箱庭の飛べない小鳥たち

5月1日、晴れた日の朝、いつも通りHRが始まる。

キーンコーンカーンコーン──

教室前方のスライドドアが静かに開き、担任の野々村香織が入ってくる。

「1ヶ月が経過したが、お前ら慣れたか?」

30人編成の教室は、少しざわついているが、入学当初ほど緊張感は感じられない。
野々村の話を真剣に聞く者、スマホをいじっている者、後ろを向いて生徒同士でおしゃべりする者など、
様々な反応が見られる。

「1年前期は、まだクラス替えもないから、慣れるなら今のうちだぞ」

野々村は不敵な笑みを浮かべながら、クラス内を見渡していた。

「入学時に配布した生徒総則は熟読したんだろうな?
まぁ、読んでなくてもわたしには関係のないことだが…」

「先生、後期…10月にはクラス替えあるんですよね?」

1-2クラスで、中心人物になりかけている黛光太郎が野々村に問いかける。

「あぁ、そうだ、クラス替えはあるな。それがどうかしたのか?」

「いえ、確認までに聞いただけです」

「成績によって、クラスは変更する。生徒総則にも記載があったと思うが」

「はい、ありがとうございます。野々村先生」

光太郎は、周囲に目配せをしたのち椅子に座る。

「じゃ、連絡は以上だ。」

野々村は、教壇の上に置いたタブレットを手に取り教室をあとにした。
パタンッとドアが閉まる音を合図に、教室のあちこちでスマホの操作音が響く。

授業中にも、近未来ネクスト人材開発高等学校専用プラットフォーム『Nex Star』の投稿を仕込むための下書きチェック。
休み時間のたびに、ライブ配信専用プラットフォーム『Nex Real Live』のスケジュール調整。
さらには、放課後のロケハンに向けた相談など、HR以降は教室が静かになることはなかった。

「ねぇ、雪音。これから、あそこ行ってみない?」

下久保雪音に声をかけてきたのは、佐藤真央。
屈託のない笑顔で、人気のあるライバーだ。

「あぁ、あそこ人気あって混んでるんじゃない?」

「まぁ、そうなんだけど…」

「真央ちゃんはライブ配信するんでしょ?」

「うん、でも、20時からだし、時間あるよ」

「そうなんだ、とりあえず、行ってみようか」

「そうしよう」

「真央と雪音は、あそこ行くの?」

下久保雪音と佐藤真央に声をかけてきたのは、中条めぐみ。
ネクスタ投稿をメインに活動している生徒だ。

3人で教室をあとにし、学校エリアから、ショッピングエリアへと進む。
近未来ネクスト人材開発高等学校は、外界と切り離されており、港湾部に橋一本だけで繋がるフローティングアイランド。
学校、住居、ショッピング、スポーツ、アミューズメント、メディカル、など複数のエリアに区画がわかれている。

莫大な費用をかけて建造されたフローティングアイランドは、次世代の人材を開発するための専門校だ。
国内最大手SNS企業『サイバーネクスト社』と国が威信をかけた官民一体事業。

「雪音、ネクスタのフォロワー増えた?」

「めぐみちゃんみたいに上手くはいかないよ」

「わたしだって、ぜんぜんだよ。真央のネクリアの方がすごいじゃん」

「そんなことないよ…きっと5クラスには及ばないしさ…」

「まぁ、そうだね」

真央とめぐみは、歩きながらがっくりと肩を落とす。
ショッピングエリアを抜けた先に、映え目的のために作られたエリアがある。

夕日や朝日を計算して作られたオブジェは、近ネクでも話題のスポットになっていた。
この映えスポットには、放課後に生徒が押し寄せる。ネクスタとネクリアの投稿に欠かせない場所だ。

「おーい、中条!」

少し離れた場所で、元気いっぱい手を振る黒田皇紀。
その元気さで、クラスのムードメーカー的存在になっている。

「黒田くん、きてたんだ」

「おう、中条と佐藤に下久保、おつかれ」

「おつかれ黒田くん」

真央も皇紀に声をかけた。

「おつかれさまです、黒田くん」

「下久保は、相変わらず硬いな。もっとリラックスしなきゃ」

「う、うん…」

「人気ライバーの佐藤がいるなら、ネクスタの投稿ネタお願いしたいな」

「あはっ、人気ライバーなんておこがましいよ」

「いやいや、なにを仰るんですか佐藤さん」

「今日は、いつもより人も少ないし、あそこでネタ用の撮影お願い佐藤」

「まぁ、いいけどさ」

「あざっす」

真央に90度のお辞儀をする皇紀。

「雪音、めぐみ、ごめん。ちょっと行ってくるね」

「うん、いってらっしゃい」

めぐみは、真央と皇紀の背中に手を振る。

「ねぇ、めぐみちゃん」

「どした、雪音」

「わたし、フォロワーも増えないし…どうしたらいいんだろ。このままだと…」

「前期はクラス替えないんだからさ、色々試してみればいいんだよ」

「そうなのかな…」

「雪音は可愛いんだし、頭もいいんだからさ、もう少し自信もちなって」

バシッ、めぐみが雪音の背中を叩く。

「いたっ…痛いよめぐみちゃん」

「ごめん、強く叩きすぎた。あはは」

「めぐみちゃんはネクスタの投稿すごいでしょ」

「わたしだって、すごくはないよ。ただ、できるだけマメに投稿してるだけ」

「そうなんだ。生徒同士のフォローってできないから、投稿も見れないし」

「うん、そうだね。でも、他の子の動き見てれば、どんな投稿してるのかって想像できるでしょ」

「あっ、そうなの」

「雪音ちゃん、もっと周り見なきゃだぞ」

「うん、わかった…めぐみちゃん」

撮影を終えた真央と皇紀が戻ってくる。

「中条、下久保、佐藤借りてごめんな。お陰でよいもの撮れたよ。また、明日な」

皇紀は3人に手を振り、意気揚々とショッピングエリアの方に歩いて行った。

「雪音とめぐみは撮影したの?」

「あっ、してないね雪音」

「うん、めぐみちゃんと話しててすっかり忘れてた」

「じゃ、せっかくだし3人で撮ろうよ」

3人で交代交代、納得のいくまで撮影。

「雪音、こんだけ撮ったらいいんじゃない」

真央が満面の笑みで、親指を立てていた。

「うん、ありがとう。真央ちゃん、めぐみちゃん」

「よし、帰って編集するぞ。いこう、真央、雪音」

「真央は、帰ったらネクリアだね」

「うん、めぐみは編集するのね」

「そう、編集するよ。雪音はどうするの?」

「あっ、わたしは…」

「まさか、ネクリアだったりしてね」

真央がニヤニヤしながら、雪音の顔を覗き込む。

「ちょっとだけ、やってみようかなって…」

蚊の鳴くような小さな声で、雪音が答える。

「ほほう、いいね雪音。わたしのライバルになりそうだね」

「そっ、そんな、真央ちゃんのライバルになんて…」

「雪音は可愛いんだからさ、自信持ちなって」

「わたしと同じこと言ってる。あはは」

「でも、真央ちゃんもめぐみちゃんは美人だしスタイルもいいし…」

「雪音はさ、可愛いを武器にすればいいんだよ」

めぐみが、雪音の頭をポンポンなでる。

「そうだよ、雪音。可愛いは武器だよ」

反対側から、真央も雪音の頭をポンポンとなでた。

「可愛くなんてないよ、わたし」

「そんなこと言ったらダメだぞ」

真央は、口の前で人差し指を交差させバツマークを作る。

「まぁ、雪音がネクリアやるのは一歩前進かな」

「うんうん、そうだね」

真央とめぐみは、他人事ながら嬉しそうにしていた。

「雪音、ネクリアやっても、絶対に服脱いだり、服を捲ったりしたらダメだからね」

真央は真剣な表情。

「うん、わかった」

「高ポイントアイテム課金するからって言われても、絶対にダメだからね」

「うん」

「そういうことしてる人もいるらしいけど、雪音は絶対にしたらダメだぞ」

「わかった、真央ちゃん」

「よしよし、いい子だねー」

ショッピングエリアを抜け、学校エリアの隣にある住居エリアへ。
住居エリアには、生徒専用のマンション型寮が立ち並んでいる。

「雪音、めぐみ、また明日ね」

「うん、また明日」

めぐみは真央の背中に手を振る。

「真央ちゃん、また明日ね」

雪音も真央の背中に手を振った。
めぐみと同じ寮に入り、エレベーターで上階へ。

「雪音、じゃあね」

「また明日ね」

めぐみは7階で降りた。

エレベーターの⑩のランプが点灯し、ドアが開く。
部屋の前に行き、玄関のドアにスマホをかざす。

カチャッとロックが解除される音が鳴り、玄関に入る。
ローファーを脱いで、綺麗に揃え部屋の中へ。

部屋の電気をスマホ操作で点け、カーテンを閉め、デスクにスクールバッグを置いた。
制服を脱ぎ、皺にならないように丁寧にハンガーにかけ、下着のままシャワールームへ行く。

少しぬるめのお湯でシャワーを浴び、もこもこしたフリースの部屋着に着替え、ドライヤーで髪の毛を乾かす。
冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注ぎ、マーガリンの入ったロールパンをテーブルに置く。

「いただきます」

ささやかな夜ご飯を済ませ、デスクのバッグから、教科書やノートを取り出し、授業の復習した。
1時間ほど勉強をして、ベッドサイドにちょこんと座る。

「ふぅ…ライブ配信…わたしにできるのかな」

ベッドに仰向けで寝転がり、天井を見つめる。
スマホで時間を確認すると19:55。

「真央は、20:00から配信するっていってたよね」

ベッドからデスクへ移動し、スマホをスタンドにセット。

「ふぅ…ドキドキする」

スマホ画面のネクリアアプリを開く。
アプリが静かに立ち上がり、配信準備ボタンが浮かび上がる。

画面には、自分自身の姿が映っていた。

「あっ、こんな感じなんだね」

ライブ配信のタイトルを入力。

「えっと、初配信かな…初ライブ…どうしよう」

『初めてのライブ!緊張してます…』とタイトルを入力した。
そのまま、配信スタートボタンを押す。

視聴者が0人のまま、5分が過ぎた。

「なんか、緊張して損しちゃったな…えへへ」

視聴者が誰もいない画面に向かって、少し照れくさそうに呟いたその時。
画面の隅にある視聴者数が、静かに0から1へと変わった。

「あっ…あぅ…は、はじめまして」

緊張で声がでているのかも自分ではわからない。
もこもこしたフリースの襟元をギュッと握りしめる。

そうこうしているうちに、視聴者数は1から0へと戻った。

「あっ…いなくなっちゃった」

配信経過時刻は07:13と表示されている。

「7分経ったんだね、今は20:07くらいかな」

配信停止ボタンをそっと押した。

「7分くらいだったけど、配信できたよね」

スマホをスタンドから外し、デスクに置き、ベッドへ移動した。

「わたしにしては頑張ったよね」

ベッドに仰向けに寝転がる。

「真央ちゃんに言ったら、笑われるかな」

枕に顔を押し付ける。

「でも、配信してないって言ったら…」

ベッドの上で右に左に転がる。

「うん、配信はした。視聴者も1人いた。これでいいよね」

ベッドから降り、デスクの本棚から、小説を手に取って、ベッドに戻る。
うつ伏せで小説のしおり部分からめくり、続きを読み始めた。

1時間ほど、小説を読んでいると、意識が遠のいていく。
そのまま、ゆっくりと深いところへと沈んでいった。