箱庭の飛べない小鳥たち

10月1日、秋風舞う涼しい朝、HR。

クラス替え初日、大きな混乱もなく、生徒は新しいクラスでHRを迎えた。
2クラスの担任は、引き続き野々村だ。いつも通り教壇に置いたタブレットを操作している。

「クラスが変わったわけだが、これまで同様やることは変わらないからな」

「先生、質問があります」

3クラスから2クラスへと変わった山村創玄が手を挙げた。

「なんだ、山村。生徒総則に記載されていない内容だろうな?」

「はい、記載されている内容ではありません」

「ほぅ、では言ってみろ」

「クラス替えの評価には、テストだけでなくネクリアやネクスタも含まれていますよね?」

「そうだ。それで?」

「僕は学年15位以内ですが、3クラスから2クラスになりました。正直、評価基準に納得できません」

「なるほどな。山村の言い分はわかった。恐らく考えていることは、概ね合っているだろう」

野々村は腕を組み、創玄をじっと見つめた。

「それで、お前は納得していないということだな」

「はい、納得のいく説明を求めます」

「では聞こう。お前は近ネクに何を求めて入学したんだ?」

「もちろん、いい大学に進学するためです」

「そうか。大学進学を第一に考えているなら、お前はこの学校を選んだ時点で選択を誤っているぞ」

野々村の言葉に、創玄の表情が強張る。
クラスの空気は一変し、静寂に包まれた。

「ついでだから話しておこうか」

野々村は腕をほどき、教壇に置かれたタブレットへ視線を落とす。

「1年次は、学力をそこまで重視していない。2年次、3年次になれば多少は変わってくるがな」

一度言葉を区切ると、教室をゆっくり見渡した。

「近ネクが重視しているのは、社会で価値を生み出せる人材を育てることだ。ネクスタやネクリアは、その力を測るための場でもある」

教室のあちこちで、小さく息をのむ気配が広がる。

「だから、それらを使いこなし、新しい価値を生み出している生徒は評価される。お前たちのクラスが変わった理由も、その一つだ」

誰も反論しない。その静けさが、野々村の言葉の重みを物語っていた。

「さて、本題に入る。今月は体育祭がある」

野々村は教壇の上に置かれた冊子を手に取り、最前列の生徒へ人数分手渡した。

「後ろに回してくれ」

冊子が教室の後方まで行き渡るのを確認すると、野々村は再び口を開く。

「競技は記載の通りだ。人選はお前たちに任せる。以上だ」

野々村はタブレットを手に取り、教室から出て行く。
このあとは放課後に残り、誰がどの競技に出場するのかを話し合うことになった。

10月10日、高く澄んだ秋空、体育祭当日。

1年次から3年次まで合同で行われ、組み分けは5クラスが赤、4クラスが白、3クラスが黄、2クラスが青、1クラスが茶となる。
各競技で獲得したポイントが組ごとに加算され、その総合得点によって順位を競う。
総合1位の組には、スクールペイポイント20000、2位には15000、3位には10000、4位には5000が、それぞれボーナスとして付与される。最下位にはボーナスの付与はない。

3年次生徒会長の開会宣言を皮切りに、各競技は生徒会主導で進められていく。
まずは、1年次の100メートル走。生徒は全員参加の競技だ。
雪音は8組目でスタートし、10人中10着でゴールした。

綱引きでは青組が3位に入り、着実にポイントを重ねていく。
大縄跳びでは息が合わず、思うように回数を伸ばせなかった。
昼休憩を挟み、午後の競技へと移る。
午前の部終了時点で、赤組680ポイント、黄組610ポイント、茶組540ポイント、白組520ポイント、青組480ポイント。
午前の部では、赤組が首位に立っていた。

午後の部は騎馬戦から始まる。男子、女子ともに青組は健闘し、幸先のよいスタートを切った。
そのあとも棒倒しや障害物競走が続き、競技はいよいよ最終種目の合同リレーへ。
ここまでの総合得点は、赤組1260ポイント、黄組1160ポイント、白組1120ポイント、青組1100ポイント、茶組1080ポイント。
どの組にも総合1位の可能性が残されていた。

号砲が鳴り、リレーがスタート。
各クラスから男女2名ずつが選出され、12人でバトンをつないでいく。
序盤から中盤にかけては各組が一進一退の攻防を繰り広げ、どの組が1位でゴールテープを切るのか予測できない展開が続く。

残り4人となり、勝負は終盤戦へ。
その直後、赤組2年次の男子生徒が白組の男子生徒と接触して転倒。その隙に黄組が先頭へ躍り出た。
青組も負けじと食らいつき、勝負は最後のアンカー対決へともつれ込む。

青組のアンカーは、3年次の男子でサッカー部。黄組のアンカーも、3年次の男子で同じくサッカー部。
どちらもスプリント力には定評のある生徒だった。
青組、黄組ともに譲らないまま、最後のストレートへ入る。
その時。
転倒というアクシデントで大幅に遅れていた赤組の男子が、猛烈な勢いで差を詰める。
赤組3年次の男子は、陸上部のエース。高校短距離界でも注目を集める、将来を期待されたスプリンターだ。

赤組のアンカーが猛追を見せるも、その差はわずかに届かない。
黄組のアンカーは最後まで先頭を譲らず、そのままゴールテープを切った。
続いて青組、そして赤組がゴールする。

合同リレーの結果は、僅差で逃げ切った黄組が1位、2位青組、3位赤組、4位茶組、5位白組。
最終的な総合得点と順位は、黄組1560ポイントで総合1位、2位が赤組1460ポイントで2位、青組1400ポイントで3位、茶組1180ポイントで4位、白組1160ポイントで最下位となった。
こうして、新しいクラスで迎えた体育祭は幕を閉じた。

10月15日、心地よい秋風吹く、放課後。

「雪音っち、今日はクレープ食べに行こー」

「秋ちゃん、食べるの好きだよね」

「まーねー。あっ、汐里も誘おう。甘いの好きだからねー」

「うん、汐里ちゃんも秋ちゃんと一緒で食べるの好きだもんね」

「おい、聞こえてるからな、雪音。誰が太ってるってんだよ」

「汐里ちゃん、そんなこと一言も言ってないよ」

「しおりんさー、自覚あるんだー。あっはは」

「まぁ、それなりに。って、おい、太ってねーわ」

高山汐里の身長は162cm、金髪に近い明るさでポニーテールがトレードマーク。
健康的な体形で、ネクスタではスイーツをメインにポストしている。

「まー、太ってはないかー」

久我山秋の身長は158cm、黒髪のボブでスポーツ万能。
体育祭のリレーやNFCでも、持ち前の運動能力を存分に発揮していた。

「もういいから、行くぞ。秋、雪音」

「おー」

「うん、汐里ちゃん」

そのまま3人でショッピングエリアに向かった。
広場には数台のキッチンカーが並び、その周囲にはテーブルやベンチが設けられている。
軽食やスイーツを販売しており、放課後の生徒たちでにぎわいを見せていた。

「あっ、このクレープ屋さん、初めてじゃない?」

「おー、そうかもー。ここにしよー」

「イチゴクリームのやつ可愛いね」

「雪音は、可愛いやつ好きだよね。あと、本もね。あはは」

「だねー、雪音っち、見た目可愛いやつよく頼むよねー」

「そうなのかな?意識したことは、なかったんだけど」

「そうなんだ。雪音はちっさくて可愛いから、可愛いものが似合ってるよ」

「えへへ」

「うんうん、秋もそう思うー」

それぞれクレープを購入し、秋は受け取った直後から食べている。
汐里は色々な角度からクレープを撮影し、食レポのような動画も撮っていた。

「食べたらなくなったー。なんか買ってくるー」

「秋は、ほんとよく食べるな」

「うん、秋ちゃん、食べても太らないから羨ましいよね」

「雪音、誰が太ってるって?」

「言ってないよ、汐里ちゃん」

いつものやり取りに、2人はくすくす笑っている。
しばらくすると、秋はケバブを頬張りながら戻ってきた。

「秋は、座るまでも我慢できないよな」

「だってー、お腹空いてるしー」

「秋ちゃんらしい」

3人の笑い声が広場に響く。
周囲の生徒たちも、それぞれ放課後を楽しんでいた。

10月31日、冷たい秋風が吹く夕方、休日。

雪音は部屋のベッドに腰掛け、文庫本を静かに読み進めていた。
ページをめくるたび、窓の外では秋風が木々を揺らす音がかすかに聞こえる。

【1年次11月度クラス編成について】

11月度クラス編成を通知します。
詳細は以下をご確認ください。

下久保雪音

所属クラス:2クラス
適用開始日:11月1日

12月度クラス編成は、11月末日に通知します。

「クラス変わらないんだ…」

雪音は小さくつぶやき、通知画面を見つめた。

「秋ちゃんとか汐里ちゃんとまた一緒ならいいな…」

読んでいた本にしおりを挟み、そっと閉じる。
ぼんやり外を眺めていると、スマホが小刻みに震えた。

久我山秋(2クラス):雪音っち、クラスはー?

下久保雪音(2クラス):わたし同じで、2クラスのままだよ

久我山秋(2クラス):そうなんだー

下久保雪音(2クラス):秋ちゃんは、何クラス?

久我山秋(2クラス):秋はねー、3クラスみたいー

下久保雪音(2クラス):そうなんだ…

久我山秋(2クラス):雪音っちと離れちゃうなー

下久保雪音(2クラス):うん、そうだね…

久我山秋(2クラス):クラス違ってもキッチンカーに食べにいこー

下久保雪音(2クラス):うん、行こう

ネクコミのチャットを閉じて、静かに息を吐く。
続けてスマホに通知。

佐藤真央(4クラス):雪音、元気?クラス上がった?

下久保雪音(2クラス):元気だよ、真央ちゃんも元気?クラスは2のままだよ

佐藤真央(4クラス):また2クラス?ネクスタとかネクリアやってるよね?

下久保雪音(2クラス):うん、ちゃんとやってるよ

佐藤真央(4クラス):そうなんだ、上がってくるの待ってるから

下久保雪音(2クラス):うん、でも、わたし上がれるのかな?

佐藤真央(4クラス):ネクスタもネクリアもやってるなら可能性はあると思うけど…

下久保雪音(2クラス):思うけど?

佐藤真央(4クラス):なんていうか、貢献度みたいのあってさ

下久保雪音(2クラス):貢献度が大事なんだ…

佐藤真央(4クラス):うん、でも、雪音は頑張り屋さんだから、きっと大丈夫だよ

下久保雪音(2クラス):うん、ありがとう

佐藤真央(4クラス):またね

下久保雪音(2クラス):またね

ネクコミを閉じ、天井を見上げ、そっと目を閉じる。

「貢献度って、フォロワー数とかなのかな…めぐみちゃんに聞いてみようかな」

下久保雪音(2クラス):めぐみちゃん教えて欲しいことがあるんだけど

しばらく待ってみたが、既読はつかない。
めぐみにネクコミを送ってみたものの、返信はなかった。

「めぐみちゃん、忙しいのかな…」

軽く伸びをして立ち上がる。

「コンビニ行こうかな」

コンビニに入ると、おでんの美味しそうな香りが漂っている。
大根、たまご、ウインナーを容器に入れ、スープを少し多めにすくった。

帰り道にある街灯の下のベンチに腰をかけ、おでん容器のふたを開ける。
湯気がふわっと立ち上がり、外にいることを忘れるような温かさを感じた。
箸で大根を持ち上げると、じんわりと染みた出汁の香りが鼻をくすぐる。

「…美味しい」

小さくつぶやき、ゆっくりと口へ運んだ。
ほとんど人通りのない道をぼんやり眺めながら、まだ温かいスープを一口飲む。
冷たい秋風が頬をなでる中、その温もりはしばらく消えなかった。

ネクコミのチャットを開いてみる。
新しい通知はなく、めぐみのチャットに既読もついていなかった。

「めぐみちゃん、やっぱり忙しいのかな…」

苦笑いしながら、スマホをポケットに戻した。
街灯の灯りが、薄暗い道を淡く照らしている。
空になったおでんの容器を袋へしまい、静かに立ち上がった。
小さく息を吐くと、部屋へと戻ることにした。