榊に会えると思えば、緊張はすれどサークル室の扉は軽くためらいもなく開けることができた。サークルの時間の30分以上も前に到着した部屋。楽しみなのもあったが、誰か先にいると入りづらさを感じてしまうためわざと早めに登校した。
「おはようございます……」
誰もいないと思いながらも挨拶を小さな声でしながら入室する。すると、明るい声が飛んできた。
「古賀くん‼︎」
「榊……先輩?」
――え? なんでいるの……?
「どうした?」
質問を質問で返す。
「なんでもういるの? ……ですか」
「ダメ?」
言いながら首を傾げる榊に胸を締め付けられる。男らしい体格と綺麗な顔に隠された可愛さを見つけてしまう。
——俺以外にもこういう甘え方するんだろうか。嫌……だな。
生まれる独占欲を隠すように取り繕おうとした。
「ダメじゃないですけど」
しかし嬉しさが身体から溢れた俺は無意識に歯を見せるほどに笑顔になっていた。最近口を開けて笑うなんてしていなかったためか我に返ってすぐに真顔になってしまう。笑ったところで怖いと言われるのがオチだ。
「……もっと笑ってくれていいのに」
ポツリと呟く榊を前に、「無茶言わないでください」と普段からよく笑う榊の軽々しい発言に対抗した。2人しかいない部室。会話を弾ませることができず、沈黙の時間が長い。
——榊は会話ないの大丈夫なのかな……早く帰りたいとか思われてたらどうしよう。
ぐるぐると回る思考を打ち壊すように扉が勢いよく放たれた。
「よーす‼︎ サークル所属してない優光が早いの何なん!」
賑やかな声を上げる彼は、俺を呼びつけた元凶である響さんだ。そのくせに俺のことは全く視界に入っていないように榊へ近づく。
「サークル室の鍵閉まってなかったから」
正直、響さんが俺の話をしなければ榊と話すきっかけにもならなかったということは重々承知だったが、榊と距離の近すぎる彼を好きにはなれない。今も目の前で何の躊躇いもなく榊の膝の上に座る響さんらは、イチャイチャという言葉がよく似合っている。
モヤモヤする心のせいで、視線を逸らして手を膝の上で組みギュッと握りしめる。
「座り心地悪!」
「俺は椅子じゃないよ。なぁ古賀くん?」
同意を求めるようにして言う榊は、響さんの大きな背中に埋もれ顔を出そうとしていた。サラサラと髪を跳ねさせていて、それがまるで喜んでいるように見えて余計胸が苦しい。
俺が座ることができない場所にいる響さんに早く退いてほしくてツンと口を突き出す。
「そうですね。俺の方が座り心地いいと思います」
「お! 言ったな⁇」
ニヤニヤしながら、こちらに向かってくる。
榊を椅子にするくらいだったら俺に座ってもらう方がずっとマシだ。
——陽キャの行動はよくわからないけど、必要以上に目の前で好きな人が俺以外の人に触れられているのを見るのは堪える。
すると「やめろ」と、落ち着いた声で俺に座ることを阻止する榊に、響さんはニンマリと笑う。
それが何を示しているのか俺には理解できなかったが、言葉を交わさなくても何かやり取りをする姿に素直に嫉妬した。
響さんは榊にやめろと言われたのが効いたのか、近づくのをやめ机に体重を乗せて降参だと言わんばかりに低く両手を上げている。
「そんな怒るなよ」
「……後輩困らせるな」
胸の辺りに一瞬圧迫感を感じる。
——ただの後輩にしかなれないんだ。
意識を逸らしたいと、響さんに問う。
「今日は何するんですか?」
「無難にオセロとか?」
「無難すぎる……」
思わず放った言葉に榊は口を開けて笑い、響さんは口を尖らせる。
「じゃあ何がいいんだよー、あ、ごめん電話きた! 一瞬出る!」
嵐のように響さんがサークル室を出ていった。
俺は徐に、サークルに入って何回かしか触れてなかった壁一面にあるボドゲの中から、いくつか箱を取り出す。
「これ2人用か」
「こっちは時間かかりすぎるな……」
ブツブツと独り言を呟きながら、精査する。
「なんか良いのあった?」
箱しかなかった視界に、突如真横から現れた榊の整った顔に身体を引く。バランスを崩し、後ろに倒れかけた俺は、机の角に背を打ちつけた。集中しすぎるあまり、近づかれていた気配に気づいていなかったのだ。
反動で手に持っていた箱に入っていたカードが散らばる。
「わ! ごめん‼︎ そんな驚くと思ってなくて……」
眉を八の字に困らせ、即座に屈む榊に続いて俺も屈んでカードを集める。
距離がグッと近く、胸の鼓動が加速した。
「怒った?」
また顔を覗かれる。
全身に力が入り息を止める。屈んだ足の指先に力が入るのが意識せずともわかった。
——好きな人がいると呼吸さえままらないなんて……。
「お、俺が悪いのに怒るとかない……です」
「もしかして背中痛めた⁉︎」
俺の感情を追い越すように、あっという間に榊の顔が俺の顔の真横にきて思わず首を窄める。
「だ、大丈夫ですから……」
——これ以上近づかれたら心臓がおかしくなりそうだ。
と、思った瞬間だった。榊が背中を摩ろうとしたのか大きくてゴツゴツとした男らしい手が俺を引き寄せるようにして背に触れる。爆音で鳴る心臓の音が背中側まで絶対に伝わってしまっている。それに、耳も首も全部火照って暑い。
「だ、大丈夫だから‼︎」
心配してくれているのは心が躍るほど嬉しいのに、身体がこれ以上近くにいれないと限界を迎えた。反射的に榊の分厚い胸板を両手で押し除けようとするも、びくともしない。
——どうして動かないのだ?
榊の顔の方へ首を動かす。
——ヤバい! 顔が近すぎる……!
未だに慣れないため、顔を背けたかったのに目が離せない。そして榊が首を微量に傾けたと認識できたと思ったら、不意に唇なる。
——え……? キス……された?
榊からされたのか? 俺が横を向いたから? なんで?
腰を抜かし身体が硬直したまま、動くことができない。隣で榊が正座に座り直して俺のことをまっすぐ見ているらしいく視線が刺さる。俺は先ほどまで暑いくらいに火照っていたのに、驚きで冷え切り加えて不審感のせいで視線は床に向かっている。
——あれ? 好きな人からのキスなのに、なんでこんなに嬉しくないんだ?
すると榊が言い訳することもなくポツリとこぼす。
「ごめん、つい……」
——つい、って……なんとなくでキスされたの?
そう思えたら不思議と緊張が解けた。そうか。榊が俺のこと好きでもないのにキスしてきたことが、やるせない気持ちにさせたんだ。
「意味わかんない……」
「ほんとごめん。俺帰った方がいいよね。もう響も戻ってくるだろうし、気まずくなっちゃう」
「顔近かったら誰でもするんだ……ですね」
口から溢れ出てきた本音に力強く反発される。
「それは違う!」
——何が違うの?
俺は榊にとって、たくさんの知り合いのうちの1人で、陽キャってそういう軽いノリがあるんだろうな。だから理由など特にないはずだ。
榊とは違うって分かってたはずなのに心の何処かで自分の性格が足枷になっている気がしてならない。
それに……俺は何のためにこの大学に来たんだ? 榊がいると分かったから来たんだ。嬉しいとか嬉しくないとか一喜一憂しているなんて贅沢すぎる。話せているだけでも奇跡なのに……。
「帰らないで大丈夫です……気まずくないですから」
無理やり作った笑顔は引き攣る。
「あ、俺だって……」
榊が何かを言いかけると、遮るようにハキハキとした声が飛んできた。
「ただいまー! ってそんなところで何してんの?」
何していたかと問われると思い出してしまい、カッと身体が熱を持つ。当然地べたに座りこんだ俺たちを怪訝される。榊が「ボドゲ落としちゃったんだよ」と、立ち上がり俺もようやく腰を上げた。近くにあった椅子に座ると、榊はその真反対、その横に響さんが座る。
しかし普通にできるなんてできるわけなかった。なんとか、意識しないよう選んだボドゲから1つ取り出し遊び始めるも整った顔が正面にくるだけでキスのことを思い返してしまい胸が高鳴る。それどころか、視線が唇にばかり行き頭がふわふわした。
——集中しなきゃ……なのに、何ひとつ頭に入ってきやしない。
パチリと目が合うと、榊が秘密の暗号を言うみたいに口パクする。
『わ・す・れ・て』
集中できていないのも視線の先も見抜かれてしまっていた。
——忘れるなんてできるかよ。
それでも何個かボードゲームするうちに場の空気に慣れてきた。ふと疑問に思う。いつもの賑やかなメンバーはどこにいるんだ? と。
「あの……、他の人たちはいないんですか?」
2人は顔を見合わせて、キョトンとする。そしてわざとらしく響さんが声を一段と大きくされる。
「あ! 今日活動日じゃなかった!」
「そ、そうなんだ、活動日なんてあったんだな」
サークルに所属していようがそうじゃなかろうが、それくらい想像できるというのに榊は指と指を大袈裟にいじる。
「えっと、今日は皆さん来ないって言うことですか?」
「そういうこと!」
本当にそれだけなのか? と疑いもあったが、気にしたところで俺の中で答えは出てこなかった。
その後もいくつかのボドゲを楽しんでいると、サークル室の扉が豪快に開け放たれる。
「あれー? 今日ないんじゃなかったの?」
甲高い声と共に1人が入室すると、後ろに4、5人が続く。
「お前ら……なんで来たんだ」
その中の何人かは俺も見覚えがあった。サークルメンバーだ。
大方、ここの鍵が閉まっていないと分かっていたからだろう。一気に賑やかになったサークル室に、居場所を失い誰にも見られていないうちにと、そっと抜け出す。
「ふぅ……」
サークル室から早足で進み、外に出てようやく安堵のため息をつけた。
「古賀くん、待って」
榊にはバレていたようだ。背後からかけられた声の主をよく知っていたため、ゆっくり振り向く。
「古賀くん、ごめん。騙すつもりはなくて」
「いえ、俺が大人数が苦手なのを知ってたんですね」
コクリと榊が頷く。
春の暖かさが心を落ち着かせてくれて不思議と冷静に会話ができる。
「気を遣ってくださってるのは分かってますから」
「ごめん。結局嫌な思いさせた」
「……謝ってばかりですよ」
「うん。キスもしちゃったし……せっかく来てくれたのに嫌なことしかしてないや」
キスの話題を出され、感情が乱されたことで顔が熱くなって声も上ずる。
「キスの話は忘れるって言ったじゃないですか!」
「いや、今2人だからいいかなって判断しちゃった」
深く息を吐いて呼吸を整える。
「……大丈夫です。確かにサークルは苦手ですけど……」
「けど?」
「嫌な思いはしてないです。むしろ、嬉しかった。榊先輩と同じ時間共有できたから」
「古賀くんて、率直だよね」
「え⁉︎ 俺変なこと言いました⁉︎⁉︎」
「言ってないよ。ストレートに嬉しかったとか感情を言ってくれるの心開いてくれてるみたいでマジ嬉しい」
——俺に心開かれても嬉しくないだろ……。
それにゲームで例えるなら、親愛度が上げづらいキャラ。言葉を言い換えれば扱いづらいと思われてたのか?
眉間に皺を寄せて悶々と榊の俺に対する感情を考えていると、榊が口を開いた。
「もう遊びたくなくなっちゃった?」
「え?」
パッと顔を上げ、目を見開くと榊が不安そうに言う。
「もしかして、そもそも冗談だった?」
「そんなわけないです!」
「よかった」
微量に口角を上げた榊に胸が鳴る。
——俺と遊びに行きたいと思ってくれてたのか?
「いつにする?」
少し考えて一縷の望みをかけて答えた。
「じゃあ、5月……21日がいいです」
「空いてる」
カレンダーも確認せずに即答されたことと快諾されたことに驚喜する。約束した日は、俺の誕生日だ。誕生日プレゼントがほしいわけでも、おめでとうと言われたいわけでもない。もちろん言われれば嬉しいのは当然の話だ。何よりただ一緒にいるだけでも高校の頃の俺では考えられないのに、キスをされてからだろうか。身体の内側から欲が出た。心を開いてくれてると榊は言ったが、それは俺も同じで榊が胸の内を開いてくれていると感じているのだった。
「おはようございます……」
誰もいないと思いながらも挨拶を小さな声でしながら入室する。すると、明るい声が飛んできた。
「古賀くん‼︎」
「榊……先輩?」
――え? なんでいるの……?
「どうした?」
質問を質問で返す。
「なんでもういるの? ……ですか」
「ダメ?」
言いながら首を傾げる榊に胸を締め付けられる。男らしい体格と綺麗な顔に隠された可愛さを見つけてしまう。
——俺以外にもこういう甘え方するんだろうか。嫌……だな。
生まれる独占欲を隠すように取り繕おうとした。
「ダメじゃないですけど」
しかし嬉しさが身体から溢れた俺は無意識に歯を見せるほどに笑顔になっていた。最近口を開けて笑うなんてしていなかったためか我に返ってすぐに真顔になってしまう。笑ったところで怖いと言われるのがオチだ。
「……もっと笑ってくれていいのに」
ポツリと呟く榊を前に、「無茶言わないでください」と普段からよく笑う榊の軽々しい発言に対抗した。2人しかいない部室。会話を弾ませることができず、沈黙の時間が長い。
——榊は会話ないの大丈夫なのかな……早く帰りたいとか思われてたらどうしよう。
ぐるぐると回る思考を打ち壊すように扉が勢いよく放たれた。
「よーす‼︎ サークル所属してない優光が早いの何なん!」
賑やかな声を上げる彼は、俺を呼びつけた元凶である響さんだ。そのくせに俺のことは全く視界に入っていないように榊へ近づく。
「サークル室の鍵閉まってなかったから」
正直、響さんが俺の話をしなければ榊と話すきっかけにもならなかったということは重々承知だったが、榊と距離の近すぎる彼を好きにはなれない。今も目の前で何の躊躇いもなく榊の膝の上に座る響さんらは、イチャイチャという言葉がよく似合っている。
モヤモヤする心のせいで、視線を逸らして手を膝の上で組みギュッと握りしめる。
「座り心地悪!」
「俺は椅子じゃないよ。なぁ古賀くん?」
同意を求めるようにして言う榊は、響さんの大きな背中に埋もれ顔を出そうとしていた。サラサラと髪を跳ねさせていて、それがまるで喜んでいるように見えて余計胸が苦しい。
俺が座ることができない場所にいる響さんに早く退いてほしくてツンと口を突き出す。
「そうですね。俺の方が座り心地いいと思います」
「お! 言ったな⁇」
ニヤニヤしながら、こちらに向かってくる。
榊を椅子にするくらいだったら俺に座ってもらう方がずっとマシだ。
——陽キャの行動はよくわからないけど、必要以上に目の前で好きな人が俺以外の人に触れられているのを見るのは堪える。
すると「やめろ」と、落ち着いた声で俺に座ることを阻止する榊に、響さんはニンマリと笑う。
それが何を示しているのか俺には理解できなかったが、言葉を交わさなくても何かやり取りをする姿に素直に嫉妬した。
響さんは榊にやめろと言われたのが効いたのか、近づくのをやめ机に体重を乗せて降参だと言わんばかりに低く両手を上げている。
「そんな怒るなよ」
「……後輩困らせるな」
胸の辺りに一瞬圧迫感を感じる。
——ただの後輩にしかなれないんだ。
意識を逸らしたいと、響さんに問う。
「今日は何するんですか?」
「無難にオセロとか?」
「無難すぎる……」
思わず放った言葉に榊は口を開けて笑い、響さんは口を尖らせる。
「じゃあ何がいいんだよー、あ、ごめん電話きた! 一瞬出る!」
嵐のように響さんがサークル室を出ていった。
俺は徐に、サークルに入って何回かしか触れてなかった壁一面にあるボドゲの中から、いくつか箱を取り出す。
「これ2人用か」
「こっちは時間かかりすぎるな……」
ブツブツと独り言を呟きながら、精査する。
「なんか良いのあった?」
箱しかなかった視界に、突如真横から現れた榊の整った顔に身体を引く。バランスを崩し、後ろに倒れかけた俺は、机の角に背を打ちつけた。集中しすぎるあまり、近づかれていた気配に気づいていなかったのだ。
反動で手に持っていた箱に入っていたカードが散らばる。
「わ! ごめん‼︎ そんな驚くと思ってなくて……」
眉を八の字に困らせ、即座に屈む榊に続いて俺も屈んでカードを集める。
距離がグッと近く、胸の鼓動が加速した。
「怒った?」
また顔を覗かれる。
全身に力が入り息を止める。屈んだ足の指先に力が入るのが意識せずともわかった。
——好きな人がいると呼吸さえままらないなんて……。
「お、俺が悪いのに怒るとかない……です」
「もしかして背中痛めた⁉︎」
俺の感情を追い越すように、あっという間に榊の顔が俺の顔の真横にきて思わず首を窄める。
「だ、大丈夫ですから……」
——これ以上近づかれたら心臓がおかしくなりそうだ。
と、思った瞬間だった。榊が背中を摩ろうとしたのか大きくてゴツゴツとした男らしい手が俺を引き寄せるようにして背に触れる。爆音で鳴る心臓の音が背中側まで絶対に伝わってしまっている。それに、耳も首も全部火照って暑い。
「だ、大丈夫だから‼︎」
心配してくれているのは心が躍るほど嬉しいのに、身体がこれ以上近くにいれないと限界を迎えた。反射的に榊の分厚い胸板を両手で押し除けようとするも、びくともしない。
——どうして動かないのだ?
榊の顔の方へ首を動かす。
——ヤバい! 顔が近すぎる……!
未だに慣れないため、顔を背けたかったのに目が離せない。そして榊が首を微量に傾けたと認識できたと思ったら、不意に唇なる。
——え……? キス……された?
榊からされたのか? 俺が横を向いたから? なんで?
腰を抜かし身体が硬直したまま、動くことができない。隣で榊が正座に座り直して俺のことをまっすぐ見ているらしいく視線が刺さる。俺は先ほどまで暑いくらいに火照っていたのに、驚きで冷え切り加えて不審感のせいで視線は床に向かっている。
——あれ? 好きな人からのキスなのに、なんでこんなに嬉しくないんだ?
すると榊が言い訳することもなくポツリとこぼす。
「ごめん、つい……」
——つい、って……なんとなくでキスされたの?
そう思えたら不思議と緊張が解けた。そうか。榊が俺のこと好きでもないのにキスしてきたことが、やるせない気持ちにさせたんだ。
「意味わかんない……」
「ほんとごめん。俺帰った方がいいよね。もう響も戻ってくるだろうし、気まずくなっちゃう」
「顔近かったら誰でもするんだ……ですね」
口から溢れ出てきた本音に力強く反発される。
「それは違う!」
——何が違うの?
俺は榊にとって、たくさんの知り合いのうちの1人で、陽キャってそういう軽いノリがあるんだろうな。だから理由など特にないはずだ。
榊とは違うって分かってたはずなのに心の何処かで自分の性格が足枷になっている気がしてならない。
それに……俺は何のためにこの大学に来たんだ? 榊がいると分かったから来たんだ。嬉しいとか嬉しくないとか一喜一憂しているなんて贅沢すぎる。話せているだけでも奇跡なのに……。
「帰らないで大丈夫です……気まずくないですから」
無理やり作った笑顔は引き攣る。
「あ、俺だって……」
榊が何かを言いかけると、遮るようにハキハキとした声が飛んできた。
「ただいまー! ってそんなところで何してんの?」
何していたかと問われると思い出してしまい、カッと身体が熱を持つ。当然地べたに座りこんだ俺たちを怪訝される。榊が「ボドゲ落としちゃったんだよ」と、立ち上がり俺もようやく腰を上げた。近くにあった椅子に座ると、榊はその真反対、その横に響さんが座る。
しかし普通にできるなんてできるわけなかった。なんとか、意識しないよう選んだボドゲから1つ取り出し遊び始めるも整った顔が正面にくるだけでキスのことを思い返してしまい胸が高鳴る。それどころか、視線が唇にばかり行き頭がふわふわした。
——集中しなきゃ……なのに、何ひとつ頭に入ってきやしない。
パチリと目が合うと、榊が秘密の暗号を言うみたいに口パクする。
『わ・す・れ・て』
集中できていないのも視線の先も見抜かれてしまっていた。
——忘れるなんてできるかよ。
それでも何個かボードゲームするうちに場の空気に慣れてきた。ふと疑問に思う。いつもの賑やかなメンバーはどこにいるんだ? と。
「あの……、他の人たちはいないんですか?」
2人は顔を見合わせて、キョトンとする。そしてわざとらしく響さんが声を一段と大きくされる。
「あ! 今日活動日じゃなかった!」
「そ、そうなんだ、活動日なんてあったんだな」
サークルに所属していようがそうじゃなかろうが、それくらい想像できるというのに榊は指と指を大袈裟にいじる。
「えっと、今日は皆さん来ないって言うことですか?」
「そういうこと!」
本当にそれだけなのか? と疑いもあったが、気にしたところで俺の中で答えは出てこなかった。
その後もいくつかのボドゲを楽しんでいると、サークル室の扉が豪快に開け放たれる。
「あれー? 今日ないんじゃなかったの?」
甲高い声と共に1人が入室すると、後ろに4、5人が続く。
「お前ら……なんで来たんだ」
その中の何人かは俺も見覚えがあった。サークルメンバーだ。
大方、ここの鍵が閉まっていないと分かっていたからだろう。一気に賑やかになったサークル室に、居場所を失い誰にも見られていないうちにと、そっと抜け出す。
「ふぅ……」
サークル室から早足で進み、外に出てようやく安堵のため息をつけた。
「古賀くん、待って」
榊にはバレていたようだ。背後からかけられた声の主をよく知っていたため、ゆっくり振り向く。
「古賀くん、ごめん。騙すつもりはなくて」
「いえ、俺が大人数が苦手なのを知ってたんですね」
コクリと榊が頷く。
春の暖かさが心を落ち着かせてくれて不思議と冷静に会話ができる。
「気を遣ってくださってるのは分かってますから」
「ごめん。結局嫌な思いさせた」
「……謝ってばかりですよ」
「うん。キスもしちゃったし……せっかく来てくれたのに嫌なことしかしてないや」
キスの話題を出され、感情が乱されたことで顔が熱くなって声も上ずる。
「キスの話は忘れるって言ったじゃないですか!」
「いや、今2人だからいいかなって判断しちゃった」
深く息を吐いて呼吸を整える。
「……大丈夫です。確かにサークルは苦手ですけど……」
「けど?」
「嫌な思いはしてないです。むしろ、嬉しかった。榊先輩と同じ時間共有できたから」
「古賀くんて、率直だよね」
「え⁉︎ 俺変なこと言いました⁉︎⁉︎」
「言ってないよ。ストレートに嬉しかったとか感情を言ってくれるの心開いてくれてるみたいでマジ嬉しい」
——俺に心開かれても嬉しくないだろ……。
それにゲームで例えるなら、親愛度が上げづらいキャラ。言葉を言い換えれば扱いづらいと思われてたのか?
眉間に皺を寄せて悶々と榊の俺に対する感情を考えていると、榊が口を開いた。
「もう遊びたくなくなっちゃった?」
「え?」
パッと顔を上げ、目を見開くと榊が不安そうに言う。
「もしかして、そもそも冗談だった?」
「そんなわけないです!」
「よかった」
微量に口角を上げた榊に胸が鳴る。
——俺と遊びに行きたいと思ってくれてたのか?
「いつにする?」
少し考えて一縷の望みをかけて答えた。
「じゃあ、5月……21日がいいです」
「空いてる」
カレンダーも確認せずに即答されたことと快諾されたことに驚喜する。約束した日は、俺の誕生日だ。誕生日プレゼントがほしいわけでも、おめでとうと言われたいわけでもない。もちろん言われれば嬉しいのは当然の話だ。何よりただ一緒にいるだけでも高校の頃の俺では考えられないのに、キスをされてからだろうか。身体の内側から欲が出た。心を開いてくれてると榊は言ったが、それは俺も同じで榊が胸の内を開いてくれていると感じているのだった。


