箱庭の飛べない小鳥たち

11月1日、ひんやりとした朝、HR。

11月度のクラス替え初日。
2回目のクラス替えということもあり、教室内のざわつきは10月度のクラス替えほどではなかった。
雪音は変わらず2クラスで、担任も引き続き野々村。
手元のタブレットを操作し終えると、野々村は顔を上げ、教室をゆっくりと見渡した。

「11月度の2クラスは、このメンバーで過ごすことになるな」

再度、タブレットに目を落とし、話を続ける。

「今月は、12日が月例テストとなっている。対象は、AI活用論、デジタルコミュニケーション論、近未来社会論、情報発信論の4教科だ。近ネクでは、主要な教科となっているから、各自しっかり勉強はしておくように」

野々村は必要な連絡だけを手短に伝えると、教室をあとにした。
1時限目の授業が始まるまでの間、教室のいたるところで話し声が聞こえる。

「月例テスト、AI活用論が一番やばいんだけど」
「俺は情報発信論かな。レポートは得意だけど、筆記になると全然駄目」
「今月もネクリアの活動、評価に入るのかな?」
「そりゃ入るだろ。貢献度も見られてるって話だし」

雪音は、誰とも会話をすることなく、静かに1時限目の準備をしている。

「下久保サン、雪音ッチだよね?」

そっと顔を上げ、声の方に顔を向ける。
そこには、肩くらいのブロンドヘアをポンパドールにした生徒が立っていた。

「あっ、ソーリーソーリー。秋から話聞いたねー。それで、フレンドなりたいと思って」

「秋ちゃんのお友達?」

「オー、イエスイエス。あっ、わたし真莉愛ウィリアムズ。みんなはマリーって呼ぶです」

マリーは容姿端麗で、目鼻立ちがくっきり、身長も170cmとモデル顔負けのスタイル。

「マリーちゃん、よろしくお願いします」

「雪音ッチもいいけど、ゆきって呼んでいい?こっちの方がプリティねー」

「OK、ゆきって呼んでね。マリーちゃん」

「オー、ゆき優しいねー」

マリーは、雪音の手を取り握手をしてきた。

「ゆきは、わたしのフレンドねー」

「うん、お友達だね」

マリーは笑顔で自分の席へと戻って行った。
ポケットのスマホが小さく震え、ネクコミの通知が届く。

久我山秋(3クラス):雪音っち、マリっぺどうだった?

下久保雪音(2クラス):秋ちゃん、お友達になったよ

久我山秋(3クラス):よかったー

下久保雪音(2クラス):ありがとう

久我山秋(3クラス):放課後3人で遊び行こー

下久保雪音(2クラス):うん、行こう

久我山秋(3クラス):マリっぺには、雪音っちから話しておいてー

下久保雪音(2クラス):うん、話しておくね

「お前ら、席に戻れ。1時限目の授業はじめるぞ」

国語担当の郷山武道が教室に入ってきた。

11月12日、冷たい風が木々を揺らす、放課後。

雪音とマリーは、正面玄関で楽しそうにおしゃべりをしている。

「おーい、雪音っち、マリっぺ」

「秋ちゃん」

「オー、秋。少しレイターねー」

「あはは、ごめーん。先生の話が長くてさー」

「それじゃ、仕方ないよね」

「秋もきたですし、レッツゴーですよ」

「あはは、レッツゴー」

「レッツゴー」

秋とは、クラス替え以降も、放課後一緒に過ごすことが多かった。
一方で、以前は自然と交わしていたやり取りが、気づけば少しずつ減っている相手もいる。
少し寂しい気持ちもあるが、雪音はこの学校の特殊性を理解した上で、仕方がないことと思うようになっていた。

「雪音っち、テストどうだったー?」

「うん、まあまあできたと思うよ。秋ちゃんは?」

「あー、秋もまあまあいいと思うー」

「オー、わたしはリトルよかったねー」

「マリっぺも、できたんだねー。よかった」

「マリーちゃん、勉強頑張ってるもんね」

「イエース、ゆきがわからないところをティーチしてくれまーす」

「さすがー、雪音っち」

「ゆきは、マイティーチャーねー。グッドティーチャー」

「えへへ、そんなことないよ」

「お腹空いたねー、今日のキッチンカーなんだろー」

「秋は、いつもハングリーねー」

「うんうん、秋ちゃんいつもペコペコだよね」

広場に着くと、秋は目を輝かせながらキッチンカーを見て回り始める。

「おー、ほかほか豚まん本舗だー。これにしよー、雪音っち、マリっぺ」

「オー、フェイマス豚まんねー」

「秋ちゃんもマリーちゃんも好きそう」

大ぶりの豚まんを1つずつ買い、ベンチに向かう。

「あつっ、豚まんあつーい。気を付けなよ」

「オー、ビーケアフル。秋はおっちょこちょいねー」

「秋ちゃん、大丈夫」

「はいひょーふ、はいひょーふ」

雪音とマリーの心配をよそに、秋は豚まんを美味しそうに頬張っていた。

「オー、ベリーホット。ゆき、気を付けてねー」

「うん、マリーちゃん」

雪音とマリーも豚まんにかぶりついた。

「秋、これあと2つは食べるー」

秋は、ほかほか豚まん本舗を目掛けて駆け出した。
雪音とマリーは、顔を見合わせて思わず吹き出す。

「秋は、ベリーベリーベリーハングリーねー」

「うんうん、いつも美味しそうにたくさん食べるよね」

しばらくして、秋の両手には1つずつ豚まん。
それを、右、左と交互に一口ずつ食べながら歩いてくる。

「オー、秋。伝説の欲張り食いねー」

「うふふ、秋ちゃんらしいね」

「あはは、欲張り食いー。ちなみに、この豚まんは、両手に1つずつ持って食べるのがおすすめー」

「わたしも、やってみるでーす」

マリーは立ち上がり、ほかほか豚まん本舗へ向かった。

「あっ、わたしもやってみようかな」

マリーのあとを追いかける雪音。
その様子を笑顔で見送る秋。

11月22日、少し肌寒い午後、休日。

雪音は、いつものようにベッドに寄りかかり小説を読んでいる。
テーブルの上で、スマホが一瞬震えた。

中条めぐみ(4クラス):雪音、返信遅くなってごめん。どうした?

下久保雪音(2クラス):めぐみちゃん、久しぶり。4クラスに上がったんだね、おめでとう

中条めぐみ(4クラス):うん。雪音さ、わたしにおめでとうとか言ってる場合じゃないよ

下久保雪音(2クラス):うん、ごめん

中条めぐみ(4クラス):それで、どうしたの?

下久保雪音(2クラス):貢献度のこと聞きたくて

中条めぐみ(4クラス):あー、貢献度か

下久保雪音(2クラス):めぐみちゃん、4クラスに上がってるし詳しいかなって

中条めぐみ(4クラス):別に詳しくないけど

下久保雪音(2クラス):そうなの?

中条めぐみ(4クラス):頭いいんだからさ、考えればわかりそうだけどなー

下久保雪音(2クラス):ごめん

中条めぐみ(4クラス):学校が公表してるわけでもないし、あくまでも推測でしかないよ

下久保雪音(2クラス):うん

中条めぐみ(4クラス):簡単に言えば、ネクリアかネクスタ頑張れってこと

下久保雪音(2クラス):ネクリアは常連さんも増えたよ

中条めぐみ(4クラス):平均視聴者ってどのくらい?

下久保雪音(2クラス):最近は10人ちょっととか

中条めぐみ(4クラス):あー、ぜんぜんダメだね

下久保雪音(2クラス):少ないってことだよね

中条めぐみ(4クラス):少ないなんてもんじゃないよ。インプとかアイテムはどう?

下久保雪音(2クラス):インプ?わかんないけど、アイテムは3回くらいもらったよ

中条めぐみ(4クラス):インプレッションね。ライブなんだから告知したり、録画再生数とかあるでしょ

下久保雪音(2クラス):あっ、うん

中条めぐみ(4クラス):雪音さー、頭いいだけじゃダメなんだよ近ネクは

下久保雪音(2クラス):うん、そうだよね

中条めぐみ(4クラス):わたし、これから出るから

下久保雪音(2クラス):忙しいのにごめんね

チャット画面を閉じたあとだったのか、最後のメッセージが既読になることはなかった。

「ネクリアは告知してから配信した方がいいんだね」

雪音はそうつぶやき、ネクリアを開く。
設定の中に配信予約という項目を見つけた。

「こんな機能あるんだ…わたしダメダメだね」

配信日時:11月22日、20:00

「時間はこれでいいよね。次は…」

配信タイトル:ゆきんこのおすすめ小説

「いつも、小説のことばっか話してるから、これでいいかな」

配信内容(概要・説明):おすすめの小説について語ります

「うふふ、こんな感じでいいかな。アクアさんとか、みじんこさんも、きっと驚いちゃうね」

通知設定:ON

「これは、視聴者さんに告知してくれるやつだよね、きっと」

公開範囲(公開・限定公開):公開

「公開でいいよね。いつもと同じだと思うし」

録画公開:ON

「めぐみちゃんの言ってた録画のやつも」

設定完了ボタンを押し、ネクリアの画面を閉じた。

「これで、いいよね。少しは増えるといいな」

11月30日、木枯らし吹き荒れる夕方、放課後。

【1年次12月度クラス編成について】

12月度クラス編成を通知します。
詳細は以下をご確認ください。

下久保雪音

所属クラス:1クラス
適用開始日:12月1日

1月度クラス編成は、12月末日に通知します。

「…1クラス」

声にもならないような弱々しい響き。

「ゆき、新しいクラス、ナンバーはどうでしたかー?」

マリーが、いつも通り雪音に声をかける。

「マリーちゃん…」

「オー、元気ないですねー」

「そんなことないよ、わたし元気だよ」

雪音はぎこちない笑顔を浮かべ、小さく拳を握って見せた。

「グッド、グッド。ゆき元気いっぱいねー」

マリーはウインクをすると、親指を立てる。
雪音もマリーに応えるように、親指を立てた。

「ゆき、秋と広場行きましょー」

「うん、わたし本屋さんも行きたいけど、いいかなマリーちゃん?」

「ノープロブレム。OKでーす」

廊下に出ると、ちょうど秋も教室を出てきた。
3人でショッピングエリアの書店へ行き、雪音は新刊や気になっていた小説を手に取り、中を少しだけ眺める。
マリーと秋は、グルメ雑誌コーナーや漫画コーナーで立ち読みをしていた。
雪音が3冊レジに持っていくと、秋はグルメ雑誌と漫画を手にしている。
マリーはファッション雑誌を手にしていた。

書店での買い物を済ませ、いつもの広場にやってくる。
寒い時期にぴったりのキッチンカーが並んでいた。
突然、秋が焼き芋のキッチンカーに向かって駆け出す。

「秋ちゃん」

慌てて、雪音とマリーも秋のあとを追った。

「焼き芋ゲットー」

秋は、紙袋に入った焼き芋を見せびらかしてきた。

「秋、メニーメニー焼き芋ねー」

「秋ちゃん、たくさん買ったね」

「今日はねー、焼き芋の気分だったんだー」

マリーは隣のピザのキッチンカーで注文していた。

「マリーちゃんはピザなんだね。わたしはどうしようかな」

「雪音っち、1つあげるー」

「えっ、いいの?」

「うん、みんなで食べよー」

ピザを手に持ったマリーが戻ってくる。

「ピザ、食べましょー。秋とゆきの分もありますよー」

「マリっぺ、あげるー」

「オー、センキュー、秋」

「秋ちゃん、マリーちゃん、少しだけ待っててね」

雪音は、スープのキッチンカーでクラムチャウダーを3つ注文。
トレーを両手で持ち、秋とマリーの前にそっと置く。

「雪音っち、ありがとー」

「ゆき、センキュー」

「みんなで、あったまろう」

白い湯気が3人の間にふわりと立ちのぼる。
木枯らしの冷たさを忘れるような、穏やかな放課後だった。