14日後、高砂くんとのキスを僕はとめたい。


「次の授業って移動だったよね?」

「そうそう、一階の化学室」

「5分しか無いから早く行こう」

みんなが教室を出て化学室に移動し始めた。
物理は教室で授業だけど、化学は別棟の廊下の隅にある化学室まで移動しなければいけない。
たまに実験をする程度なのに移動に休み時間を割かれてしまうのが悔しい。
トイレにでも行こうものなら遅れをとってしまうから。
小走りで前を歩いているクラスメイトに喰らいつく。
久しぶりに入った化学室はツンとアルコールの匂いがした。
この匂いをかぐとなんだかワクワクするんだよな。

「一つの実験台に四人だって。前に実験道具が置いてあるから取りに行かないといけないみたいだよ」

化学室に入ると誰かがそんなことを話しているのが聞こえた。

「一つの実験台に四人…?えっと僕はどこにいけばいいだろう?」

「お〜い、青こっち、こっち」
僕がキョロキョロしていたからか同じ実験台を使う豊田君が手招きをしてくれた。

「お待たせ。どこに行けばいいのか分からなくってさ」

「そうなの…?
あっ、黒板に貼ってあるメンバー表を見てないとか?教室の席順だよ」

「席順…?えっ、教室の?」

「うん、だから俺達のメンバーは青と俺と高砂くんとウッチーの四人だから」

「そっか…って男ばっか?女子は…?」

「残念ながら他の実験台に集中しちゃってるんだよな。まっ、しょうがないよ。この前のくじ引きの結果だから」

いや…また高砂くんと一緒なわけ?
こういう時は女子の会話力が救いなのに…。

「で、ウッチーと高砂くんは?まだ来てないの?」
僕の質問に豊田くんが呆れ顔で『あれ見てよ』と向こうの方を指さしている。

なになに…?

「あっ、そーいうことね」

女子と楽しそうに談笑するウッチーの姿にある意味納得してしまう。
いつもと違う場所に雰囲気。
実験の醍醐味ってきっとそういうことだと思う。

「これってどーやってやるの?分かんな〜い」
「あぁ、それはA液とB液を混ぜて軽く振って」

なんて女子と楽しく話せると思ってたのにヤローばかりだったから、せめて今のうちに取り返そうと思ったんだろう。ウッチーってわかりやすくて健気だと思う。

『で、高砂くんは?』と言いかけた時、後ろから声が聞こえた。

「アルコールランプにフラスコ、ビーカーに試験管バサミ、あとガラス棒に温度計。
俺一人じゃ持ちきれないから誰か手伝って」

「お…っ、おう。僕、手伝うよ」

高砂くんがこっちをチラッと見た気がした。

「うん、宜しく」

お役に立つかどうかは分からないけど、運ぶくらいならいけるだろう。

「いってらっしゃ〜い」

豊田君に見送られながら高砂くんの後について持ちきれなかった器具を取りに行く。
なんか豊田君って世渡り上手な気がするなぁ。
まあ、そんな事はどうでもいいんだけど。

「今日ってなんの実験だっけ?」

思い切って高砂くんに話しかけたのに、同じタイミングで扉が勢いよく開いた。

ガラガラガラッ

「はい、みんな席に着いて。
実験道具は全部揃ってるか?今日は液体の沸点について調べるぞ」

「おっとお〜。びっくりした」
突然の先生の出現に思わず心の声が漏れてしまった。

「ほら、お前たちも早く席につきなさい」

「はい…」
急いで仲間が待つ実験台に戻って行く。
さっきまで女子と楽しそうに話していたウッチーがちゃっかり席に戻っていた。

「いいか〜、試験管をしっかり固定してから試験管の底をアルコールランプで温めるんだぞ。
試験管は熱くなるから、必ず試験管バサミを使うこと。分かったな」

「はーい」

みんなが一斉に立ち上がって実験が始まった。

ビーカーの水を試験管に入れてアルコールランプで熱する。

アルコールランプの青みがかかった炎が試験管の底を熱くしている。
無色透明の液体に、小さな気泡が現れ、やがて、ボコボコと勢い良く沸騰し始めた。

うわぁ、この試験管絶対熱いやつだ…。


ウッチーが試験管バサミで掴んで液体をゆっくり左右に振りだした。
「試験管が割れそうでこわくない?
アルコールランプって結構火力あるのな」

「本当だな」

「ねえ高砂くん、試験管を戻すからホルダーが動かないようにそのまま持っててよ」

「分かった」

試験管バサミで持ち直したせいで、さっきよりすこし上の方で試験管ホルダーにセットされてしまった。

うーん、炎が試験管の底までしっかり当たってないんだよな…さっきみたいに勢いよく沸騰しない。

直したい…。
まだ熱いのかな?

試験管バサミは僕から遠い…。
みんな他の実験に夢中だし。

多分もうそんなに熱くないよな。
ちょっとだけなら…。
ゆっくりと指を試験管に近づけてみた。


あつつつっっっ!!


「えっっ…? なに?なに?」

「今のって青の声?びっくりした。何があった?」

しまった…。
やっちゃった。

熱くなった人差し指を見つめたまま固まってしまった。

「青、こっちにこい」

「えっ…?」

高砂くんに腕を掴まれて廊下に連れ出された。

「ちょっと、高砂くん…どこにー」

「いいから早く!」

「早くって……なにを」

「ほら、手を出して。水で冷やして、今すぐに!」
あっ、ここって廊下にある手洗い場…。

「えっ、でも……」

「いいから早く」

「うっ、うん」

蛇口から勢いよく流れる水に手をいれた。
さっきはとっさに『熱い』って言ってしまったけど、熱さより痛みに近い感覚だった気がする。

「大丈夫か?
熱いに決まってるのになんで触ったんだよ」

「ごめん、もうそこまで熱くないと思って…」

「思うなよ。試験管は見た目じゃ分からないだろ。指は痛む?」

「今はまだ何も感じない…」

「そうか、もう少しだけ冷やしてから戻ろうな」

いや、なんて言うか…その
手首を掴まれたままなんだけど…。
体も引っ付いたままだし。
どうしたらいいのか分かんないんですけど。


「おーーい、青、、大丈夫か?ヤケドした?
先生が様子を見に行けって言うから来たんだけど」

えっ、、先生…?
そうだった。何も言わずに出てきちゃったんだ。

「あっ、うん…大丈夫。今んところは」

「戻って来れる?」

「うん、戻るよ。もう少しだけ冷やしたいけど」

「じゃあ、先生にそう言ってくるよ」

「ウッチー、悪いな」

先生に頼まれてわざわざ様子を見に来てくれたのか…。


「あの、高砂くん…もうそろそろ戻った方がいいかも。心配してくれてありがとう」

「ああ、でももう少しだけこのまま冷やした方がいいと思う」

「・・・うん・・」


なんて言うか…。
こんなに心配してもらったのって人生初じゃない?
って…なんだよ、どうしたんだよ……。
心臓の鼓動がうるさい。
まさか高砂くんに聞こえてないよな?
いや、いや、そうじゃないだろ。

落ち着け自分。
あれ…、
ルールってなんだっけ?


キーンコーンカーンコーン

「はい、今日の実験はこれで終わります。みんな、道具を前に戻してから教室に戻る様に。分かったな」

「はーい」

化学室をでて教室に戻るためにみんながゾロゾロと歩き出した。

「青、指は大丈夫なの?」

「うーん、赤くなってる」

「保健室に行った方がよくないか?」

ウッチーが心配して声をかけてくれた。

「やっぱり行ったほうがいいかな。でも移動してたら時間なくなっちゃったし。今はまだ大丈夫だから・・。
次の授業が終わったら行ってくるよ」

「まあ、やけどの範囲が小さいから大丈夫かもしれないけどな」

「うん、そうだね」

でもなんか嫌な感じがするんだよな…。
赤くなった指先をじっと見つめながらそんな事を思っていた。


ジンジンジンジン

ヤバい。
指先が…さっきより赤くなったきたぞ。

すこし熱をもっているのかジンジンする。
そう思ったら最後、指先が気になって気になって仕方がない。


なんか冷やせる物… 。
なんでもいい。
とにかく指先を冷やさないと。
僕の指先が『冷やせ』と訴え続けてくる。


あっ、イスの鉄の部分は?

みんなに気づかれないようにそっと指を当ててみた。

おっ?
冷たくて痛みが引いたかも。
マジでか…。

えっ、
なんで?
もう熱くなって来た。
くそっ、また指先がジンジンしてきたぞっ。

少し横に指をずらして冷たい場所を探す。
あっ、また楽になった。

これをもう何十回も繰り返している。
指先は敏感だって言うけど、あれは本当だと思う。
僕の心ぐらい繊細かも…。


そんな事よりどうしよう…。
先生に言って保健室に行くべきかな?

いや、保健室に行って大げさにされても嫌だしな。

とにかく冷やしたら落ち着く。
もっと冷たい場所はないか?
探せ!
探すんだ。

周りを見渡そうと前を見た瞬間、見つけてしまった。

高砂くんの椅子。

背もたれの部分に冷たそうな鉄がたくさんあるじゃないか〜〜!

指を伸ばしてみた。

くっ、くそ
届かない…。

背に腹はかえられない。
極限まで僕の机を高砂くんの椅子に近づけてみた。

恐る恐る指を伸ばす。
あぁぁぁ届く!
指が届く…。

くぅ〜っ、冷たい。指先の痛みがシュンと引いていく気がした。
目の前にこんなに冷えた鉄があるなんて。
ここなら思う存分冷やす事ができる。
そう思うとなんだか安心した。

冷やす、ずらす、冷やす、ずらす…。
こうして僕の指先と鉄との戦いは続いた。

授業終了間際……よかったぁぁ、指の痛みはなんとか和らいだ。

授業が終わって、痛みと緊張感から少し解放された気がする。

助かったぁ〜。

思わず机につっぷして赤くなった指先を見つめてしまった。
あの試験管はいったい何度あったんだろう。
100度とか…?
ヤバっ。

後で、ハンカチを濡らして指先に当てておけば、家に帰るまではもつだろう。
とりあえず今日はこのまま家に帰ることだけを考える事にする。

「青、これ」

「えっ……?」

ペットボトルの水?
冷たい…。
今買ってきたってこと?

「なんで?これ僕にくれるの?」

高砂くんが僕の横に立ったなと思ったのと同時にペットボトルを手渡された。

「指……痛いんだろう?」

「はっ…??」

「俺の後ろでモゾモゾやってたから。
振り向こうと思ったけど我慢した。
絶対やけどが痛み出したんだろうなって思って」

「・・・・・・・・・」

マジでか。
まさか頭の後ろに目がついてる訳じゃないよな?

「おまえどうせハンカチとか持ってないだう?」

「失礼な…。
ハンカチくらい持って・・・ない?」

ポケットに手を突っ込んでハンカチを探したけど。
アレ…?
…ない。なんで無い?
そうだ!くしゃくしゃになってたから洗濯機に突っ込んで…。
新しいハンカチを入れてくるの忘れてたぁ。

「あぁ、あの、えっと、その…水ありがとう。
ああ…!お金、お金を返さないと」

「別にいいよ」

「でも……。このままじゃダメなんだよ」

「何がダメなの?」

「だって…。
目も合っちゃったし、名前も呼ばれちゃったし、
その上、水まで貰ったら僕どうしたらいいのか」

「…ん、一体なんの事??」

あぁもう、どうしたらいいのか分からない!
頭を抱え込んでつっぷす事しか出来ないなんて。

「何やってんだよ。本当に面白いやつだな」

えっ、えっ、ちょっと

頭を触るとか。
やめろぉぉぉぉ。

もう完全終了…だ

普通ならそうだろう。
でも今まで伊達に夢を見て来た訳じゃない。

明日からリベンジだ。
そう、僕は諦めない。


君の優しさに僕は感動した。
絶対阻止してみせるよ
高砂くん!!

残り6日
144時間

安心して僕に任せてくれ。なっ、高砂くん