箱庭の飛べない小鳥たち

12月1日、薄曇りの朝、HR。

雪音にとって初めてのクラス替えは、静かなものだった。
教室こそ変わったものの、造りはどこも同じで、クラスが変わった実感は湧かない。
それでも周囲を見渡せば、顔を知っている程度の生徒ばかりで、話しかけてくる者はいなかった。

1クラスの担任は堂前万由里。
堂前はタブレットを操作しながら教室に入ってきた。

「おはよう、クラス替えも3回目だけれど、見知った顔ばかりだね。今回の新しい生徒は、下久保さん、田中さん、清宮くんの3人かな。わたしは、堂前万由里です。12月だけかもしれないけれど、よろしくね」

堂前は柔らかい笑顔で、新しい1クラスの生徒に視線を送る。
雪音は、小さく会釈をした。

「今月の月例テストは10日ね。それで、対象は国語、数学、化学、地理の4教科になっているから、しっかり自己学習もしておいてね」

手に持っているタブレットを操作しながら、堂前は何かを思い出したように口を開く。

「あっ、あとね、12月24日から冬休みに入ります。課題については、各教科の先生からお話があると思うから、聞き洩らさないように気を付けてね」

堂前の話を真剣に聞いているわけではないものの、静かに聞く1クラスの生徒たち。
ざわつく様子もなく、それぞれが淡々と時間を過ごしている。その雰囲気は、2クラスとは少し違って見えた。

連絡事項を伝え終わると、堂前は教室をあとにする。
その途端、数人が席を立ち、近くの生徒と言葉を交わし始めた。教室に話し声は広がるものの、不思議と騒がしさは感じられない。

雪音は意を決して立ち上がり、同じ2クラスから1クラスに変わった田中碧に話しかけた。

「た、田中さん。また同じクラスになったね。よろしくお願いします」

碧は、雪音の言葉に反応し顔を上げた。

「あぁー、下久保さんだっけ?前同じクラスだった?ごめーん、ぜんぜん記憶にないかも」

「ううん、わたしこそ、話しかけてごめんね」

「いやー、ぜんぜん大丈夫。あと、わたし今月だけだと思うから1クラス」

「えっ、そうなの?」

「そうそう、10月が体調が悪くて学校休んだり、ネクリアでの配信もできなかったから。だから、一旦落ちたってとこなんだよね。これは、ルールだから仕方ないんだけどさ」

「それなら、来月は2クラスとか?」

「うーん、どうかなー?11月は、かなり頑張ったから3クラスかな」

「すごいね、田中さん」

「いや、ぜんぜん。さとまに比べたらまだまだだよ」

「さとま?」

「下久保さん、けっこう話してたよね、佐藤真央」

「あっ、佐藤真央…さとま。真央ちゃんのことね」

「そうそう、さとまが1年次の中では、ネクリアの貢献度すごいからね」

「そんなに、すごいの?」

「あんまり大きな声では言えないけどさ…さとまはなかなかすごいよ。やり手っていうか、なんていうかさ。あんまりいい噂も聞かないからね」

「そう…なんだね…た、田中さんは仲良くないの?」

「あー、仲良くはないかな。でも…うん、なんでもない」

「うん、色々教えてくれてありがとう」

「下久保さん、わたしが話した内容は口外しないでね」

「う、うん、わかった」

「よろしくー」

12月15日、冷え込む夕方、放課後。

久我山秋(4クラス):雪音っち、いつものとこねー

下久保雪音(1クラス):うん、わかった

放課後になると、秋からネクコミで連絡が届くことがある。時間が合う日は、一緒に遊ぶ約束をするのが、いつの間にか習慣になっていた。行き先は、ショッピングモール内の書店や、キッチンカーが集まる広場がほとんど。

「おーい、雪音っち」

ショッピングエリアの入り口近くで、元気に手を振る秋の姿。

「秋ちゃん、遅くなって、ごめんね」

秋の姿を見つけ、急いで駆け寄る雪音。

「大丈夫だよー、これ」

秋が手渡してきたのは、コンビニで売っているカレーまんだった。

「そこのコンビニで買ったんだー」

「ありがとう、秋ちゃん」

カレーまんを2人で食べながら歩く。

「どんなキッチンカーきてるかな?」

「あー、行ってみないと、わかんないよねー」

「広場のキッチンカーは、なんで事前告知しないのかな?」

「雪音っち、それはさ、期待感が減るからだよー。例えば、明日のキッチンカーは、豚まんって告知したらさ、どうなると思う?」

「豚まんを好きな人が行くんじゃないかな」

「じゃー、豚まん好きじゃない人は?」

「あっ、そうだね。何がくるかわからないから、いつも人が集まるってことなんだね」

「そー、正解だよー」

「秋ちゃん、物知りだよね」

「いやいやー、そんなことないよー。雪音っちは、頭いいじゃん」

「わたしは、勉強のことしかわかんないよ」

「まー、勉強できるのは武器になるでしょー。武器が1つでもあるならいいと思うよー」

「うん、そうだよね。ありがとう、秋ちゃん」

「雪音っち、広場行く前にさ。寄りたいところあるんだー」

「あっ、もしかして新作の発売日?」

「そー、デビハンの発売日だから、予約してあるんだー」

「デビハン?」

「あー、デビルハンターね。きっと寝れないなー、しばらくはー」

「編集とかも大変なんでしょ?」

「まーねー」

「すごいな、秋ちゃん」

「雪音っちも、すごいと思うよ。ずっと成績上位だし」

「でも、勉強できてもね…」

「まー、近ネクは、勉強の価値はあまり重視されてないからねー」

「うん」

「雪音っちは、大学行くんだよね?」

「うん」

「なんの大学行くのー?」

「まだ、決めてないかな…」

「そうなんだねー」

「秋ちゃんは?」

「あー、わたしは大学は要らないかなー。ゲーム作りたいわけじゃないからー」

「でも、卒業したらやりたいことあるんでしょ?」

「そー、サイバーネクストのゲーム配信部門に入りたいんだよねー」

「だから、近ネク入ったんだね」

「そーゆーことー」

秋の後を追うように、雪音も広場へ向かう。夕暮れの冷たい空気の中、キッチンカーから漂う温かな匂いが2人を迎えてくれた。

12月24日、少し雪が舞う午後、冬休み。

冬休みの課題にひと区切りつけると、窓の外へ目をやった。
小さな雪の綿が、ひらひらと不規則に舞い落ちる。

「雪降ってる…わたしが生まれた日も雪が降っていたって…」

窓を開けると、冷たい風が入り込んでくる。
外に手を伸ばして、手のひらを空に向けると、雪の綿は溶けて消えていく。

「17歳か…」

テーブルの上で、スマホが震えた。

「ネクコミかな?」

通知をタップし、ネクコミを開く。

久我山秋(4クラス):雪音っち、おめでとー

下久保雪音(1クラス):ありがとう、秋ちゃん

久我山秋(4クラス):ケーキ食べたー?

下久保雪音(1クラス):買ってきてないよ

久我山秋(4クラス):あらー、バースデーケーキ食べなきゃだよー

下久保雪音(1クラス):買いに行こうかな

久我山秋(4クラス):寒いから、やめなー

下久保雪音(1クラス):えーっ

秋は、猫が大笑いしているスタンプを送ってきた。
その時、部屋のチャイムが鳴る。

「えっ、誰だろう?」

インターフォンの画面越しに秋が立っているのが見えた。

「秋ちゃん」

「雪音っち、ケーキ買ってきたよー」

急いで玄関のドアを開ける。

「お誕生日おめでとう、雪音っち」

「ありがとう…秋ちゃん」

「あれー、泣いてるのー?」

「泣いてなんかないよ」

「あはは、そーゆーことにしておく」

ドアの陰から、綺麗にラッピングされた袋が飛び出してきた。

「えっ?」

「ゆき、ハッピーバースデー」

「マ、マリーちゃん?」

「イエース、マリーちゃんですよー」

「マリっぺと雪音っちの誕生日やろーって話してたんだ」

「秋ちゃん、マリーちゃん…」

「ゆき、ドントクライ、泣かないでー」

「雪音っち、また泣いてるー」

「泣いてないよ、もう。寒いから入って」

「おじゃましまーす」

「おじゃまするでーす」

3人で小さなテーブルを囲むように座る。
秋がケーキの箱を開けると、「雪音っち17歳おめでとう」と書かれたプレートが目に入った。

「雪音っちの誕生日、クリスマスとかぶるからー、11月に予約しておいたんだよー」

「秋と一緒にチョイスしたんですよー」

「本当にありがとう、秋ちゃん、マリーちゃん」

「これー、チキンもあるよー」

「帰りにキッチンカーで買ってきたでーす」

「クリスマスみたいだね、うふふ」

「雪音っちの誕生日とクリスマスー」

「ハッピーバースデークリスマスでーす」

ケーキとチキンを囲みながら、3人で他愛のない話に花を咲かせる。笑い声の絶えない時間は、あっという間に過ぎていった。

12月31日、静かな夕方、冬休み。

スマホに学校からの通知が1件届く。

【1年次1月度クラス編成について】

1月度クラス編成を通知します。
詳細は以下をご確認ください。

下久保雪音

所属クラス:1クラス
適用開始日:1月1日

2月度クラス編成は、1月末日に通知します。

「うん…変わらないよね、ふふっ」

雪音は、自嘲気味に笑った。

「わたしも、秋ちゃんみたいに、どうするのか考えないとだね」

窓の外の薄暗い景色を見つめる。

「わたし、勧められて入ったんだよね。でも、ネクリアもネクスタも上手にならないし…きっと何かになるのは難しい気がするよね。ふふっ。なにがしたいんだろう、わたしは…」

窓に映る自分の姿を見て、可笑しくなってきた。

「自分探ししなきゃなのかもね…」

ベッドの上にちょこんと座り、スマホを操作する。

「小説はたくさん読んでるけど…書きたいとは思ってないよね。思い浮かばないし…うふふ」

ネクスタを開き、フォロワー数を確認する。

「23人…これは、少ないんだよね」

ネクスタを閉じ、ネクリアを開く。

「ネクリアは12人、真央ちゃんはどのくらいいるんだろう…」

ネクリアの配信予約画面を確認する。

配信日時:12月31日、19:00
配信タイトル:ゆきんこの年越しライブ
配信内容(概要・説明):年越しライブ配信です
通知設定:ON
公開範囲(公開・限定公開):公開
録画公開:ON

「そろそろ、ネクリアの準備しようかな」

もこもこのパーカーに着替えて、スタンドにスマホを乗せ、配信開始ボタンを押した。

視聴者数6
アクア:ゆきんこさん、こんばんは
みじんこ:こんばんは、ゆきんこさん
Happy_7:こんばんは
カレー侍:待ってたでござるよ
ケロケロ:待ってました
ゴンザレス:ゆきんこさんお疲れ様です

「みなさん、こんばんは。もしかして、待っててくれたんですか?ありがとうございます」

視聴者数6
アクア:もちろんです
みじんこ:いつも待ってますよ
Happy_7:いつも楽しみにしてます
カレー侍:年越しライブでござるな
ケロケロ:年越しするまで楽しみましょう
ゴンザレス:長丁場ですが楽しみましょう

「わたしも、みんさんとお話できて楽しいですよ、うふふ。今日はいつもより長いので、途中で寝ちゃわないように頑張りましゅ」

視聴者数8
アクア:ましゅ
みじんこ:ましゅ、かわいい
Happy_7:尊い
カレー侍:眠い時は寝るでござる
ケロケロ:寝たら起こします
ゴンザレス:かみかみもかわいいです
ケルベロス:初めまして、ゆきんこさん

「かみかみでごめんなさい。ケロケロさん、寝たら起こしてくださいね。カレー侍さんも眠かったら寝てくださいね。ケルベロスさん、初めまして」

視聴者数9
アクア:明日は綺麗な初日の出が見れそうですよ
みじんこ:お年玉あげようかな
Happy_7:初詣はいくんですか?
カレー侍:年越しもカレーでござるな
ケロケロ:年越ししたらお年玉あげますね
ゴンザレス:年越しそばは準備してますか?
ケルベロス:ほのぼのしてていいですね

「アクアさん、初日の出いいですね。みじんこさん、ケロケロさん、お年玉大丈夫ですよ、小説買ってください。ハッピーさん、初詣行きたいですね。カレー侍さんは、カレー食べ過ぎです。ゴンザレスさん、年越しそば準備してますよ、お湯を注ぐやつですけどね。ケルベロスさん、ゆっくりしていってくださいね」

夜が更けていく中、雪音の部屋には小さな笑い声が響いていた。