箱庭の飛べない小鳥たち

4月1日、柔らかい日差しの朝、自宅。

今日は目覚ましが鳴らない。
いつも聞いていた電子音のない朝。
不思議な感覚を、雪音は楽しんでいた。

「雪音、起きたかい?」

「んっ、んー、起きてるよおばあちゃん」

軽く伸びをして、布団を片付けた。

「朝ご飯食べなよ、雪音」

「はーい、おばあちゃん」

白いご飯、味噌汁、目玉焼き、ウインナー、中学生の頃よく食べていた朝ご飯メニュー。

「すごい、久しぶりだね。いただきます」

「雪音、あんたスマホどうするんだい?」

「あー、中学の時に使ってたやつでいいかな」

「そんな古いやつじゃなくて、新しいの買いなさい」

「そう?まだ使えると思うけどな」

「いいから、いいから、下取りに出して、新しいのにしなさい」

おばあちゃんが、財布から現金をテーブルに置いた。

「うん、わかった。ご飯食べたら行ってくるね」

「気を付けて、出掛けるんだよ」

「はーい」

「さて、おばあちゃんも準備しようかね」

「今日は生徒さん多いの?」

「まあ、いつも通りかね」

「そうなんだ、ご飯食べたら片付けておくから」

おばあちゃんは、軽く頷いて稽古場へと向かった。
食器を片付けていると、稽古場の方から微かに三味線の音色が聞こえてくる。

「久しぶりに聞いたな、この音色」

雪音の表情がゆるみ、自然に笑顔がこぼれた。
身支度を整えて、歩いて20分ほどの距離にある家電量販店で新しいスマホを購入。
そのまま、初期設定まで行い、古いスマホは下取りで引き取ってもらった。

「まだ、お昼くらいか」

真新しいスマホで時間を確認した。

「久しぶりだし、少し散歩しながら遠回りしようかな」

中学生の時と同じく、変わらない街並みをぶらぶら見て回る。

「1年くらいじゃ、変わらないんだね」

懐かしさに思いを寄せながら、遠回りをして帰宅したころには、13:30になっていた。
昼食を軽く済ませて、部屋に戻りスマホのアプリストアで『ネクスタ』と『ネクリア』を検索する。

「あっ、あった」

「注意書きがあるんだ」

・このアプリは、近未来ネクスト人材開発高等学校の生徒応援専用アプリです。
・一般の方は、投稿の閲覧、コメント、ギフトの送信、フォローのみ利用できます。
・DM機能はありません。
・一般の方が投稿を作成することはできません。

「こんな風になってたんだね。外から見ると違うんだね」

「秋ちゃん探してみようかな」

検索窓に『秋』と入力してみる。

「秋ちゃんでてこないな…名前が違うのかな」

今度は、検索窓に『デビハン』と入れてみた。

「あっ、ゲームやってる人が何人かいるね」

少しスクロールしていくと見慣れた豚まんが写り込んでいた。

「あっ、これ秋ちゃんだ、絶対そうだ」

「名前…やきいもちゃんだったんだ。うふふ、秋ちゃんらしいね」

「この画像、NFCの時のやつだ。あの時の秋ちゃん、ほんとすごかったんだよね」

やきいもちゃんをフォローして、投稿にいいねを押しておいた。

4月15日、桜の花びら舞う午後、予備校。

高卒認定試験の願書は、すでに提出済み。
8月の本試験までは、予備校に通いながら自己学習で備えることにした。

「おばあちゃん、予備校行ってくるね」

「気を付けて行ってくるんだよ」

4月13日から通い始めた予備校は、志望大学への合格実績も高く、評判もよかった。
そこでは、13:00から休憩を挟みながら、5時間にわたり受験対策の講義が続く。

18:00に講義が終わると、真っすぐ帰宅し、夕食を食べ、2時間ほど復習をする。
お風呂に入り、疲れを癒したあとは、ネクリアやネクスタを見るのが日課になっていた。

「めぐみちゃんは、名前そのままなんだね。フォロワー4500人。これってすごいのかな?」

雪音は画面を見つめたまま、少し首を傾げる。

「すごいのか。わたしのフォロワー38人だったもんね。うふふ」

スマホを持つ手を入れ替え、投稿をゆっくりスクロールしていく。

「編集すごいな、見てて面白いショート動画ばっかり。これは人気者になるね」

いくつかの投稿を眺めたあと、次のページへ指を滑らせる。

「健剛は、ボクシングの練習風景ばっかりだね。あっ、選抜大会はベスト4だったんだね」

雪音は画面を少し拡大し、健剛の試合結果を確認する。

「うん、すごいね。お疲れ様でした賞をあげよう」

小さく笑いながら、いいねを押す。
そのまま画面を眺めていると、時刻は22:00に近づいていた。

「そろそろ、秋ちゃん、いや、やきいもちゃんのゲーム配信の時間だね」

雪音はスマホを両手で持ち直し、配信画面を開いた。

「秋ちゃん、ちゃんとお話ししながらゲームしてるんだ。すごいね、ほんとすごい」

画面の右上に表示された視聴者数を確認する。

「視聴者は2300人。リアルタイムで観てる人数だから、人気配信者ってことだね」

「わたし、ネクリアでは15人くらいだったよね」

雪音は苦笑いを浮かべた。

「やきいもちゃんには、あとでギフトを送りたいな」

1時間の配信が終わり、スマホを机に置いて、ベッドに潜り込んだ。

「秋ちゃんのゲームのお話面白かったな。普段とはちょっと違って、キリッとしてるところがいいよね」

「中にいる時は知らなかったことも、外だと知ることができて、なんか得した気分かも」

「両方知ってるわたしって、なんかいいよね」

4月24日、春風の穏やかな午後、自宅。

昼食を済ませ、出掛ける準備をする。

「雪音、出掛けるのかい?」

「うん、少し気分転換に散歩でもしてこようかなって」

「根詰めても、いけないからね。気を付けて行ってくるんだよ」

「うん、わかった」

雪音は歩いて20分ほどの、家電量販店や大型書店などが並ぶエリアに来ていた。
書店に入り、小説の棚を見ていると、背後から声が聞こえる。

「雪音、ねぇ、雪音だよね?」

振り向くと、中学の同級生だった石黒小夜が立っていた。

「あっ、小夜ちゃん」

「1年ぶりくらいじゃん。雪音、近ネクだったよね?」

「うん、そうだよ」

「近ネクって全寮制だったよね。週末だから帰省とか?」

「そう、全寮制だよ。えっと、帰省じゃないんだよね」

「あっ、そっか。なるほどね」

「小夜ちゃんは、なんか買いにきたの?」

「そうそう、漫画の新刊がでてるから、それを買いにきたんだー」

「小夜ちゃん、漫画好きだもんね」

「まーね、久しぶりに会ったしさ、ちょっとカフェでも行かない?」

「うん、いいよ」

雪音と小夜は書店を出ると、並びにあるカフェへと向かった。
休日の午後ということもあり、店内は買い物帰りや部活帰りの学生が喉を潤している。
空いていた窓際の席に向かい合って座り、それぞれ飲み物を注文した。

「雪音だけだもんね、うちの中学から近ネク行ったのはさ」

「そう言えば、そうだよね。でも、1つ上の先輩で行った人いたよね?」

「あー、千秋先輩か。そう言えば、そうかも。何してるんだろうね?学校では会わなかった?」

「…会わなかったと思う。それに、その先輩と話したことないもん、わたし」

「そっか、雪音は部活やってなかったし、接点ないか」

「うん、そうだよ。小夜ちゃんの部活の先輩なんでしょ」

「だね。雪音も知ってる感じで話してたわ」

2人は、小声でくすくすと笑いあった。

「そう言えば、雪音は、今どうしてるの?まさか、おばあちゃんの弟子になったとか?」

「まさか、わたしが舞踊やるわけないでしょ。うふふ」

「まー、確かに雪音はやりそうもないよね」

「おばあちゃんは、すごいけど、わたしは習わないかな」

「うん、わかる気がする。でも、何もしてないわけじゃないでしょ?」

「うん、今は予備校通ってて、来年の一般選抜から大学行こうと準備してるところ」

「へぇー、ハードル高そう。でも、雪音、頭いいし、なんか大丈夫そうな気がする」

「そうかな、勉強は好きだけど、けっこう難しい問題多いよ」

「大丈夫だって、雪音なら大丈夫。雪音はさ、ずっと自信なさそうにしてるけど、本当はすごいんだから、もっと自信もちなよ」

「ありがとう、小夜ちゃん」

小夜とメッセージアプリの連絡先を交換し、その日は別れた。

「もっと自信持ちなよ…か、うん、そうだよね…頑張る」

雪音は、帰路につきながら小さく拳を握りしめた。

4月30日、月明かりの夜、自宅。

予備校から帰宅し、夕食を済ませ、自己学習も順調に進める。
お風呂にも入り、就寝までの時間は、静かに読書をすることが多かった。
たまに、ネクリアやネクスタをチェックし、近ネク生の投稿を見ることもある。

「秋ちゃんのゲーム配信は、今日はないんだね、残念」

「誰か配信してるかな…あっ、真央ちゃんかな。さとまって真央ちゃんだよね。ちょっと観てみようかな」

「えっ、あっ、なるほど。そういうことだったんだ」

真央の配信を少しだけ観て、すぐに退室ボタンを押した。

「マリーちゃんのネクスタは、相変わらず秋ちゃんと食べ物食べてる動画多いね。あの2人はほんと仲良し」

いいねボタンを押しつつ、ページをスクロールさせていく。

「秋ちゃんのネクスタにも、いいねつけておこう」

「璃空ちゃんは、素敵な絵を描くね。もしかして、璃空ちゃんに描いてもらった絵は、すっごい価値ができるかもしれないよね」

「ダメ、そんな考えしちゃダメ。せっかく描いてくれたんだから、大切に飾っておかなきゃだね」

雪音はスマホを机に置き、部屋に飾ってある璃空の絵へ目を向けた。

「すごい上手だよね、璃空ちゃん。近ネクの思い出だね」

「あんなすごい才能がある人たちと同じ学校通ってたんだな…わたし。今考えると、なんかすごいことだよね」

「わたしには合わなかったけど、みんなには頑張って欲しいな」

雪音はもう一度、璃空の絵を眺めると、静かに笑みを浮かべた。