箱庭の飛べない小鳥たち

あれから5年後──

3月、桜の蕾が膨らみ始めた春の日。

雪音は、4月から白嶺大学大学院教育学研究科の修士課程2年目を迎える。

「小夜ちゃん、美玲ちゃん、遅いよー」

「ごめん、ごめん、小夜がもたもたしてるからさ」

美玲は公認会計士試験に合格し、4月から地元の会計事務所への勤務が決まっていた。

「えーっ、わたし、そんなにもたもたしてないよ」

小夜は大学在学中から漫画のシナリオライターとして活動を始め、卒業後も在宅で仕事を続けることにしていた。

「いくよ、小夜ちゃん、美玲ちゃん」

「いこう、いこう。秋やマリーたちに会うの半年ぶりくらい?」

「そうかも、美玲の公認会計士の合格発表前だっけ?」

「そうそう、美玲ちゃんが絶対に合格間違いなしって自信満々だったよね」

「わたし、ちゃんと合格したでしょ。ふっふーん」

美玲は少し鼻息を荒くした。

雪音の運転する軽自動車は、秋たちと待ち合わせをしている大型ショッピングモールへ向かっていた。
近ネクがあり、秋やマリーが暮らす街と、雪音たちが暮らす街。その中間に位置する大型ショッピングモールは、7人で集まるときの定番になっていた。

「雪音、運転おつかれー」

助手席に座っていた美玲が、雪音の肩を軽くぽんと叩いた。

「ぜんぜん、疲れてないよ。お話しながらだと、すぐついちゃうしね」

「だよね。でも、免許取り立ての頃は、雪音ぜんぜん話もしなかったし、ガチガチだったよね」

小夜が笑いながら話す。

「うん、うん。雪音、話しかけないでオーラすごかったよね」

美玲も小夜につられて笑い出した。

ショッピングモールへ入ると、正面に大きな化粧品の広告が目に入った。
そこには、化粧品を手に微笑むマリーの姿が大きく映し出されている。

「マリーちゃん、また新しい広告出てるね」

「ほんとだ。相変わらず綺麗だよねー」

「マリーに言ったら、絶対調子に乗るよ」

「それは間違いないね。うふふ」

3人で広告を眺めていると、うしろから声が聞こえる。

「雪音っち、小夜ぽん、ミレーヌ」

3人が同時に振り返ると、秋と璃空の2人が立っていた。

「秋ちゃん、璃空ちゃん」

「秋、璃空、久しぶり」

「おーっ、久しぶり。秋、璃空」

秋は近ネクを5クラスで卒業し、サイバーネクスト社へ入社。現在はゲーム配信部門でプロジェクトリーダーを務めている。

「雪音、小夜、美玲、6ヶ月ぶりくらいだな」

璃空は近ネクを4クラスで卒業し、芸術大学へ進学。現在はサイバーネクスト社のアーティスト部門で創作活動を続けている。

「おーい」

「あっ、倫ちゃん」

「昨日帰ってきたばっかでさ、すっごい眠い」

倫は近ネクを4クラスで卒業。現在はサイバーネクスト社のアスリート部門とスポンサー契約を結び、プロクライマーとして海外大会を中心に活躍している。

「あとは、マリーちゃんだけだね」

「マリっぺも、海外に撮影とか言ってたもんねー」

「グループメッセージに綺麗な写真あげてたな」

璃空はスマホを取り出し、グループメッセージを確認している。

「ゆきー、あきー、みんなーお待たせー」

聞き覚えのある大きな声に、全員が一斉に振り返る。

「マリーちゃん」

「マリっぺ」

大きく手を振りながら、マリーが笑顔で駆け寄ってくる。

「ゆき、久しぶりー」

マリーはそのまま雪音に抱きついた。

「マリーは相変わらず変装とかしないよね」

美玲がマリーを見ながら、くすくすと笑っている。

「ノープロブレム。わたし、気にしてないでーす」

「意外とさ、みんなでいると、わかんなくなるんじゃない?」

小夜が周囲を見回しながら話す。

「倫の方がCM出てるからフェイマスかもですよー」

マリーの言葉に5人とも「あー」と声を合わせる。

「そんなことないでしょ」

倫が少し照れながら話す。

「倫ちゃんのCMかっこよかったよ」

「そういえば、さっきから視線が…」

小夜が再度周囲を見渡す。

「うそでしたー」

「小夜ちゃん」

「もうー小夜さー」

7人の笑い声が響く。

マリーは近ネクを4クラスで卒業。現在はサイバーネクスト社の広告・メディア部門に所属し、専属モデルとして国内外で活動している。

7人はショッピングモール内のレストランへ移動し、半年ぶりの再会を楽しんだ。

大学院での研究について聞かれた雪音は、忙しいながらも充実していると答える。
小夜は漫画のシナリオライターとして手掛けている作品の話をし、美玲は4月から始まる新しい生活への期待を口にした。

近ネクを卒業した4人も、それぞれの近況を話していく。
海外を飛び回る倫の大会の話、璃空が手掛けている作品の話、マリーの撮影で起きた出来事。
話題は尽きることなく、時間だけがあっという間に過ぎていった。

「雪音っち、大学院あと1年だっけ?」

「うん。4月から2年目だよ」

「そっかー。雪音っちも相変わらず勉強好きだねー」

「秋ちゃんも相変わらずゲームばっかりでしょ。うふふ」

「仕事ですー」

「だよね。ごめん」

「あはは。雪音っちは、そのあとどうするの?」

「博士課程に進学しようと考えてるよ」

「ほんと、勉強とか研究好きだねー」

「うん。秋ちゃんのゲームときっと同じだよ」

「そっかー。それなら納得だー」

昼食を終えたあとは、特に目的を決めることもなく、7人でショッピングモール内を歩いて回る。
気になる店があれば立ち寄り、誰かが足を止めれば、ほかのみんなも自然と足を止める。

5年前とは、それぞれの生活も、進む道も大きく変わった。
それでも、こうして7人で集まれば、笑い声が絶えることはない。

気がつけば、窓から差し込む陽の光は、少しずつ夕暮れの色へと変わり始めていた。

「今度は、みんなで旅行行きたいねー」

「秋ちゃん、いいこというね」

「あきー、ナイスアイデア」

「海外?国内?」

「マリーと倫は海外詳しいでしょ?」

「わたしは、フォトセッションするだけでーす。だから、詳しくないですよー。倫の方が詳しいでーす」

「えーっ、わたし?住んでるところ以外は詳しくないけどなー」

「倫ちゃんの家に遊びにいこう」

「雪音っち、それいいねー」

「いやいや、よくないだろー」

「倫は海外に部屋借りてるでしょ?」

「いや、まーそうだけどさー。7人とか泊まれないぞ」

「雑魚寝しよー。みんなで雑魚寝きっと楽しいよー」

「あきー、それ楽しそうですねー」

「いいね、秋ちゃん」

その後も7人は、行き先や日程について楽しそうに話し続けた。
結局、その場で旅行の予定が決まることはなかったが、誰も気にしている様子はない。

外へ出ると、辺りは夕暮れに包まれていた。
半年ぶりに集まった7人は、次は旅行に行こうと約束を交わし、それぞれの帰路につく。

歩む道も、暮らす場所も、それぞれ違う。
それでも、7人の間に生まれた絆は、これから先も変わることなく続いていく。

雪音は小夜と美玲と笑い合いながら、駐車場へ向かって歩いていった。