目を開けると、記憶の中と同じような状態になっていて動揺する。
累寧は、稀凰の胡坐をかいた足の上に座らせられていて、彼の腕にしっかりと抱きかかえられていた。
一瞬戻れていないのかと思ったが、ここは池庭ではなく稀凰の部屋だ。やはりちゃんと戻れている。
(ど、どうしてこのような状態に?)
稀凰の腕に抱かれながら、累寧は動揺し固まっていた。
そんな彼女の手を稀凰は優しく撫でる。
異能を使い稀凰の記憶に入る前、累寧の手は凍り付いていた。そのまま軽い凍傷くらいは覚悟していたが、稀凰はすぐに自身の異能を制御できたのだろう。特に痛みを感じるようなことはなかった。
よかったと安堵した累寧だが、稀凰の方はよくなかったらしい。
「まったく、無茶をする……下手をすれば死んでいたのかもしれないんだぞ?」
僅かに怒りが混じる声音は、どこか震えている。見上げた顔は悲痛そうに歪んでいて、心配を掛けたのだとわかった。
普段であれば、いつも揶揄ってくる稀凰へ反撃しようと嫌味を返すところだが、流石に今はそのような気にはなれない。
代わりに微笑みを返す。
「死にませんよ。稀凰様は、私を殺さないでしょう?」
稀凰は人を拒絶するが、それは相手を守りたいと思うからこそだ。心の傷からくる恐怖を乗り越えさえすれば、むやみに人を傷つけることはない。
「当たり前だ」
そう言って大きなため息を吐いた稀凰は、優しく、だがしっかりと累寧を抱きしめる。
硬く力強い腕の感触に累寧は驚いた。犬猿の仲である相手だというのに、甘さが感じ取れるような触れ方にどうしてか鼓動が速まる。
「あ、あの、どうしました? なにか悪いものでも食べましたか? それとも熱でもありますか?」
稀凰の変化の理由がわからず、体調が悪いのではと推察する。
だが、稀凰はくすくすと笑うだけで腕を離そうとはしなかった。
「それはいつもの嫌味か? まあ、どちらでもいいが……」
流石に今は嫌味のつもりはなかったが、それでもかまわないと楽しそうに流してしまう稀凰にやはり困惑する。
(本当に、どうなさったの?)
疑問ばかりが頭に浮かぶ累寧の顔をのぞき込んだ稀凰は、普段は冷たい顔に早苗を思わせる柔らかな笑みを浮かべ語った。
「累寧どのは自覚がないのか? 君は、俺にとんでもないことをしてくれたんだぞ?」
「え!?」
とんでもないこととはなんだろうか。彼の心の傷を癒すようにと記憶に干渉はしたが、それ以外のことはしていないはずだ。
本気で驚き疑問に思っている累寧の耳元に、稀凰は唇を寄せる。
「人を拒絶するしかなかった俺に、人のぬくもりを教えてくれたんだ。凍らせていた心を、君は解かしてくれた」
睦言のように甘く惑わせる囁きに、頭の芯の部分が溶かされていくような感覚がした。
「そんな君への思いが変化したとしても、不思議はないだろう?」
くらくらとめまいに近いものを覚えながら、要領を得ない稀凰へ問いを返す。
「つまり?」
すると稀凰は、早苗と新を足して二で割ったような喜びに満ちた笑みを浮かべ告げる。
「つまり、今は君が愛しくてたまらないということだ」
「……」
冗談だろう。
思わず頭を抱えたくなった。
稀凰の心の傷を癒したのは、新が義父に拒絶されて泣かないようにするためなのと、重輝に稀凰をよく見て欲しいと頼まれたからだ。
けして、稀凰に好意を持ってもらうためではない。
大体、愛さないという契約だからこの結婚を了承したというのに、どうしてこうなったのか。
友愛や家族愛は理解できても、恋愛だけはさっぱりわからなかった。
恋情を向けてくる殿方たちの相手をするのが苦痛で、だからこその契約結婚だったはずなのに……。
「俺は、もう累寧どの無しでは生きていけない。契約違反になるが、愛してもいいだろうか」
今まで他の殿方から向けられてきたものより重い熱量を感じる恋情を受け、目まいがしてくる。
契約を反故にするなど冗談じゃない! と思うのに、稀凰が向けてくる感情を心の底から嫌だとは思っていない自分も自覚していた。
犬猿の仲だった相手の変化に戸惑い困惑するが、胸の奥が甘く騒めくのを感じる。この感情が何なのかはまだよくわからないが、嫌ではないということだけは理解していた。
思考を解かすような甘い囁きと、嫌ではないという事実からつい頷いてしまうと、稀凰は今まで見たこともないとろけるような笑みを見せる。
凶器にすらなりそうな笑顔に心臓をつかまれながら、累寧は早まったかもしれないと少々思い悩むことになった。
了
累寧は、稀凰の胡坐をかいた足の上に座らせられていて、彼の腕にしっかりと抱きかかえられていた。
一瞬戻れていないのかと思ったが、ここは池庭ではなく稀凰の部屋だ。やはりちゃんと戻れている。
(ど、どうしてこのような状態に?)
稀凰の腕に抱かれながら、累寧は動揺し固まっていた。
そんな彼女の手を稀凰は優しく撫でる。
異能を使い稀凰の記憶に入る前、累寧の手は凍り付いていた。そのまま軽い凍傷くらいは覚悟していたが、稀凰はすぐに自身の異能を制御できたのだろう。特に痛みを感じるようなことはなかった。
よかったと安堵した累寧だが、稀凰の方はよくなかったらしい。
「まったく、無茶をする……下手をすれば死んでいたのかもしれないんだぞ?」
僅かに怒りが混じる声音は、どこか震えている。見上げた顔は悲痛そうに歪んでいて、心配を掛けたのだとわかった。
普段であれば、いつも揶揄ってくる稀凰へ反撃しようと嫌味を返すところだが、流石に今はそのような気にはなれない。
代わりに微笑みを返す。
「死にませんよ。稀凰様は、私を殺さないでしょう?」
稀凰は人を拒絶するが、それは相手を守りたいと思うからこそだ。心の傷からくる恐怖を乗り越えさえすれば、むやみに人を傷つけることはない。
「当たり前だ」
そう言って大きなため息を吐いた稀凰は、優しく、だがしっかりと累寧を抱きしめる。
硬く力強い腕の感触に累寧は驚いた。犬猿の仲である相手だというのに、甘さが感じ取れるような触れ方にどうしてか鼓動が速まる。
「あ、あの、どうしました? なにか悪いものでも食べましたか? それとも熱でもありますか?」
稀凰の変化の理由がわからず、体調が悪いのではと推察する。
だが、稀凰はくすくすと笑うだけで腕を離そうとはしなかった。
「それはいつもの嫌味か? まあ、どちらでもいいが……」
流石に今は嫌味のつもりはなかったが、それでもかまわないと楽しそうに流してしまう稀凰にやはり困惑する。
(本当に、どうなさったの?)
疑問ばかりが頭に浮かぶ累寧の顔をのぞき込んだ稀凰は、普段は冷たい顔に早苗を思わせる柔らかな笑みを浮かべ語った。
「累寧どのは自覚がないのか? 君は、俺にとんでもないことをしてくれたんだぞ?」
「え!?」
とんでもないこととはなんだろうか。彼の心の傷を癒すようにと記憶に干渉はしたが、それ以外のことはしていないはずだ。
本気で驚き疑問に思っている累寧の耳元に、稀凰は唇を寄せる。
「人を拒絶するしかなかった俺に、人のぬくもりを教えてくれたんだ。凍らせていた心を、君は解かしてくれた」
睦言のように甘く惑わせる囁きに、頭の芯の部分が溶かされていくような感覚がした。
「そんな君への思いが変化したとしても、不思議はないだろう?」
くらくらとめまいに近いものを覚えながら、要領を得ない稀凰へ問いを返す。
「つまり?」
すると稀凰は、早苗と新を足して二で割ったような喜びに満ちた笑みを浮かべ告げる。
「つまり、今は君が愛しくてたまらないということだ」
「……」
冗談だろう。
思わず頭を抱えたくなった。
稀凰の心の傷を癒したのは、新が義父に拒絶されて泣かないようにするためなのと、重輝に稀凰をよく見て欲しいと頼まれたからだ。
けして、稀凰に好意を持ってもらうためではない。
大体、愛さないという契約だからこの結婚を了承したというのに、どうしてこうなったのか。
友愛や家族愛は理解できても、恋愛だけはさっぱりわからなかった。
恋情を向けてくる殿方たちの相手をするのが苦痛で、だからこその契約結婚だったはずなのに……。
「俺は、もう累寧どの無しでは生きていけない。契約違反になるが、愛してもいいだろうか」
今まで他の殿方から向けられてきたものより重い熱量を感じる恋情を受け、目まいがしてくる。
契約を反故にするなど冗談じゃない! と思うのに、稀凰が向けてくる感情を心の底から嫌だとは思っていない自分も自覚していた。
犬猿の仲だった相手の変化に戸惑い困惑するが、胸の奥が甘く騒めくのを感じる。この感情が何なのかはまだよくわからないが、嫌ではないということだけは理解していた。
思考を解かすような甘い囁きと、嫌ではないという事実からつい頷いてしまうと、稀凰は今まで見たこともないとろけるような笑みを見せる。
凶器にすらなりそうな笑顔に心臓をつかまれながら、累寧は早まったかもしれないと少々思い悩むことになった。
了



