う大遥。また榊に会えるという喜んだ日は忘れることのできない1日になった。
*
「藍弥ー?」
「あ、ごめん。ボーっとしてた」
「……そうであるか! 我が主、一緒に修羅の道を歩むとしよう‼︎」
「は?」
次回の演劇部でこういう元気な役を演じるのだろう。突然、キャラに憑依したような話し方をされる。
「苦しいことは半分こで、楽しさは2倍じゃ!」
「苦しいなんて一言も……」
「顔色わりーぞ。友人として、心配はさせてよ。藍弥」
楓斗に話したことを全て話すのではなくかいつまんで、自分の気持ちを整理するように話す。
「大学は、思ったより優光と話せなくてしんどかったけど、最近は遊びに行けるまでなった。だけど、無理だった。多分、嫌われてる。だから……もう……」
隣にはいれない。優光の隣にいたいから頑張った……なのに逃げた。
——俺、何やってるんだろうなぁ。
結局楓斗に話したときから何ひとつ変われていない自分が情けない。
「榊……優光に告白したい」
「いいんじゃない?」
「でもまだ逃げたい……」
「そ。逃げるだけ逃げよう。1つ俺高校の時に榊と話したって言ったじゃん?」
「う、うん」
「それお前の話だったんだよね」
「えっ?」
——俺の話?
「なんか藍弥みたいに好きなものがある人っていいよねって話した」
「そんなの俺じゃなくてもいるでしょ」
「うん。そうかもしれないけど、榊が色んなことに興味持ち出したのって藍弥の話した頃からだった気がする。色んな部活に顔出してたり、大学入ってからは高級店のバイトしてたりカラオケ店でバイトしてたり……あぁ、あとボドゲやり始めたな」
「ま、何が言いたいかっていうと、榊は藍弥に影響されるくらいには気にしてたんじゃない?」
「俺のおかげかは……」
「そこは存分に自惚れなよ」
「俺が自惚れるとか何年早いの……」
「ばーか。藍弥のおかげだって。藍弥が好きなものに夢中になる姿は誰よりも見てた俺は嬉しかったよ。藍弥は人の心を動かせちゃう、すげー奴だって知ってくれてるのって友人として嬉しかったの。それに榊と話したことなんてほとんどなかったのに俺にわざわざ言ってきたんだ。自惚れろ」
「あはは! 自惚れろって……初めて聞いたよ。うん、そっか。ありがとう大遥。大遥も何かあったら頼ってよ。力になれないかもしれないけど……」
大遥は俺とは違って友達も多いし人との関わりが希薄な俺が役立つことはないと分かっていてもそう言ってしまうほど、大遥には感謝している。
「なんかよくわかんねーけど、顔色良くなったしもう大丈夫か。じゃ、俺は貫太と帰るから」
胸の前で手を振って大遥を見送る。貫太というのは同じキャンパスで最近知り合った友人らしい。意気投合したと言ってサークルがない時はよく一緒にいると言っていた。大遥は楽しむのが上手い。
俺もそんな風に……
——違う。
大遥は大遥だから輝いて見えて、優光を振った高校生もその子の考えがあって、優光も優光だから色んな興味を持とうとして……俺は俺らしくいたい。誰かが成したことを模倣するのも何かを得るきっかけにはなると思う。けど、俺は俺だから。誰かを上書きした何かになりたくない。
金髪だった髪を真っ黒に染め上げる。耳にかけられるくらいに伸びた前髪を片耳だけにかけた。
グレーのパーカーは楽だったし、おしゃれな服も気分が上がって好きだ。変わろうと思った自分を褒めたくて、どちらも捨てがたかった結果、柄物のワイシャツをグレーのパーカーの下に着て少し見えるように調整する。
季節が巡った冬の日、優光の後期の時間割を知らない俺はマフラーを巻いて寒さを耐え凌ぎながら正門で待ち続けた。
連絡をして呼び出さなかったのは、俺の気持ちに正直にいたかったから。俺の都合を優先して、言えないかも……と思った日は逃げれるように自分の気持ちと向き合った。
そんな日常を繰り返していたある日、マフラーもつけず正門を出ようとした大好きな人が目の前を通過する。
「……優光」
「藍弥……?」
このままではダメだと、逃げてはダメだと思わせられた感情から震えながら放つ。
「俺はいつまでただの後輩でいればいい?」
——溢れんばかりの想いを伝えよう。
声をかけてきたのは、小学生の頃からの腐れ縁である大遥だ。
大遥とは、どんなときも学校で四六時中一緒にいるということは全くなかった。というのも性格も趣味も違いすぎるからだ。一言で言えば大遥が陽キャで俺は陰キャ。でも初めて話しかけたのが意外にも俺からだった。多分それからだったと思う。犬のように懐かれてしまったのだ。俺はそれが嫌ではなかったし、腐れ縁というのは恐ろしいもので、大学が分かれた後もなんとなく連絡だけはとり続けていた。それを苦には思わなかった。
そして、この大学に決める後押しをしてくれた友人でもある。
*
それは2年前の話だ。
高校を卒業してなんとなくで決めた大学に入ってみた。基準は学力だった。まぁ、ここなら行けるか。そう考えてモチベが一切ないままの大学生活に耐えられそうにないと感じ始めていた。そんな時、大遥の大学で行われる文化祭に誘われたため行ってみることにしたのだ。
大遥は、演劇サークルに所属しており公演を見てほしいと意気揚々としていた。大学の話を楽しそうにする姿に友人として嬉しいと思うその反面、全く楽しめていない自身の大学生活にため息が出た。
2時間もかけて行った大学の演劇。楽しそうに舞台上で生き生きしている大遥に息が詰まりそうになる。
——今、楽しくないかも……
友人の楽しんでいる姿がしんどいなんて、どうやって大遥と顔を合わせればいいんだ。もう帰ろうと、足早に会場であった教室を抜けようとする。すると、それが分かっていたかのように大遥が道を阻んだ。
「面白くなかった?」
「そ、そんなわけない」
「……正門まで送るよ」
「大丈夫」と言ってもついてくる大遥と言葉を交わさないまま歩く。
大遥は、演劇の衣装で隣を歩くためやけに目立ったし途中話しかけてくる人も少なくなく、俺はその隙を見計らいどんどんと距離をとる。
歩くスピードに映る視界など一瞬で、コマ送りして見ているアニメのようだった。そう。一瞬だ。
それなのに、くっきりと輪郭も顔も認識できるのは末期かもしれない。
「え……」
ピタリと停止した俺に追い付いた大遥が不思議そうに首を傾げる。
「どうした⁇」
「あの人、この大学なの?」
「あー榊? そうだよ」
「このキャンパス?」
「うん、確か経済学部」
——俺と同じ学部だ……
目線は話せない俺が榊に興味があることは明らかで、大遥が気を利かせる。
「高校の時話したことあるけど、良い人だよ」
「……何話したの?」
「すごい聞いてくるじゃん」
「俺の好きな人だから」
少し考え込んだ大遥は「話しかけてくれば?」と、軽々しく口にする。
「無理!……無理だよ」
「次いつ会えるかわかんないのに?」
「……行ってくる」
「青春だな」と、言う太陽を背に榊の座るテラスに向かう。手と足が同時に出そうになっていた。
「あ、優光……」
「誰? 俺こんなイケメン知らない……」
面影のなくなった姿は、もう古賀藍弥だと認識されていなかった。いや、覚えてるかは別問題だ。一緒に話したかどうかカウントさえされないあったかなかったかだったのだから――
「人違いです。すみません」
堪らず、踵を返す。呼び止める声など聞こえるはずもなかった。榊にとって今の俺の言動は”知らない人”なのだから。
大遥のところに戻る気力はなくても、空気を読まず、犬のようにくっついてきた。
「……1人にさせて」
「この大学来れば?」
「何言ってるの?」
そこそこ難関大学と言われている大学だ。
「そのまま意味。キャンパスライフできるかもよ?」
たった一言が奮い立たせる。親に頼んだ。自分で勉強するということが条件下ではあったが、認めてくれた。今の大学に満足していないことに察しがついていたらしい。母にはなんでもお見通しだ。
2年近く勉強などしてこなかった俺にとって受験勉強は精神的にも肉体的にもしんどかった。それらが限界を迎えそうになるとき、毎回同じ大学に入りたいという想いで保ち続けた。
そして、見事に合格し同じ大学への切符を勝ち取った。
「おめでとう! 愛の力すっご!」
祝いの言葉と共に揶揄う大遥。また榊に会えるという喜んだ日は忘れることのできない1日になった。
*
「藍弥ー?」
「あ、ごめん。ボーっとしてた」
「……そうであるか! 我が主、一緒に修羅の道を歩むとしよう‼︎」
「は?」
次回の演劇部でこういう元気な役を演じるのだろう。突然、キャラに憑依したような話し方をされる。
「苦しいことは半分こで、楽しさは2倍じゃ!」
「苦しいなんて一言も……」
「顔色わりーぞ。友人として、心配はさせてよ。藍弥」
楓斗に話したことを全て話すのではなくかいつまんで、自分の気持ちを整理するように話す。
「大学は、思ったより優光と話せなくてしんどかったけど、最近は遊びに行けるまでなった。だけど、無理だった。多分、嫌われてる。だから……もう……」
隣にはいれない。優光の隣にいたいから頑張った……なのに逃げた。
——俺、何やってるんだろうなぁ。
結局楓斗に話したときから何ひとつ変われていない自分が情けない。
「榊……優光に告白したい」
「いいんじゃない?」
「でもまだ逃げたい……」
「そ。逃げるだけ逃げよう。1つ俺高校の時に榊と話したって言ったじゃん?」
「う、うん」
「それお前の話だったんだよね」
「えっ?」
——俺の話?
「なんか藍弥みたいに好きなものがある人っていいよねって話した」
「そんなの俺じゃなくてもいるでしょ」
「うん。そうかもしれないけど、榊が色んなことに興味持ち出したのって藍弥の話した頃からだった気がする。色んな部活に顔出してたり、大学入ってからは高級店のバイトしてたりカラオケ店でバイトしてたり……あぁ、あとボドゲやり始めたな」
「ま、何が言いたいかっていうと、榊は藍弥に影響されるくらいには気にしてたんじゃない?」
「俺のおかげかは……」
「そこは存分に自惚れなよ」
「俺が自惚れるとか何年早いの……」
「ばーか。藍弥のおかげだって。藍弥が好きなものに夢中になる姿は誰よりも見てた俺は嬉しかったよ。藍弥は人の心を動かせちゃう、すげー奴だって知ってくれてるのって友人として嬉しかったの。それに榊と話したことなんてほとんどなかったのに俺にわざわざ言ってきたんだ。自惚れろ」
「あはは! 自惚れろって……初めて聞いたよ。うん、そっか。ありがとう大遥。大遥も何かあったら頼ってよ。力になれないかもしれないけど……」
大遥は俺とは違って友達も多いし人との関わりが希薄な俺が役立つことはないと分かっていてもそう言ってしまうほど、大遥には感謝している。
「なんかよくわかんねーけど、顔色良くなったしもう大丈夫か。じゃ、俺は貫太と帰るから」
胸の前で手を振って大遥を見送る。貫太というのは同じキャンパスで最近知り合った友人らしい。意気投合したと言ってサークルがない時はよく一緒にいると言っていた。大遥は楽しむのが上手い。
俺もそんな風に……
——違う。
大遥は大遥だから輝いて見えて、優光を振った高校生もその子の考えがあって、優光も優光だから色んな興味を持とうとして……俺は俺らしくいたい。誰かが成したことを模倣するのも何かを得るきっかけにはなると思う。けど、俺は俺だから。誰かを上書きした何かになりたくない。
金髪だった髪を真っ黒に染め上げる。耳にかけられるくらいに伸びた前髪を片耳だけにかけた。
グレーのパーカーは楽だったし、おしゃれな服も気分が上がって好きだ。変わろうと思った自分を褒めたくて、どちらも捨てがたかった結果、柄物のワイシャツをグレーのパーカーの下に着て少し見えるように調整する。
季節が巡った冬の日、優光の後期の時間割を知らない俺はマフラーを巻いて寒さを耐え凌ぎながら正門で待ち続けた。
連絡をして呼び出さなかったのは、俺の気持ちに正直にいたかったから。俺の都合を優先して、言えないかも……と思った日は逃げれるように自分の気持ちと向き合った。
そんな日常を繰り返していたある日、マフラーもつけず正門を出ようとした大好きな人が目の前を通過する。
「……優光」
「藍弥……?」
このままではダメだと、逃げてはダメだと思わせられた感情から震えながら放つ。
「俺はいつまでただの後輩でいればいい?」
——溢れんばかりの想いを伝えよう。


