箱庭の飛べない小鳥たち

6月23日、前期末テスト直前、放課後。

1年次前期も残りわずかとなり、前期末テストが迫る中、雪音は真央とめぐみに誘われ、ショッピングモール内のいつものカフェへ向かった。

「雪音は頭いいからさ、テストで赤点なんて取らないもんね。わたしは、かなり怪しいからなー」

真央は話ながら頭をぽりぽり掻いていた。

「わたしも真央に劣らず、かなり怪しいよ。雪音が羨ましいよ」

めぐみは雪音を羨望の眼差しで見つめた。

「そんなことないよ、真央ちゃんもめぐみちゃんも大丈夫だよ」

雪音はぐっと両拳を握り、2人へ「頑張ろう」と笑顔を向けた。

「まぁ、頑張るけどさ…」

真央は遠くを見るような目をしていた。

7月2日、前期末テスト最終日、テスト終了後。

6月30日から始まった前期末テストは、国語、数学、化学、生物、歴史、地理、芸術の一般教科に加え、デジタルコミュニケーション論、近未来社会論、情報発信論、AI活用論といった近ネクならではの4教科を含む合計11教科で行われた。
最後の解答用紙が回収されると同時に、教室のあちこちから安堵のため息が漏れ始める。

「だーっ、ぜんぜんダメだった気がする」

先生が教室を出て行ったあと、皇紀の悲痛な声が響き、教室は一気に解放感に包まれた。
「赤点だったらやばいな」「自信ないわー」「大丈夫だと思う」「頑張れた」など、悲喜こもごもの声が教室のあちこちから聞こえてくる。
やがて、野々村が教室に姿を見せ、HRが始まった。
HRでは、テスト結果はスマホへ通知されること、赤点になっても単位の補習は行われないこと、そして前期終了時点で規定単位に達していなければ退学となることなど、今後に関わる重要事項が説明される。

「先生、退学って…そんな簡単になるんですか」

突然、皇紀が立ち上がり、真剣な表情で野々村に投げかける。

「黒田、入学時に渡した生徒総則に記載されていたぞ。だから、熟読しろと言ったんだ」

野々村は小さくため息をつき、皇紀を見つめた。
皇紀が力なく席に座ると、「えっ、書いてた?」「うわぁ、やばいな」「ぜんぜん読んでなかった」など、教室のあちこちから困惑の声が漏れ始める。

「お前ら近ネク舐めすぎだぞ」

野々村の呆れを滲ませた声に、教室が一瞬で静まり返る。

「…まぁいい。今後のためにも、熟読しておくんだな。今日は以上だ」

教壇のタブレットを手に取り、そのまま静かに教室をあとにした。

7月24日、日差しの強い午後、夏休み。

前期末テストの結果はすでに通知され、雪音は11教科合計1012点で学年4位の好成績だった。
真央とめぐみも、ギリギリではあったが赤点を回避し、2クラスからの退学者は0。
しかし、夏休み前、1クラスや3クラスから退学者が1人ずつ出たことを、NFCで同じグループだった秋と智樹から聞いていた。

雪音がクーラーの効いた部屋でベッドに腰をかけて、読書をしているとスマホが小刻みに震える。
近ネク専用コミュニケーションアプリ『Nex Communication』通称ネクコミの通知だった。

佐藤真央(2クラス):雪音なにしてる?

下久保雪音(2クラス):本読んでたよ

佐藤真央(2クラス):暇ってことだね

下久保雪音(2クラス):うん、外暑いし

佐藤真央(2クラス):めぐみも誘ってカフェ行こう

下久保雪音(2クラス):本屋さん寄ってもいいかな?

佐藤真央(2クラス):OK

3人はいつものカフェで合流し、くだらない話に花を咲かせた。
そのあとは、真央とめぐみが水着を買いたいと言ったので、雪音も付き合う。

「めぐみ、それ似合うよ」

めぐみが手に取ったのは、露出の多い派手な柄のビキニだった。

「いやいや、これは派手すぎるよ。逆に真央に似合いそう、グラマーだし」

真央は、まんざらでもない笑みを浮かべる。

「雪音はどう思う?」

「真央ちゃん、面積が小さいけど大丈夫なの?」

「あはは、雪音は可愛いなー」

真央は雪音をわしゃわしゃする。

「雪音が、面積小さくて大丈夫なのって心配してるから、大丈夫なことを証明するために、これにしようかな」

めぐみから手渡された水着を手に、真央は雪音をにやにやと見つめる。

「真央ちゃん、水着取れないように気を付けてね」

「あはは、大丈夫だよ。心配なら雪音もプール行こっ」

「えっ…水着持ってないし、恥ずかしいもん」

「真央とわたしと3人で行こうよ」

「雪音の水着はわたしとめぐみで選んであげるからさ」

「あっ、うん、面積大きいのでお願いします」

「あはは、OK、OK。面積大きくて可愛いの探そう、めぐみ」

真央とめぐみに選んでもらった水着は、露出が少なく可愛らしいデザインだった。
スクールペイポイントで5980ポイントを支払う。
真央とめぐみは、それぞれ少し大人びたデザインの水着を購入し、ショップをあとにした。

「水着…買っちゃった」

雪音は、ぼそっと呟く。

「雪音、本屋さん行きたいって言ってたよね?」

真央とめぐみには、雪音の呟きは聞こえていなかった。

「うん、本屋さん行きたい」

「真央とわたしは、なんか雑誌でも立ち読みしてるから、ゆっくり探していいからね、雪音」

「ありがとう、めぐみちゃん」

同じモール内の書店に向かい、雪音は以前から探していた小説と、気になっていた近未来社会を扱った新刊を手に取った。
レジへ向かおうとすると、店内をぶらぶらしていた真央が近づいてくる。

「雪音、欲しい本あった?」

「うん、探してた小説あったよ。あとこれも」

「うんうん、欲しいのあったならよかった」

そこへ、ファッション誌を手にしためぐみも合流する。

「めぐみちゃんは、ファッション雑誌買うんだね」

「うん、これ毎月買ってるからさ」

「ファッション系って、めぐみちゃんらしいよね」

「そうかな?」

「そうだよ、めぐみっておしゃれ番長って感じ」

「うん、うん、めぐみちゃん、おしゃれ番長」

「ははは、番長って」

3人は夕暮れのショッピングモールをあとにした。

8月31日、気温が少し落ち着いた夕方、夏休み最終日。

「えっと、これで全部かな」

明日からの登校にあわせて、夏休みの課題を最終確認する雪音。

「よし、これで準備完了だね」

準備を済ませ、テーブルに置いてあった読みかけの小説を手に取り、ベッドに寄りかかりながら、続きを読み始めた。
時刻は19:45になり、ネクリアの準備を始める。
週に2、3回のライブ配信で、視聴者の平均は10人くらいまで増えた。

「よしっ、配信開始」

ゆきんこのライブ配信がスタート。

視聴者数5
アクア:ゆきんこさん、こんばんは
みじんこ:こんばんは、ゆきんこさん
Happy_7:まだまだ暑い日が続いてますね
カレー侍:暑い日はカレーでござるよ
ケロケロ:ゆきんこさん、熱中症に気を付けてね

「アクアさん、みじんこさん、こんばんは。ハッピーさん、ほんと暑い日が続きますね。カレー侍さんは、カレー大好きですもんね。ケロケロさんお気遣いありがとうございます。今日も来てくれてありがとうございます」

視聴者数6
アクア:最近は何読んでますか?
みじんこ:それ気になります
Happy_7:この前、ゆきんこさんがおすすめしてくれたやつ読みました
カレー侍:小説読みながらカレーは合うでござるな
ケロケロ:ゆきんこさんのおすすめ聞きたいです

「おすすめ小説ですか…うーん、今は『ガラスの地平線』という近未来小説読んでますよ。少し前までは『異世界に転生した侍、元の世界に戻る』も読みました。カレー侍さんは、小説にカレーつけないように気を付けてくださいね、うふふ」

視聴者数7
アクア:異世界に転生した侍、元の世界に戻るは読みましたよ
みじんこ:それ、わたしも読みました
Happy_7:ゆきんこさんのおすすめ小説にハズレなしですよね
カレー侍:この前、買ったばかりのに本にカレーこぼしたでござる
ケロケロ:ガラスの地平線、本屋さんで見ました

「異世界侍、面白いですよね、最後は少し切なくて…ハズレがないなんて言ってくれるとプレッシャーですよ、うふふ。カレー侍さんは、本当に気を付けてくださいね。ケロケロさん、おすすめですよ」

視聴者数10
アクア:面白い作品あったら、ゆきんこさんに教えますね
みじんこ:わたしのおすすめも教えます
Happy_7:謙遜しないでくださいよ
カレー侍:面目ござらん
ケロケロ:ガラスの地平線、買ってきます
ゴンザレス:ゆきんこさんお久しぶりです

「アクアさん、みじんこさん、楽しみにしてますね。ハッピーさん、謙遜してないですよ。でも、嬉しいです、ありがとうございます。カレー侍さんは、読書中のカレーは禁止ですよ、うふふ。ケロケロさん、ネタバレしないように気を付けますね。ゴンザレスさん、お久しぶりです、こんばんは」

このあとも、和やかな雰囲気の中、配信は続いた。

9月1日、どんよりした雲の多い朝、HR。

教壇の上に置いたタブレットを見ながら、野々村が話を始める。

「特に夏休み中に問題を起こしたやつもいなかったな」

「モールで万引きして退学になった生徒いるみたい」
「それ俺も聞いた」
「そんな生徒いるんだ」
野々村の話に合わせるように、教室のあちこちからひそひそ声が聞こえてくる。

「静かにしろ、お前ら。まぁ、他の学年だがな、そんなことをした生徒もいるな」

「たかが万引きで退学かよ」
「厳しいな」
「万引きするのが間違ってるだろ」

「気持ちはわからんでもないが、生徒総則にも記載されている。近ネクは規律を重んじる学校だ。大小に関係なく、犯罪行為は即退学となる。『たかが』なんて軽々しく口にするなよ、お前ら」

野々村の言葉に、教室内はしんと静まり返る。

「このクラスで過ごすのも、残り1ヶ月だな。後期は10月1日から始まるわけだが、前日の9月30日にネクコミに新しいクラスが通知されるから、絶対に見逃すことがないようにな」

「忘れてた」
「そうだ、クラス替えあるんだった」
「クラス替えしたくないな」

「まぁ、2クラスから変わらない生徒もいるだろうがな」

「野々村先生のままがいいでーす」

皇紀が笑いながら話す。

「黒田は、まぁ、2クラスではないだろうな、ふふふ」

「えぇ…マジすか?」

「さぁな、とりあえずネクコミの通知を楽しみにしてろ」

9月30日、秋晴れの爽やかな午後、HR後。

HRを終えた野々村が静かに教室をあとにする。
次の瞬間、教室中のスマホが一斉に小刻みに震えた。

【1年次後期クラス編成(10月度)について】

後期クラス編成を通知します。
詳細は以下をご確認ください。

下久保雪音

所属クラス:2クラス
適用開始日:10月1日

以降のクラス編成は、毎月末日に通知します。

「雪音、何クラスになった?」

真央とめぐみが心配そうな顔をしていた。

「真央ちゃん、めぐみちゃん、わたしクラス変わらないみたい」

「雪音は2クラスのままなんだね。真央は?」

「わたしは、4クラス。めぐみは?」

「わたし3クラス。みんなばらけちゃったね」

「でもさ、放課後はモールとか行けるしさ、クラスが違うだけだよ」

「真央ちゃんもめぐみちゃんも、離れるなんて心細いよ」

「雪音、大丈夫だよ。なんかあったらすぐネクコミしてね」

めぐみは微笑みながら、自分のスマホを雪音の前に差し出した。

「そうだよ雪音。めぐみの言う通りだよ」

真央も、めぐみ同様スマホを雪音にぐいと向けた。

「うん、ありがとう。真央ちゃん、めぐみちゃん」

雪音もスマホを真央とめぐみに向けた。

3人は顔を見合わせ、小さく笑い合った。
クラスは離れても、きっと、この繋がりだけは変わらないだろう。
雪音自身も、そう信じていた。