1月8日、冷え込みの強い朝、HR。
冬休みが明け、新年初の登校も、特に何のイベントはなく、学校はいつも通りの空気に包まれていた。
唯一変わったことといえば、田中碧と入れ替わる形で、新しい生徒が1クラスへやってきたことくらいだ。
「田中さん、本当に12月だけだったんだ…すごいな…」
雪音は、碧の言葉を思い出し、ぼそっと呟いた。
「明けましておめでとう」
「まーよろしく」
「こちらこそ、よろしく」
一部の生徒が小声で新年の挨拶をしているのが聞こえた。
ただ、ほとんどの生徒は声を発することもなく、黙ってスマホを眺めている。
この空気感は、2クラスとは少し違う。雪音は、そんなことを心の中で感じていた。
「明けましておめでとう」
1クラス担任の堂前は、タブレットを片手に教室へ入ってきた。
「みんな、今年もよろしくね」
堂前の言葉に静かに頷く生徒たち。
「早速なんだけど、月例テストは20日ね。生物、歴史、デジタルコミュニケーション論、近未来社会論、情報発信論の5教科ね。あと、平均点から10点以上下回ると赤点になるのは知っていると思うけれど、赤点の回数が合計5回で、1年次後期末テストの受験資格がなくなるから気を付けてね。それと、あと1回で受験資格を失う恐れがある生徒は、特にしっかり学習するように」
受験資格がなくなるといった重い言葉にも、頷くだけで質問をする生徒はいない。
「言わなくてもわかると思うけれど、受験資格がなければ、2年次には昇級できないからね。生徒総則にも書いてあるけれど、近ネクには留年という制度がないから、退学以外に道がなくなるからね」
教室内にざわつきはなく、静かな空気だけが流れる。
堂前は連絡事項を伝え終わると、タブレットを手に教室をあとにした。
「し、下久保さん」
「はい」
雪音は声のする方を振り返る。
そこには、ツーブロックで赤く染めたヘアースタイルが特徴で、少しやんちゃそうな栗宮健剛が立っていた。
「あっ、えっと、栗宮くん…」
「おっ、ちゃんと覚えててくれたんだ」
「うん、2クラスで同じだったからね、ちゃんと覚えてたよ」
「よかった。それでさ、できればお願いがあるんだよ、下久保にさ」
「えっ、わたしに?」
「うん、下久保って成績いいじゃん。だから、勉強を教えてもらえないかと思ってさ。俺、ボクシングばっかで、勉強ぜんぜんだし…赤点も3回取ってるから本当にやばいんだよな…」
「あっ、うん、わたしでよければ…」
「マジか、助かる。近ネクは施設が整ってるし、コーチもすごいんだ。だから、退学は困るんだよな。クラスは別に1クラスのままでいいんだけどな」
「目標があるんだね。それなら、わたしも協力するよ」
「おー、ありがとう、下久保。ネクコミいいか?」
健剛はネクコミのコードを表示した画面を雪音に差し出す。
「うん、追加するね」
雪音はコードを読み取り、健剛を連絡リストに追加した。
1月15日、雪が舞い散る夕方、放課後。
雪音と健剛は、図書室の一角で向かい合い、勉強をしていた。
「下久保悪い、もう一回説明してくれない?」
「うん、この問題は、まず式を整理して、xを移項すると…」
「あっ、あー。なるほど…」
「あ、そうそう。そこは分母そろえるところだね」
「つまりこのまま代入すればいいのか」
「うんうん、栗宮くん最初より、理解するの早くなったね」
「それよりも、下久保が教えるの上手だからだと思うんだよな。先生の話じゃわかんないからさ、へへっ」
「ぜんぜん、上手じゃないよ。栗宮くんが頑張ってるからだと思う」
「教えてもらうのも4回目だしな、数学以外も理解はできてきてると思う。ほんと、ありがとな下久保」
「いやいや、ぜんぜん。少しでも力になれてるなら、わたしも嬉しいけど」
「あと、俺のことは健剛って呼んでくれよ。下久保…いや、雪音とは、友達だしな」
「あっ、け、健剛くん…」
健剛は満面の笑みで親指を立てていた。
「雪音、俺、そろそろジム行って練習してくるわ。今日もありがとな」
「怪我しないように頑張ってね、健剛くん」
雪音はボクシングの真似をするように、小さく拳を突き出す。
健剛はその拳を手のひらで受け止めた。
「雪音、ナイスパンチ」
「うふふ、いってらっしゃい」
健剛は手を振りながら図書室をあとにした。
雪音も片づけをして、帰り支度をする。
「少しお腹空いたな、帰りになんか買って行こうかな」
ポケットの中でスマホが震えた。
久我山秋(4クラス):雪音っち、勉強会終わったー?
下久保雪音(1クラス):今、終わったとこだよ
久我山秋(4クラス):おー、グッドタイミング
下久保雪音(1クラス):どうしたの、秋ちゃん?
久我山秋(4クラス):マリっぺとゲームしてるー
下久保雪音(1クラス):あそこね
久我山秋(4クラス):そうそう
下久保雪音(1クラス):行こっかな
久我山秋(4クラス):うん、待ってるよー
雪音は、OKと書かれたひよこのスタンプを送る。
1月23日、吐く息が白く染まる午後、休日。
ショッピングエリアの広場にあるベンチで寒空の下、温かいココアを飲む雪音。
「おーい、雪音」
手を振りながら、白い息を吐き、駆け寄ってくる健剛。
「待たせたか?」
「ううん、さっききたばかりだよ。それに、まだ待ち合わせの時間前」
「そっか、まだ時間前か、へへっ。それにしても、雪音早いな。寒くないか?」
「大丈夫。さっきココア買ったから。それと、なんとなく早めに部屋を出ちゃっただけだよ」
「急に誘ったのに、きてくれてありがとな、雪音」
「うん、こちらこそ誘ってくれてありがとうね、健剛くん」
「おう、雪音、そろそろ、くんつけなくてもいいんじゃないか?」
「あっ、うん、そうだね。くんつけないように頑張るね、健剛く…」
「ははっ、雪音の頑張りに期待してる」
雪音は、笑顔で拳を小さく握り、胸の前に掲げる。
「よし、行くか」
健剛の少し後ろをついて歩く雪音。
「雪音、横にこないと話しにくいぞ」
「あっ、そっか、ごめん」
雪音は健剛の隣に並び、歩幅を合わせた。
「うん、それなら話しやすいな」
「だね」
「雪音は、小説が好きなんだよな?」
「うん、部屋では本読んでること多いよ」
「なんか、今狙ってる小説とかあるのか?」
「あー、新刊出てるかも。出てたら買おうかな」
「いいね、まず、雪音の本を見に行こうか」
「うん、行こう」
書店に着くと、雪音は新刊コーナーへ足を向けた。
新刊や話題作を一冊ずつ手に取り、あらすじへ目を通していく。
健剛は本には詳しくないようだったが、一人で店内を歩き回ることはなく、雪音の隣で楽しそうに話をしていた。
「こういうのが好きなんだな、雪音は」
「うん、でも、わたし小説は雑食で、何でも読むんだよ」
「なるほどなー、雪音は、色々なジャンルを読んで知見を広げてるわけだ」
「知見が広がってるかは、わからないけどね。うふふ」
「雪音は、ほんと頭いいし。色々知ってるもんな。これで、知見が狭いなら、俺はどうなるんだよ。ははっ」
「それはそうかもねー、ふふっ」
「言ったなー、雪音」
健剛は雪音の頭を拳で優しくぐりぐりしてきた。
「いたっ、いたっ。暴力反対。あはは」
「ははは、痛かったか?」
「ぜんぜん、痛くないよ」
「雪音に騙されたな」
「騙すなんて、人聞き悪いなー、健剛」
「おっ、くんがなくなったな」
「あっ、無意識だったよ」
「今後もそれで頼むよ、雪音」
「うん、頑張りましゅ」
「ははっ、たまに噛むよな、雪音は」
「そこは言わなくてもいいとこだよ、健剛く…」
「そうだな。それで、欲しい本はあったか?」
「うん、これとこれ買おうと思ってる」
雪音は健剛に本を見せた。
「いいね。面白そうだな」
健剛はそう言うと、雪音の手から本をひょいと取る。
「えっ、わたしが買おうと思ってる本…」
「雪音、行くぞ」
「えっ、あっ、はい」
雪音は慌てて健剛のあとを追った。
健剛はそのままレジで会計を済ませると、本の入った紙袋を雪音へ差し出した。
「雪音、勉強のお礼な。教えてもらって、赤点もなかったし。雪音には本当に感謝してる」
「け、健剛…そんな、お礼なんていいのに」
「俺が、雪音に買ってあげたいから、買ったんだ。お礼じゃないぞ」
「ふふっ、ありがとう、健剛。大切にするね」
「おう」
2人はスポーツショップへ立ち寄り、健剛はグローブやトレーニング用品を楽しそうに眺める。
そのあとゲームセンターでは、クレーンゲームや音楽ゲームで笑い合い、気付けば外はすっかり暗くなっていた。
帰りにハンバーガーショップで軽めに食事を済ませ、住居エリアまで並んで歩く。別れ際、小さく手を振り合い、それぞれの部屋へ帰っていく。
1月31日、雪がちらつく夕方、放課後。
教室の窓の向こうでは、小さな雪が静かに舞っていた。
月末の放課後は、近ネクの恒例となっているクラス編成通知が届く。
【1年次2月度クラス編成について】
2月度クラス編成を通知します。
詳細は以下をご確認ください。
下久保雪音
所属クラス:1クラス
適用開始日:2月1日
3月度クラス編成は、2月末日に通知します。
「健剛も1クラスのままかな…」
雪音は、健剛の方を振り向く。
健剛は雪音の視線に気づき、右手の人差し指を1本だけ立てた。
「同じだ…」
雪音は、ほっとしている自分に気が付いた。
健剛は、雪音に小さく手を振る。
「練習いくんだね」
雪音は、ボクシングの構えを真似るように、小さく拳を突き出す。
健剛も、それに合わせるように右拳を突き出した。
部屋に戻ると、ネクコミの通知。
久我山秋(4クラス):雪音っち、今日も勉強会してるー?
下久保雪音(1クラス):今日は、真っすぐ帰ってきたよ
久我山秋(4クラス):そうなんだー、じゃー誘えばよかったなー
下久保雪音(1クラス):今日のキッチンカーは?
久我山秋(4クラス):豚まんだよー、欲張り食いしてるー
下久保雪音(1クラス):秋ちゃんらしいね
久我山秋(4クラス):豚まん買って行くよー
下久保雪音(1クラス):悪いよ
久我山秋(4クラス):いいよ、いいよ。あとで寄るねー
下久保雪音(1クラス):うん、待ってるね
スマホをテーブルの上に置き、ベッドに寄りかかり、健剛に買ってもらった小説を読み始めた。
ページをめくっていると、再びスマホが小さく震える。
栗宮健剛(1クラス):今日の練習終わり
雪音は、ひよこがお辞儀をする「お疲れ様」のスタンプを送る。
栗宮健剛(1クラス):雪音は読書中だったか?
下久保雪音(1クラス):うん、健剛が買ってくれたやつだよ
栗宮健剛(1クラス):なんか、そう言われると照れるな
下久保雪音(1クラス):健剛も照れることあるんだ
栗宮健剛(1クラス):それはあるだろー
下久保雪音(1クラス):だよね、ごめん
栗宮健剛(1クラス):夜ご飯は食べたか?
下久保雪音(1クラス):まだだよ、これから秋ちゃんくるって
栗宮健剛(1クラス):久我山と仲良しだもんな
下久保雪音(1クラス):うん。健剛はご飯食べた?
栗宮健剛(1クラス):いや、来月から選抜予選だから、減量中なんだ
下久保雪音(1クラス):そうだよね。ムリしないようにね
栗宮健剛(1クラス):おう、減量は慣れてるから大丈夫だ
下久保雪音(1クラス):応援してるよ
栗宮健剛(1クラス):雪音の応援があれば、選抜で優勝できそうだな
下久保雪音(1クラス):そう言われると、なんか照れるね
栗宮健剛(1クラス):去年はベスト8だったからな、今年こそは優勝する
下久保雪音(1クラス):健剛ならきっと優勝できるよ
栗宮健剛(1クラス):そうだな、勝利の女神もついてるしな
下久保雪音(1クラス):勝利の女神?
栗宮健剛(1クラス):雪音のことだぞ
下久保雪音(1クラス):わたし?女神様に悪いよ
栗宮健剛(1クラス):雪音らしいな
このあとも他愛のないやり取りを続け、雪音はスマホをテーブルへ置いた。健剛に買ってもらった小説へ再び視線を落とし、静かにページをめくる。
冬休みが明け、新年初の登校も、特に何のイベントはなく、学校はいつも通りの空気に包まれていた。
唯一変わったことといえば、田中碧と入れ替わる形で、新しい生徒が1クラスへやってきたことくらいだ。
「田中さん、本当に12月だけだったんだ…すごいな…」
雪音は、碧の言葉を思い出し、ぼそっと呟いた。
「明けましておめでとう」
「まーよろしく」
「こちらこそ、よろしく」
一部の生徒が小声で新年の挨拶をしているのが聞こえた。
ただ、ほとんどの生徒は声を発することもなく、黙ってスマホを眺めている。
この空気感は、2クラスとは少し違う。雪音は、そんなことを心の中で感じていた。
「明けましておめでとう」
1クラス担任の堂前は、タブレットを片手に教室へ入ってきた。
「みんな、今年もよろしくね」
堂前の言葉に静かに頷く生徒たち。
「早速なんだけど、月例テストは20日ね。生物、歴史、デジタルコミュニケーション論、近未来社会論、情報発信論の5教科ね。あと、平均点から10点以上下回ると赤点になるのは知っていると思うけれど、赤点の回数が合計5回で、1年次後期末テストの受験資格がなくなるから気を付けてね。それと、あと1回で受験資格を失う恐れがある生徒は、特にしっかり学習するように」
受験資格がなくなるといった重い言葉にも、頷くだけで質問をする生徒はいない。
「言わなくてもわかると思うけれど、受験資格がなければ、2年次には昇級できないからね。生徒総則にも書いてあるけれど、近ネクには留年という制度がないから、退学以外に道がなくなるからね」
教室内にざわつきはなく、静かな空気だけが流れる。
堂前は連絡事項を伝え終わると、タブレットを手に教室をあとにした。
「し、下久保さん」
「はい」
雪音は声のする方を振り返る。
そこには、ツーブロックで赤く染めたヘアースタイルが特徴で、少しやんちゃそうな栗宮健剛が立っていた。
「あっ、えっと、栗宮くん…」
「おっ、ちゃんと覚えててくれたんだ」
「うん、2クラスで同じだったからね、ちゃんと覚えてたよ」
「よかった。それでさ、できればお願いがあるんだよ、下久保にさ」
「えっ、わたしに?」
「うん、下久保って成績いいじゃん。だから、勉強を教えてもらえないかと思ってさ。俺、ボクシングばっかで、勉強ぜんぜんだし…赤点も3回取ってるから本当にやばいんだよな…」
「あっ、うん、わたしでよければ…」
「マジか、助かる。近ネクは施設が整ってるし、コーチもすごいんだ。だから、退学は困るんだよな。クラスは別に1クラスのままでいいんだけどな」
「目標があるんだね。それなら、わたしも協力するよ」
「おー、ありがとう、下久保。ネクコミいいか?」
健剛はネクコミのコードを表示した画面を雪音に差し出す。
「うん、追加するね」
雪音はコードを読み取り、健剛を連絡リストに追加した。
1月15日、雪が舞い散る夕方、放課後。
雪音と健剛は、図書室の一角で向かい合い、勉強をしていた。
「下久保悪い、もう一回説明してくれない?」
「うん、この問題は、まず式を整理して、xを移項すると…」
「あっ、あー。なるほど…」
「あ、そうそう。そこは分母そろえるところだね」
「つまりこのまま代入すればいいのか」
「うんうん、栗宮くん最初より、理解するの早くなったね」
「それよりも、下久保が教えるの上手だからだと思うんだよな。先生の話じゃわかんないからさ、へへっ」
「ぜんぜん、上手じゃないよ。栗宮くんが頑張ってるからだと思う」
「教えてもらうのも4回目だしな、数学以外も理解はできてきてると思う。ほんと、ありがとな下久保」
「いやいや、ぜんぜん。少しでも力になれてるなら、わたしも嬉しいけど」
「あと、俺のことは健剛って呼んでくれよ。下久保…いや、雪音とは、友達だしな」
「あっ、け、健剛くん…」
健剛は満面の笑みで親指を立てていた。
「雪音、俺、そろそろジム行って練習してくるわ。今日もありがとな」
「怪我しないように頑張ってね、健剛くん」
雪音はボクシングの真似をするように、小さく拳を突き出す。
健剛はその拳を手のひらで受け止めた。
「雪音、ナイスパンチ」
「うふふ、いってらっしゃい」
健剛は手を振りながら図書室をあとにした。
雪音も片づけをして、帰り支度をする。
「少しお腹空いたな、帰りになんか買って行こうかな」
ポケットの中でスマホが震えた。
久我山秋(4クラス):雪音っち、勉強会終わったー?
下久保雪音(1クラス):今、終わったとこだよ
久我山秋(4クラス):おー、グッドタイミング
下久保雪音(1クラス):どうしたの、秋ちゃん?
久我山秋(4クラス):マリっぺとゲームしてるー
下久保雪音(1クラス):あそこね
久我山秋(4クラス):そうそう
下久保雪音(1クラス):行こっかな
久我山秋(4クラス):うん、待ってるよー
雪音は、OKと書かれたひよこのスタンプを送る。
1月23日、吐く息が白く染まる午後、休日。
ショッピングエリアの広場にあるベンチで寒空の下、温かいココアを飲む雪音。
「おーい、雪音」
手を振りながら、白い息を吐き、駆け寄ってくる健剛。
「待たせたか?」
「ううん、さっききたばかりだよ。それに、まだ待ち合わせの時間前」
「そっか、まだ時間前か、へへっ。それにしても、雪音早いな。寒くないか?」
「大丈夫。さっきココア買ったから。それと、なんとなく早めに部屋を出ちゃっただけだよ」
「急に誘ったのに、きてくれてありがとな、雪音」
「うん、こちらこそ誘ってくれてありがとうね、健剛くん」
「おう、雪音、そろそろ、くんつけなくてもいいんじゃないか?」
「あっ、うん、そうだね。くんつけないように頑張るね、健剛く…」
「ははっ、雪音の頑張りに期待してる」
雪音は、笑顔で拳を小さく握り、胸の前に掲げる。
「よし、行くか」
健剛の少し後ろをついて歩く雪音。
「雪音、横にこないと話しにくいぞ」
「あっ、そっか、ごめん」
雪音は健剛の隣に並び、歩幅を合わせた。
「うん、それなら話しやすいな」
「だね」
「雪音は、小説が好きなんだよな?」
「うん、部屋では本読んでること多いよ」
「なんか、今狙ってる小説とかあるのか?」
「あー、新刊出てるかも。出てたら買おうかな」
「いいね、まず、雪音の本を見に行こうか」
「うん、行こう」
書店に着くと、雪音は新刊コーナーへ足を向けた。
新刊や話題作を一冊ずつ手に取り、あらすじへ目を通していく。
健剛は本には詳しくないようだったが、一人で店内を歩き回ることはなく、雪音の隣で楽しそうに話をしていた。
「こういうのが好きなんだな、雪音は」
「うん、でも、わたし小説は雑食で、何でも読むんだよ」
「なるほどなー、雪音は、色々なジャンルを読んで知見を広げてるわけだ」
「知見が広がってるかは、わからないけどね。うふふ」
「雪音は、ほんと頭いいし。色々知ってるもんな。これで、知見が狭いなら、俺はどうなるんだよ。ははっ」
「それはそうかもねー、ふふっ」
「言ったなー、雪音」
健剛は雪音の頭を拳で優しくぐりぐりしてきた。
「いたっ、いたっ。暴力反対。あはは」
「ははは、痛かったか?」
「ぜんぜん、痛くないよ」
「雪音に騙されたな」
「騙すなんて、人聞き悪いなー、健剛」
「おっ、くんがなくなったな」
「あっ、無意識だったよ」
「今後もそれで頼むよ、雪音」
「うん、頑張りましゅ」
「ははっ、たまに噛むよな、雪音は」
「そこは言わなくてもいいとこだよ、健剛く…」
「そうだな。それで、欲しい本はあったか?」
「うん、これとこれ買おうと思ってる」
雪音は健剛に本を見せた。
「いいね。面白そうだな」
健剛はそう言うと、雪音の手から本をひょいと取る。
「えっ、わたしが買おうと思ってる本…」
「雪音、行くぞ」
「えっ、あっ、はい」
雪音は慌てて健剛のあとを追った。
健剛はそのままレジで会計を済ませると、本の入った紙袋を雪音へ差し出した。
「雪音、勉強のお礼な。教えてもらって、赤点もなかったし。雪音には本当に感謝してる」
「け、健剛…そんな、お礼なんていいのに」
「俺が、雪音に買ってあげたいから、買ったんだ。お礼じゃないぞ」
「ふふっ、ありがとう、健剛。大切にするね」
「おう」
2人はスポーツショップへ立ち寄り、健剛はグローブやトレーニング用品を楽しそうに眺める。
そのあとゲームセンターでは、クレーンゲームや音楽ゲームで笑い合い、気付けば外はすっかり暗くなっていた。
帰りにハンバーガーショップで軽めに食事を済ませ、住居エリアまで並んで歩く。別れ際、小さく手を振り合い、それぞれの部屋へ帰っていく。
1月31日、雪がちらつく夕方、放課後。
教室の窓の向こうでは、小さな雪が静かに舞っていた。
月末の放課後は、近ネクの恒例となっているクラス編成通知が届く。
【1年次2月度クラス編成について】
2月度クラス編成を通知します。
詳細は以下をご確認ください。
下久保雪音
所属クラス:1クラス
適用開始日:2月1日
3月度クラス編成は、2月末日に通知します。
「健剛も1クラスのままかな…」
雪音は、健剛の方を振り向く。
健剛は雪音の視線に気づき、右手の人差し指を1本だけ立てた。
「同じだ…」
雪音は、ほっとしている自分に気が付いた。
健剛は、雪音に小さく手を振る。
「練習いくんだね」
雪音は、ボクシングの構えを真似るように、小さく拳を突き出す。
健剛も、それに合わせるように右拳を突き出した。
部屋に戻ると、ネクコミの通知。
久我山秋(4クラス):雪音っち、今日も勉強会してるー?
下久保雪音(1クラス):今日は、真っすぐ帰ってきたよ
久我山秋(4クラス):そうなんだー、じゃー誘えばよかったなー
下久保雪音(1クラス):今日のキッチンカーは?
久我山秋(4クラス):豚まんだよー、欲張り食いしてるー
下久保雪音(1クラス):秋ちゃんらしいね
久我山秋(4クラス):豚まん買って行くよー
下久保雪音(1クラス):悪いよ
久我山秋(4クラス):いいよ、いいよ。あとで寄るねー
下久保雪音(1クラス):うん、待ってるね
スマホをテーブルの上に置き、ベッドに寄りかかり、健剛に買ってもらった小説を読み始めた。
ページをめくっていると、再びスマホが小さく震える。
栗宮健剛(1クラス):今日の練習終わり
雪音は、ひよこがお辞儀をする「お疲れ様」のスタンプを送る。
栗宮健剛(1クラス):雪音は読書中だったか?
下久保雪音(1クラス):うん、健剛が買ってくれたやつだよ
栗宮健剛(1クラス):なんか、そう言われると照れるな
下久保雪音(1クラス):健剛も照れることあるんだ
栗宮健剛(1クラス):それはあるだろー
下久保雪音(1クラス):だよね、ごめん
栗宮健剛(1クラス):夜ご飯は食べたか?
下久保雪音(1クラス):まだだよ、これから秋ちゃんくるって
栗宮健剛(1クラス):久我山と仲良しだもんな
下久保雪音(1クラス):うん。健剛はご飯食べた?
栗宮健剛(1クラス):いや、来月から選抜予選だから、減量中なんだ
下久保雪音(1クラス):そうだよね。ムリしないようにね
栗宮健剛(1クラス):おう、減量は慣れてるから大丈夫だ
下久保雪音(1クラス):応援してるよ
栗宮健剛(1クラス):雪音の応援があれば、選抜で優勝できそうだな
下久保雪音(1クラス):そう言われると、なんか照れるね
栗宮健剛(1クラス):去年はベスト8だったからな、今年こそは優勝する
下久保雪音(1クラス):健剛ならきっと優勝できるよ
栗宮健剛(1クラス):そうだな、勝利の女神もついてるしな
下久保雪音(1クラス):勝利の女神?
栗宮健剛(1クラス):雪音のことだぞ
下久保雪音(1クラス):わたし?女神様に悪いよ
栗宮健剛(1クラス):雪音らしいな
このあとも他愛のないやり取りを続け、雪音はスマホをテーブルへ置いた。健剛に買ってもらった小説へ再び視線を落とし、静かにページをめくる。

