ドンッ。
鈍い音が鼓膜に響いた。
雨の音とは違う、それだけがはっきりしていた。
規則的に傘を叩く音が一瞬だけ途切れる。
視界の端で”何か”が転がっていた。
「,,,は?」
声にならない声が喉の奥で引っかかった。少し遅れて思考が世界に追いついた。
その瞬間、赤い水たまりの上に転がっている”何か”の正体がわかってしまった。
さっきまで自分の隣で笑っていた人だった。
そして、誰よりも大切な人。
「か..えで...?」
呆然と、その名前が口からこぼれ落ちる。
次の瞬間、私は傘を放り出して駆け寄っていた。足が勝手に動いた。
「楓、ねえ、楓.....!!」
声が裏返る。
返事はない。足元だけが静かに赤く染まっていく。
「返事して...いやだ...お願い....」
そのとき、楓の口が少し動いた。
しかし、その声は無情にも雨音にかき消されてしまった。
周りで叫んでいる声や野次馬の声。ずっと遠くに感じられる。遠くでサイレンの音が聞こえてきた。
次第に近づいてきた。赤いランプが雨の中に溶け込んだ。
中から出てきた小太りの救急隊員がこちらをちらっと見て
「関係者ですか。車内へ。」
と言った。
しかし、私は救急隊員の言葉が頭に入らずただ友達の手を握っていた。冷たい。しかし離さなかった。
この手を離せば全部が終わる気がした。救急隊員は小さく息を吐き、楓をそのまま担架に乗せた。
救急車の中は場違いなほど明るく白い光は煌々としていた。
楓の手から自分の手に赤いものが伝っていくのを見ていることしかできなかった。
救急隊員は目を伏せた。そして、静かに首が横に振られた。
その意味が心に重くのしかかってきた。力が抜ける。手を離れる。その瞬間、楓の手がだらんと落ちた。
沈黙が流れる。
「私の...せいだ......」
気づけば、そう口に出した。
中年の救急隊員は少しだけ間をおいたあと、静かに口を開いた。
「....あなたのせいではありません」
その声は低く、落ち着いていた。
「事故は誰にも防ぐことはできません」
その言葉は優しさなのか、現実をつきつけているのかわからなかった。
「力が及ばず申し訳ありません」
救急隊員はそう言って深く頭を下げ、静かに楓の顔に白い布をかけた。
その時、隣にいた小太りの救急隊員が私を見た。
やりきれないような表情を浮かべている。
「まだ、学生さんなのに....」
その人は鼻をすすり、言葉を続けた。
「...お友達のこと、忘れないであげてください」
友達。そんな簡単な言葉で片付けられるような人じゃない。
「友達じゃないです」
無意識に口からこぼれていた。
救急隊員は少し目を見開き、こちらを見た。
「楓は....」
そこまで言って私は口をつぐんだ。
楓は私にとって何だったのだろう。
大切な人。
それだけでは足りない気がする。
だが、それ以上を表す言葉を私は持っていなかった。
もし神様がいるなら。
ただ、一つだけそれが頭に浮かんだ。
どうして神様はこんなにも簡単に大切なものを奪うのだろう。
神様が本当にいるなんて思っていない。
だけど、本当に神様がいるのなら、お願いです。
楓を、私の楓を連れて行かないでください。
私は、哀れにもそう願うしかなかった。
