3月5日の二者面談以降、雪音は自分がどうしたいのかを考えることが多くなっていた。
放課後は時間を見つけて図書室で進路について調べたり、部屋に戻ってからもスマホで検索したりと、これまでの雪音とは明らかに異なる行動。
時には秋に相談し、自分の考えを言葉にしてみることもあった。担任の堂前とも何度か時間を作ってもらい話を重ね、そのたびに「下久保さんが決めたことなら応援するよ」と背中を押される。
そうして何度も自問自答を繰り返した末、1年次修了式を迎える頃には、雪音の中で答えが形になり始めていた。
3月19日、1年次修了式も終わり、放課後は堂前と面談ルームへ。
「下久保さんとここでお話するのも、もう5回目ですね」
「はい、堂前先生には、何度もお時間作っていただき感謝しています」
「そんなことは気にしないでね、下久保さん。生徒のために時間を作るなんて、教師としては当たり前のことですからね」
「ありがとうございます、堂前先生」
「それで、下久保さんの気持ちは変わらない?ちゃんと前に進めそう?」
「はい、わたしなりに色々調べて、納得した上での結論です」
「そうなのね。下久保さんの決意は固いようなので、このまま話を進めましょう」
「はい、よろしくお願いします」
「では、一度おばあ様と話してみましょうか」
堂前は、教師用スマホを取り出し、電話をかける。
「もしもし、下久保様でしょうか。わたくし、近未来ネクスト人材開発高等学校で雪音さんの担任をしている堂前と申します」
「はい、はい、では、雪音さんと代わりますね」
堂前は、スマホを雪音に手渡す。
「おばあちゃん、久しぶり、雪音」
「うん、そう、ごめんね」
「わかった、ありがとう。先生に代わるね」
雪音は会釈をしながら、スマホを堂前に渡す。
「はい、ありがとうございます。それでは、失礼いたします」
堂前は、スマホをテーブルに置いた。
「おばあ様のご理解は得られましたね」
「はい、わたしが決めたことなら、好きにしなさいって言ってくれました」
「そうですか、それなら下久保さんも、心置きなく前に進めますね」
「はい、色々と相談に乗ってくださり、ありがとうございました、堂前先生」
「いいんですよ。生徒の成長をどんな形であれ、見守ることができたのは、わたしにとっても嬉しいことですからね。下久保さんが進もうとしている道は、決して平坦ではなく険しいものになると思います。どうか無理はしないようにしてください。陰ながら、見守っていますからね」
「はい、自分で決めたことなので、諦めずに最後まで頑張ります」
「そうですね。今の下久保さんなら、きっと大丈夫でしょう。では、手続きの方は、こちらで進めておきますね」
「よろしくお願いします」
面談ルームをあとにし、校舎から住居エリアへ。
エレベーターに乗り部屋に帰ってくると、いつも通り制服をハンガーにかけた。
「この制服も着納めだったね…」
「けっこう可愛くて、好きだったかも、うふふ」
「少しだけ、片付けしておこうかな」
雪音は、部屋の中を掃除しながら、季節外れの服や使わなくなった雑貨を段ボールに入れていく。
部屋着のポケットで、スマホが一瞬震えた。
久我山秋(4クラス):雪音っち、帰ってきてる?
下久保雪音(1クラス):うん、帰ってるよ
久我山秋(4クラス):そっかー、これからいくー
下久保雪音(1クラス):わかった、待ってるね
片付けの続きをしていると、部屋のチャイムが鳴った。
「秋ちゃんかな」
ドアのロックを解除して、開けると秋が立っていた。
「雪音っち、きたよー」
「秋ちゃん、入って入って」
「これ、買ってきたー、一緒に食べよー」
秋は、紙袋を開け、豚まんと焼き芋を見せてきた。
「秋ちゃん、豚まん好きだね」
「うん、ここの豚まん美味しいからねー」
「そうだね、ほんと美味しいよね」
「でしょー」
秋と雪音はテーブルを挟んで向かい合い、豚まんと焼き芋を並べた。
「雪音っち、それでどうだったのー?」
「うん、ちゃんと話して、秋ちゃんに相談してた通りにすることにしたよ」
「おー、そっかー。雪音っちが決めたことだからね、うん、いいと思うー」
「ありがとう、秋ちゃん」
「わたしは、なにもしてないよー。たまに食べ物買ってくるくらいー」
「そんなことないよ。たくさん相談に乗ってもらったもん」
「いやー、雪音っちの話を聞いてただけだよー」
「でも、秋ちゃんの存在には助けられたよ」
「そっかー、そう言われると照れるなー」
「うふふ。ありがとう」
「どーいたしましてー」
秋は、豚まんを美味しそうに頬張っていた。
その姿を見ながら、雪音は焼き芋を味わう。
春休みに入ってからも、雪音は秋やマリー、倫、璃空とショッピングエリアへ出かけるなど、楽しい時間を過ごした。
3月30日には、部屋の片付けも済ませ、宅配業者に荷物を預ける。
「この部屋で過ごすのも最後だね。1年間お世話になりました」
日付は変わり、3月31日の朝を迎える。
春の訪れを感じさせるような、ぽかぽかした陽気。
「よし、行こう」
部屋を出て、学校内の管理センターへ向かう。
担当者に学生証を提示し、退去手続きを済ませると、部屋の鍵と学校支給のスマホを返却した。
残っていたスクールペイポイントは、外部で使用可能な決済用カードに即時チャージされる。
1年間、雪音が積み重ねてきた評価の数字も、これで終わりを迎えた。
フローティングアイランドの出入口へ向かって歩く。
何度も通ったショッピングエリアを抜けると、その先には外へ続くゲートがあった。
係員にパスを手渡すと、静かにゲートが開く。
「1年ぶりの外…なんか不思議な感じがするね」
フローティングアイランドに架かる橋の歩道をゆっくり歩き、渡り切った先のバス停を目指す。
「1年、たった1年だったけど、いい経験ができたよね」
「流されて、近ネクにきたけど、今は流されずに自分の足で出てこれたもん」
「わたし、少しだけ成長したよね」
バス停に着き、時刻表を見ていると、ちょうどバスがやってきた。
「これ、駅に行くみたいね」
バスに乗り、駅へと向かう。
運賃は、チャージされた決済用カードで支払った。
駅に到着すると、電車の時間を確認する。
ちょうど間もなく発車する電車があり、雪音はホームへ向かった。
「おばあちゃんに会うのも1年ぶりだね」
「なんか緊張しちゃうな」
駅を出ると、見慣れた街並みが広がっていた。
1年前と変わらない景色の中を歩きながら、雪音はおばあちゃんが待つ家へ向かう。
「おばあちゃん、ただいま」
「雪音、おかえり。あんた少し痩せたんじゃない?」
「そうかな?変わってないと思うけど、少し痩せたのかな?」
「1年で少し大人になったのかもね、雪音も」
「うふふ、そうかもね」
「今日は雪音の好きなハンバーグとオムライス作ってあるよ」
「わぁ、嬉しい、おばあちゃん」
「たくさん食べて、今日はゆっくり休みなさい」
「うん」
「先にお風呂入んな」
「わかった、おばあちゃん」
放課後は時間を見つけて図書室で進路について調べたり、部屋に戻ってからもスマホで検索したりと、これまでの雪音とは明らかに異なる行動。
時には秋に相談し、自分の考えを言葉にしてみることもあった。担任の堂前とも何度か時間を作ってもらい話を重ね、そのたびに「下久保さんが決めたことなら応援するよ」と背中を押される。
そうして何度も自問自答を繰り返した末、1年次修了式を迎える頃には、雪音の中で答えが形になり始めていた。
3月19日、1年次修了式も終わり、放課後は堂前と面談ルームへ。
「下久保さんとここでお話するのも、もう5回目ですね」
「はい、堂前先生には、何度もお時間作っていただき感謝しています」
「そんなことは気にしないでね、下久保さん。生徒のために時間を作るなんて、教師としては当たり前のことですからね」
「ありがとうございます、堂前先生」
「それで、下久保さんの気持ちは変わらない?ちゃんと前に進めそう?」
「はい、わたしなりに色々調べて、納得した上での結論です」
「そうなのね。下久保さんの決意は固いようなので、このまま話を進めましょう」
「はい、よろしくお願いします」
「では、一度おばあ様と話してみましょうか」
堂前は、教師用スマホを取り出し、電話をかける。
「もしもし、下久保様でしょうか。わたくし、近未来ネクスト人材開発高等学校で雪音さんの担任をしている堂前と申します」
「はい、はい、では、雪音さんと代わりますね」
堂前は、スマホを雪音に手渡す。
「おばあちゃん、久しぶり、雪音」
「うん、そう、ごめんね」
「わかった、ありがとう。先生に代わるね」
雪音は会釈をしながら、スマホを堂前に渡す。
「はい、ありがとうございます。それでは、失礼いたします」
堂前は、スマホをテーブルに置いた。
「おばあ様のご理解は得られましたね」
「はい、わたしが決めたことなら、好きにしなさいって言ってくれました」
「そうですか、それなら下久保さんも、心置きなく前に進めますね」
「はい、色々と相談に乗ってくださり、ありがとうございました、堂前先生」
「いいんですよ。生徒の成長をどんな形であれ、見守ることができたのは、わたしにとっても嬉しいことですからね。下久保さんが進もうとしている道は、決して平坦ではなく険しいものになると思います。どうか無理はしないようにしてください。陰ながら、見守っていますからね」
「はい、自分で決めたことなので、諦めずに最後まで頑張ります」
「そうですね。今の下久保さんなら、きっと大丈夫でしょう。では、手続きの方は、こちらで進めておきますね」
「よろしくお願いします」
面談ルームをあとにし、校舎から住居エリアへ。
エレベーターに乗り部屋に帰ってくると、いつも通り制服をハンガーにかけた。
「この制服も着納めだったね…」
「けっこう可愛くて、好きだったかも、うふふ」
「少しだけ、片付けしておこうかな」
雪音は、部屋の中を掃除しながら、季節外れの服や使わなくなった雑貨を段ボールに入れていく。
部屋着のポケットで、スマホが一瞬震えた。
久我山秋(4クラス):雪音っち、帰ってきてる?
下久保雪音(1クラス):うん、帰ってるよ
久我山秋(4クラス):そっかー、これからいくー
下久保雪音(1クラス):わかった、待ってるね
片付けの続きをしていると、部屋のチャイムが鳴った。
「秋ちゃんかな」
ドアのロックを解除して、開けると秋が立っていた。
「雪音っち、きたよー」
「秋ちゃん、入って入って」
「これ、買ってきたー、一緒に食べよー」
秋は、紙袋を開け、豚まんと焼き芋を見せてきた。
「秋ちゃん、豚まん好きだね」
「うん、ここの豚まん美味しいからねー」
「そうだね、ほんと美味しいよね」
「でしょー」
秋と雪音はテーブルを挟んで向かい合い、豚まんと焼き芋を並べた。
「雪音っち、それでどうだったのー?」
「うん、ちゃんと話して、秋ちゃんに相談してた通りにすることにしたよ」
「おー、そっかー。雪音っちが決めたことだからね、うん、いいと思うー」
「ありがとう、秋ちゃん」
「わたしは、なにもしてないよー。たまに食べ物買ってくるくらいー」
「そんなことないよ。たくさん相談に乗ってもらったもん」
「いやー、雪音っちの話を聞いてただけだよー」
「でも、秋ちゃんの存在には助けられたよ」
「そっかー、そう言われると照れるなー」
「うふふ。ありがとう」
「どーいたしましてー」
秋は、豚まんを美味しそうに頬張っていた。
その姿を見ながら、雪音は焼き芋を味わう。
春休みに入ってからも、雪音は秋やマリー、倫、璃空とショッピングエリアへ出かけるなど、楽しい時間を過ごした。
3月30日には、部屋の片付けも済ませ、宅配業者に荷物を預ける。
「この部屋で過ごすのも最後だね。1年間お世話になりました」
日付は変わり、3月31日の朝を迎える。
春の訪れを感じさせるような、ぽかぽかした陽気。
「よし、行こう」
部屋を出て、学校内の管理センターへ向かう。
担当者に学生証を提示し、退去手続きを済ませると、部屋の鍵と学校支給のスマホを返却した。
残っていたスクールペイポイントは、外部で使用可能な決済用カードに即時チャージされる。
1年間、雪音が積み重ねてきた評価の数字も、これで終わりを迎えた。
フローティングアイランドの出入口へ向かって歩く。
何度も通ったショッピングエリアを抜けると、その先には外へ続くゲートがあった。
係員にパスを手渡すと、静かにゲートが開く。
「1年ぶりの外…なんか不思議な感じがするね」
フローティングアイランドに架かる橋の歩道をゆっくり歩き、渡り切った先のバス停を目指す。
「1年、たった1年だったけど、いい経験ができたよね」
「流されて、近ネクにきたけど、今は流されずに自分の足で出てこれたもん」
「わたし、少しだけ成長したよね」
バス停に着き、時刻表を見ていると、ちょうどバスがやってきた。
「これ、駅に行くみたいね」
バスに乗り、駅へと向かう。
運賃は、チャージされた決済用カードで支払った。
駅に到着すると、電車の時間を確認する。
ちょうど間もなく発車する電車があり、雪音はホームへ向かった。
「おばあちゃんに会うのも1年ぶりだね」
「なんか緊張しちゃうな」
駅を出ると、見慣れた街並みが広がっていた。
1年前と変わらない景色の中を歩きながら、雪音はおばあちゃんが待つ家へ向かう。
「おばあちゃん、ただいま」
「雪音、おかえり。あんた少し痩せたんじゃない?」
「そうかな?変わってないと思うけど、少し痩せたのかな?」
「1年で少し大人になったのかもね、雪音も」
「うふふ、そうかもね」
「今日は雪音の好きなハンバーグとオムライス作ってあるよ」
「わぁ、嬉しい、おばあちゃん」
「たくさん食べて、今日はゆっくり休みなさい」
「うん」
「先にお風呂入んな」
「わかった、おばあちゃん」

