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大人になってからのほうが人生の時間は長いのだと気付いたとき、埜瀬朋樹は絶望した。高校二年生になって、ようやくそれを理解したのかと、自嘲する。
シャープペンシルの芯が折れた。もともと強い筆圧を、無意識のうちにもっと強めてしまっていたらしい。高校の入学祝いで、親にねだって買ってもらった高級シャープペンシルを、朋樹は好んでずっと使っている。
替え芯の硬さも濃さも決まっていて、筆箱の中でほかの安いペンと触れ合わないよう、わざわざ布製の細いケースに入れていた。自分でもこだわりすぎていると思う。けれど、そういうこだわりをひとつ持っているだけで、高校生になった自分が中学生のころとはちがう人間になったような気がしたのも事実だった。
入学祝いにそれを買ってもらった日、母は、これで勉強頑張らなきゃね、と言った。父は隣で、あまり高いものを買わせるなよ、と言いながら、結局は財布を出した。ふたりとも嬉しそうだった。朋樹が、自分から勉強に使うものを欲しがったからだと思う。
中学のころの朋樹は、成績が悪いわけではなかったが、なにかに打ち込んでいると言えるほどでもなかった。部活もほどほどで、友人関係もほどほどで、テスト前だけ一応机に向かうような、どこにでもいる少年だった。その自分が、高校では頑張ると言い、高い文房具を欲しがった。親にとっては、それだけでなにかが始まったように見えたのだろうし、朋樹自身もそのときは、なにか特別なことが始まるような高揚感を抱いていた。あれは、希望というものだったのだろうか。
実際、最初のうちはうまくいっていた。新しい制服、新しい教室、新しい教科書、新しいシャープペンシル。なにもかもが中学のころより重く、大人びて見えた。
ノートの最初のページに日付を書いたとき、自分はちゃんと高校生になったのだと思えた。
勉強は嫌いではなかった。少なくとも、答えがあるうちは嫌いではなかった。問題文を読み、条件を整理し、公式を当てはめ、答えにたどり着く。その道筋には無駄がなく、迷ったとしても、最後には正誤が示される。間違っていれば直せばいい。合っていれば次へ進めばいい。そうやって進んでいけることが、朋樹にとっては快感だった。
高校二年の夏休みに入って、学校主催の夏期講習の教室で問題集を開いたまま、朋樹はようやく気付いてしまった。勉強は次へ進むためのものだとずっと言われてきたが、その次の先にもまた次があり、そこを抜けてもさらに次がある。志望校を決めるために勉強する。大学に入るために勉強する。大学に入れば就職のために勉強する。就職すれば仕事のために技術を覚え、慣れ、耐え、周囲に合わせ、評価されるために自分を整え続けるのだろう。大人たちは、いま頑張れば選択肢が増えると言う。だが、朋樹にはそれが、より正しい道から外れにくくなるという意味にしか聞こえなくなっていた。
選べる道が増えるのではなく、選ばなければならない道が増えていく。
夏期講習で開放されている教室は、有志で集まった同級生たちが肩を並べている。
普段は別の生徒のものとして使われている机と椅子を一日使用するのは、なんだか余所の家に忍び込んでいるような気がして、なんだか落ち着かない。
黒板の右上には、昨日の帰り際に誰かが書いたらしい「模試まで二十三日」という文字がうっすら残っている。
二十三日ある、とは誰も言わない。二十三日しかない、とみんなが思っている。夏休みもそうだった。高校生活もそうだった。十七歳でいられる時間も、まだあるのではなく、もう減っているものとして数えられている。では、その先にある長い長い大人の時間は、何として数えればいいのだろう。残り時間なのか、労働年数なのか、寿命なのか。そんなことを考えながら、朋樹は折れた芯の先を指で払おうとして、結局そのままにした。
問題集には、条件を満たす最大値と最小値を求めよ、と書かれていた。朋樹は途中式を見直す。計算は間違っていない。あとは答えを書くだけだった。だが、その答えを書くことになんの意味があるのかと思った途端、頭の中に浮かんでいた数式は、跡形もなく飛散した。
意味など考えなくても答えればいいのだ。問題は問題であり、人生ではない。数学の解答欄に人生の意味など求めるほうがおかしい。そう切り分けることができればよかった。
数学教師の升富は昨日の続きから説明を始めた。
黒板に二次関数の式を書き、範囲が指定されている場合の最大値と最小値について、丁寧だが抑揚の少ない声で話した。朋樹はノートを開き、シャープペンシルを持ち直した。
升富の説明は理解できた。放物線の軸が範囲の中にあるとき、端点と頂点を比べる。範囲の外にあるときは、端点だけを比べる。場合を分ければ答えは出る。条件さえはっきりしていれば、最大も最小も決まる。朋樹はそのことを考えながら、人生にも範囲があればいいのに、と思った。ここからここまでと範囲が与えられ、その中で最大値と最小値を求めればいいだけなら、どれほど楽だろう。
現実には、どこからどこまでを自分の人生と呼べばいいのかさえ、誰も教えてくれない。高校生活だけを見ればいいのか、受験までを見ればいいのか、大学までか、就職までか、老後までか。範囲がわからないまま、最大値を求めろと言われているようなものだった。
閉め切った窓の向こうから、金属の乾いた音が聞こえた。バットにボールが当たる音だった。続いて、短い掛け声が届いてくる。冷房の効いた教室に座っていると、外の暑さは窓ガラスの向こうに押しやられているように見えるのに、野球部の声は、その境目を簡単に越えてきた。朋樹は黒板を見たまま、同じ学校の、同じ夏休みの、同じ時間にいるはずの彼らが、どうしてあちら側で白いユニフォームを汚し、自分はこちら側で数学Ⅰの復習問題を前に止まっているのだろうと思った。
強制されたわけではない。夏期講習への参加は希望制だった。申し込み用紙に名前を書いたのは朋樹自身で、母に言われたからでも、担任に命じられたからでもない。
受験を考えるなら出ておいたほうがいいと思い、二年の夏を無駄にしないために、自分でここへ来ることを選んだ。そのはずなのに、外から聞こえる掛け声を聞いていると、朋樹には、自分だけが見えないものに背中を押されてこの席に座らされているような気がした。
野球部の生徒たちだって、野球が好きなだけで練習しているわけではないのかもしれない。
朝から走らされ、汗をかき、監督に叱られ、レギュラー争いをして、勝てなければ夏が終わる。あちらにもあちらのつらさがあることくらい、朋樹にもわかる。
だが、少なくとも彼らには、いま自分たちが何に向かって身体を動かしているのかが見えているのだと思えた。
大会がある。試合がある。勝ち負けがある。打てたか、走れたか、捕れたか、目に見える形で今日の意味が返ってくる。こちらには、模試まで二十三日という数字と、志望校というまだ輪郭の曖昧な言葉と、いつか役に立つという大人たちの説明だけがある。
自分で選んでここにいるのに、その自分で選んだという事実が、逃げ道をふさいでいた。誰かに無理やり座らされたのなら文句も言えただろう。だが、朋樹は自分で申し込んだ。自分で選び、自分で来て、自分で止まっている。だからこそ、ここから立ち止まってしまったことを、誰のせいにもできなかった。
大人になってからのほうが人生の時間は長いのだと気付いたとき、埜瀬朋樹は絶望した。高校二年生になって、ようやくそれを理解したのかと、自嘲する。
シャープペンシルの芯が折れた。もともと強い筆圧を、無意識のうちにもっと強めてしまっていたらしい。高校の入学祝いで、親にねだって買ってもらった高級シャープペンシルを、朋樹は好んでずっと使っている。
替え芯の硬さも濃さも決まっていて、筆箱の中でほかの安いペンと触れ合わないよう、わざわざ布製の細いケースに入れていた。自分でもこだわりすぎていると思う。けれど、そういうこだわりをひとつ持っているだけで、高校生になった自分が中学生のころとはちがう人間になったような気がしたのも事実だった。
入学祝いにそれを買ってもらった日、母は、これで勉強頑張らなきゃね、と言った。父は隣で、あまり高いものを買わせるなよ、と言いながら、結局は財布を出した。ふたりとも嬉しそうだった。朋樹が、自分から勉強に使うものを欲しがったからだと思う。
中学のころの朋樹は、成績が悪いわけではなかったが、なにかに打ち込んでいると言えるほどでもなかった。部活もほどほどで、友人関係もほどほどで、テスト前だけ一応机に向かうような、どこにでもいる少年だった。その自分が、高校では頑張ると言い、高い文房具を欲しがった。親にとっては、それだけでなにかが始まったように見えたのだろうし、朋樹自身もそのときは、なにか特別なことが始まるような高揚感を抱いていた。あれは、希望というものだったのだろうか。
実際、最初のうちはうまくいっていた。新しい制服、新しい教室、新しい教科書、新しいシャープペンシル。なにもかもが中学のころより重く、大人びて見えた。
ノートの最初のページに日付を書いたとき、自分はちゃんと高校生になったのだと思えた。
勉強は嫌いではなかった。少なくとも、答えがあるうちは嫌いではなかった。問題文を読み、条件を整理し、公式を当てはめ、答えにたどり着く。その道筋には無駄がなく、迷ったとしても、最後には正誤が示される。間違っていれば直せばいい。合っていれば次へ進めばいい。そうやって進んでいけることが、朋樹にとっては快感だった。
高校二年の夏休みに入って、学校主催の夏期講習の教室で問題集を開いたまま、朋樹はようやく気付いてしまった。勉強は次へ進むためのものだとずっと言われてきたが、その次の先にもまた次があり、そこを抜けてもさらに次がある。志望校を決めるために勉強する。大学に入るために勉強する。大学に入れば就職のために勉強する。就職すれば仕事のために技術を覚え、慣れ、耐え、周囲に合わせ、評価されるために自分を整え続けるのだろう。大人たちは、いま頑張れば選択肢が増えると言う。だが、朋樹にはそれが、より正しい道から外れにくくなるという意味にしか聞こえなくなっていた。
選べる道が増えるのではなく、選ばなければならない道が増えていく。
夏期講習で開放されている教室は、有志で集まった同級生たちが肩を並べている。
普段は別の生徒のものとして使われている机と椅子を一日使用するのは、なんだか余所の家に忍び込んでいるような気がして、なんだか落ち着かない。
黒板の右上には、昨日の帰り際に誰かが書いたらしい「模試まで二十三日」という文字がうっすら残っている。
二十三日ある、とは誰も言わない。二十三日しかない、とみんなが思っている。夏休みもそうだった。高校生活もそうだった。十七歳でいられる時間も、まだあるのではなく、もう減っているものとして数えられている。では、その先にある長い長い大人の時間は、何として数えればいいのだろう。残り時間なのか、労働年数なのか、寿命なのか。そんなことを考えながら、朋樹は折れた芯の先を指で払おうとして、結局そのままにした。
問題集には、条件を満たす最大値と最小値を求めよ、と書かれていた。朋樹は途中式を見直す。計算は間違っていない。あとは答えを書くだけだった。だが、その答えを書くことになんの意味があるのかと思った途端、頭の中に浮かんでいた数式は、跡形もなく飛散した。
意味など考えなくても答えればいいのだ。問題は問題であり、人生ではない。数学の解答欄に人生の意味など求めるほうがおかしい。そう切り分けることができればよかった。
数学教師の升富は昨日の続きから説明を始めた。
黒板に二次関数の式を書き、範囲が指定されている場合の最大値と最小値について、丁寧だが抑揚の少ない声で話した。朋樹はノートを開き、シャープペンシルを持ち直した。
升富の説明は理解できた。放物線の軸が範囲の中にあるとき、端点と頂点を比べる。範囲の外にあるときは、端点だけを比べる。場合を分ければ答えは出る。条件さえはっきりしていれば、最大も最小も決まる。朋樹はそのことを考えながら、人生にも範囲があればいいのに、と思った。ここからここまでと範囲が与えられ、その中で最大値と最小値を求めればいいだけなら、どれほど楽だろう。
現実には、どこからどこまでを自分の人生と呼べばいいのかさえ、誰も教えてくれない。高校生活だけを見ればいいのか、受験までを見ればいいのか、大学までか、就職までか、老後までか。範囲がわからないまま、最大値を求めろと言われているようなものだった。
閉め切った窓の向こうから、金属の乾いた音が聞こえた。バットにボールが当たる音だった。続いて、短い掛け声が届いてくる。冷房の効いた教室に座っていると、外の暑さは窓ガラスの向こうに押しやられているように見えるのに、野球部の声は、その境目を簡単に越えてきた。朋樹は黒板を見たまま、同じ学校の、同じ夏休みの、同じ時間にいるはずの彼らが、どうしてあちら側で白いユニフォームを汚し、自分はこちら側で数学Ⅰの復習問題を前に止まっているのだろうと思った。
強制されたわけではない。夏期講習への参加は希望制だった。申し込み用紙に名前を書いたのは朋樹自身で、母に言われたからでも、担任に命じられたからでもない。
受験を考えるなら出ておいたほうがいいと思い、二年の夏を無駄にしないために、自分でここへ来ることを選んだ。そのはずなのに、外から聞こえる掛け声を聞いていると、朋樹には、自分だけが見えないものに背中を押されてこの席に座らされているような気がした。
野球部の生徒たちだって、野球が好きなだけで練習しているわけではないのかもしれない。
朝から走らされ、汗をかき、監督に叱られ、レギュラー争いをして、勝てなければ夏が終わる。あちらにもあちらのつらさがあることくらい、朋樹にもわかる。
だが、少なくとも彼らには、いま自分たちが何に向かって身体を動かしているのかが見えているのだと思えた。
大会がある。試合がある。勝ち負けがある。打てたか、走れたか、捕れたか、目に見える形で今日の意味が返ってくる。こちらには、模試まで二十三日という数字と、志望校というまだ輪郭の曖昧な言葉と、いつか役に立つという大人たちの説明だけがある。
自分で選んでここにいるのに、その自分で選んだという事実が、逃げ道をふさいでいた。誰かに無理やり座らされたのなら文句も言えただろう。だが、朋樹は自分で申し込んだ。自分で選び、自分で来て、自分で止まっている。だからこそ、ここから立ち止まってしまったことを、誰のせいにもできなかった。



