箱庭の飛べない小鳥たち

6月1日、まだ明るさの残る夕方、予備校。

5月は、予備校と自己学習を繰り返す日々の中で、少しずつ学力の向上を実感していた雪音。
6月に入り、ますます勉強に身が入っていた。

予備校での講義が終わり、帰り支度をしていると、講師が声を掛けてくる。

「下久保さん、ちょっといいですか?」

「はい」

「今月は大学入試模試があります。志望大学は決まりましたか?」

「白嶺大学の教育学部、教育心理学科を考えています」

「なるほど、白嶺の教育学部ですね。教育心理学科、いいですね」

「ありがとうございます」

「下久保さんの現在の学力なら問題ないと思いますよ」

「本当ですか。ありがとうございます」

「では、模試はA判定目指して、取り組んでいきましょうね」

「はい。よろしくお願いします」

講師との話も終わり、予備校をあとにした。
ポケットに入れたスマホが小さく震える。

「小夜ちゃんかな」

メッセージアプリを開く。

さよぽん:雪音は予備校終わった?

「小夜ちゃん、今終わったのかな?」

ゆきんこ:今終わったとこ。小夜ちゃんは?

さよぽん:今、あそこのカフェにいるんだけど、こない?

ゆきんこ:わかった。今からいくね

さよぽん:待ってる。美玲もいるから

ゆきんこ:美玲ちゃん?

さよぽん:そう。たまたま会ってさ

ゆきんこ:久しぶりだね、美玲ちゃん

さよぽん:わたしも久しぶりに会ったんだ

ゆきんこ:着いたよ

窓際の席に座っていた、小夜と美玲に手を振る。
2人も気づいて、手を振り返してきた。

「美玲ちゃんだ」

カフェに入り、小夜の隣に腰を下ろした。

「雪音、久しぶり。小夜から色々聞いたよ。相変わらず、頑張り屋さんだね」

「久しぶりだね、美玲ちゃん。ますます美人になったんじゃない?」

「雪音、久しぶりに会った時に、わたしには言わなかったよね、美人になったってさ」

「えっ、そ、そうだっけ?小夜ちゃんは、中学の時より可愛さがアップしたよね」

「うんうん、そうだね。知ってた」

3人は顔を見合わせて笑う。
少し笑い声が大きかったのか、隣の席の方から咳ばらいが聞こえた。

「んっ、んっー、だって」

小声で美玲が呟いた。

「やめなよ、美玲ちゃん」

雪音の横で小夜が頷く。
また、3人で笑い合う。

「中学の時と変わんないね、わたしたちってさ」

小夜の言葉に、雪音と美玲も頷いた。
石黒小夜は肩まで伸びたブラウン系の髪、少し丸みのある瞳。身長は156cmで、雪音より8cm高い。
小山田美玲は身長が162cm、アッシュ系の髪で肩甲骨が隠れるくらいの長さ。大人びた雰囲気があり、中学の時から男子に人気があった。

「雪音は彼氏とかどうなのさ?小夜は、うん、まーいっか」

「わたしは、まーいっかって何さ。失礼しちゃうな」

「えっ、いるの彼氏?」

「いや、いないけど」

「でしょ。わかるんだって、わたし」

「わたしと同じで、雪音も彼氏いないよね?」

「うん、いないよ」

「ほらね」

「小夜は漫画ばっかり読んでるからさ」

「うるさいな、もう。美玲だって、どうせいないでしょ」

「まーね、いないね」

「美玲ちゃん、男子から人気あったよね」

「ほんと、それ。なんで美玲が人気あったんだろうね」

「まー、美人だからじゃない?」

「ほら、そういうとこだよ。美玲のさ悪いとこ」

「小夜ちゃんも美玲ちゃんも、中学の時と変わってないね」

「雪音も変わってないけどね」

カフェに3人の楽しそうな笑い声が響く。
慌てて、3人とも口を押さえて、身をかがめた。

6月22日、梅雨の晴れ間の夕方、予備校。

6月8日に行った模試の結果通知日。
模試自体は特に難しく感じることもなく、雪音自身も手応えを感じていた。

この日の講義が終わり、帰り支度をしていると、講師が近づいてくる。

「下久保さん、少しお時間大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

「では、相談室に行きましょう」

雪音は講師の言葉に頷き、あとをついて相談室に入った。

「お座りください」

「はい」

「こちらが、6月8日の模試の結果です」

講師は、A4サイズの紙を1枚、雪音の前に置いた。
机の上に置かれた結果に、雪音は目を通す。

第1志望 白嶺大学 教育学部(定員30)

【評価】

共通テスト:換算得点 718 / 満点 900 / 判定 A
二次・一般:評価偏差値 71.8 / 満点 600 /判定 A
総合:ポイント 90 / 判定 A

【順位】

第1志望者:1位 / 38人中
総志望者:3位 / 125人中

第2志望 青葉大学 教育学部(定員15)

【評価】

共通テスト:換算得点 738 / 満点 900 / 判定 A
二次・一般:評価偏差値 74.1 / 満点 600 /判定 A
総合:ポイント 90 / 判定 A

【順位】

第1志望者:1位 / 16人中
総志望者:1位 / 38人中

「下久保さんの日々の努力の成果ですね。このまま、引き続き励んでいきましょう」

「はい、ありがとうございます」

「何か質問などありませんか?」

「いえ、特にはないです」

「わかりました、それでは、今後もしっかりサポートしていきますので、来年に向けてペースを落とさずいきましょう」

「はい。ありがとうございます。引き続きよろしくお願いします」

講師に会釈をして、相談室をあとにした。

「うん、いい結果だったよね。このまま、頑張ろう」

予備校を出たところで、スマホに通知。

「小夜ちゃんかな?」

スマホをポケットから取り出し、メッセージアプリを開く。

ミレーヌ:雪音、ひま?

ゆきんこ:今から帰るところだよ

ミレーヌ:ナイスタイミング

ゆきんこ:どうしたの?

ミレーヌ:これから小夜と

ミレーヌ:間違った

ミレーヌ:モール行くんだけど

ミレーヌ:雪音もどうかなって

ゆきんこ:いいよ

ミレーヌ:モールの入口で待ってる

ゆきんこ:わかった

10分ほど歩いてショッピングモールに到着すると、正面入り口に小夜と美玲が立っていた。
雪音は、手を振りながら小走りで近づいていく。

「早かったね雪音」

「うん、予備校すぐそこだから」

「美玲がさ、雪音と遊びいこうって、うるさくて」

「わたし、そんなにうるさく言ってないけど。むしろ、小夜が雪音に会いたがってたでしょーが」

「そ、そんなことないもん」

「えーっ、小夜ちゃん、そんなことないんだ」

雪音は少し悲しそうな素振りを見せた。

「ごめん、ほんとごめん。うそです、会いたくて、会いたくて、震えてたよ」

「わたしも、わたしもー。雪音に会いたくて震えてたわ」

ショッピングモールの入り口に3人の笑い声が響いた。

「震えるほど会いたいって、小夜ちゃんも美玲ちゃんも、わたしのこと相当好きだね」

「そりゃ、そうでしょ。ねぇ、小夜?」

「うん、こんなこと言ったらあれだけど…帰ってきてくれて嬉しいもん」

「わたしも、そこは小夜と同じ。3年は会えないと思ってたから」

雪音は、目頭を押さえる。
小夜が、そっとハンカチを差し出す。

「小夜、そのハンカチさ、綺麗なんだろうね?」

「はっ!?失礼でしょ」

「小夜ちゃん、ハンカチにケチャップついてるみたい」

「ほらー、小夜さー。ダメじゃん」

「お昼にナポリタン食べたからかな。ごめん、雪音」

「小夜ちゃん、うそでした」

「だよね、おかしいと思ったんだよ。ナポリタン食べたけど、ハンカチ使ってなかったもん」

「小夜、雪音に騙される」

3人ともお腹を抱えて笑う。

「あっ、そうだ。雪音、模試の結果どうだった?」

「待ってる時も、美玲と雪音の模試のこと話してたんだ」

「心配してくれてたんだね。ありがとう、美玲ちゃん小夜ちゃん。ちなみに結果ですが、なんと」

「なんと?」

「なんと?」

「第5志望まで」

「まで?」

「第5志望まで?」

「A判定でした」

「おーっ、すごいじゃん雪音」

「やったね。お祝いしなきゃだね、美玲のおごりで」

「えっ、わたし、わたしのおごりなの?」

「そりゃそうだよ。一番身長高いし」

「そうだー、そうだー、美玲ちゃんのおごりだー」

「まー、仕方ないな。よし、お姉さんについてきな」

「同い年だけどな、美玲」

「美玲お姉ちゃん。うふふ」

「雪音に言われると、年上な気がしてくるんだよな」

「なんかわかるかも、雪音って妹っぽいよね」

「そうなの?」

「うんうん、ちっさくて可愛いから雪音は」

「わたしよりも、小さいし。中学の時から可愛かった」

「そんなことないよ。恥ずかしいからやめてよー」

雪音は両手で顔を覆った。
小夜と美玲は、雪音を両側からそっと抱きしめる。

「小夜ちゃんと美玲ちゃんに挟まれるの久しぶりだね」

「そう言えば、そうかも」

「美玲はよく、雪音をハグしてたよね」

「そうそう、そうなんだよね。なんか、ハグしたくなるじゃん雪音って」

「うん、確かに、そうかも」

「うふっ、2人にそう言われると嬉しいな」

ショッピングモールのゲームセンターで、猫の小さなぬいぐるみを美玲に取ってもらい、リュックにつけた。

「ありがとう、美玲ちゃん」

「雪音、猫のキャラクター好きだもんね」

「えっ、いいなー。わたしも取ろっと」

同じぬいぐるみを小夜も取り、バッグにつける。

「やった、取れた。雪音とおそろ」

「あっ、ずるい。わたしも、おそろしたーい」

羨ましく思った美玲も自分の分を取り、バッグにつける。

「よし、取れた。3人でおそろだね」

クレーンゲームの前で、3人でハイタッチをして盛り上がった。
そのあとも、リズムゲームやレースゲームで遊び、帰りにドーナツショップに寄る。

「雪音のお祝いに、わたしがおごるから好きなもの選んで。小夜は自分で買いなよ、あっはは」

「えーっ、美玲のケチンボ」

「うそうそ、わたしが全部出すから、小夜も選びなよ」

「さっすがー、お姉さんは一味違うねー」

「うんうん、美玲お姉ちゃん、さすがー」

「よしよし、お姉さんが、何個でも買ってあげるからね」

「ありがとー、美玲」

「美玲ちゃん、ありがとう」

トレイには3人分のドーナツが10個載っていた。
美玲は、3人分をそれぞれ紙袋に分けてもらうよう、スタッフに伝える。
会計が終わり、美玲は雪音と小夜に紙袋を手渡した。

帰り道を歩いていると、小夜が紙袋をがさがさしている。

「小夜、食べようとしてる?」

「うん、お腹空いたから」

「小夜ちゃん、お行儀悪い」

そんな話をしていると、美玲も紙袋に手を入れていた。

「美玲も食べるんじゃん」

「お腹空いたよね」

「お姉ちゃんなのに、お行儀悪い」

小夜と美玲に倣って、雪音も紙袋の中からドーナツを1つ取り出す。

「あはは。雪音も食べるんじゃん」

「小夜ちゃんと美玲ちゃんの真似だよ」

「雪音もお行儀悪いねー」

帰り道でも、3人の楽しそうな笑い声が響いていた。