俺と翔次は、物心つく頃くらいからの幼馴染、らしい。出会いなんて覚えてないから、あいつに対しての第一印象は語れない。向こうもきっとそうだろう。いつのまにか、なにをするにも一緒に行動してて。当たり前のように平日休日祝日関係なしに、年がら年中、毎日ちょっとした瞬間に顔を合わせている。
そんな翔次に、俺はいつからか幼馴染としてじゃない、特別な感情を抱きはじめた。浩人同然の兄弟、家族という枠組みになりうるほど翔次とともに過ごしていて。だから俺はその感情が、家族としての感情だと最初のうちは思っていた。だけど、なんか違う。浩人に対して感じたことのないどきどき。妙に皮膚の下ぜんぶがじわっと熱くなったり、きゅんって胸の奥が締めつけられるような感覚が、年々、翔次を見ていると増えていく。会えないときにもふと、あいつは今なにしてんのかな、なんて考えてしまって……。
決定的に自覚したのは小三のとき。翔次が同級生の女子に告られてて、抱きつかれてるのをたまたま目にしたときだ。あとから恐る恐る聞いたらきっぱり断ったと言われて、あのとき心底ほっとしたんだよな。
俺は、翔次のことが好きだ。幼馴染、兄弟、家族としてじゃない。数あるなか最も特別とも言える。そんな輝かしい枠組みのひとつ。
ラブ、のほうで。翔次のことが好きだ。
◇
「関口は、吉田と同じ高校に進学すんの?」
関口とは俺のことで、吉田とは翔次のことだ。
二年のときに同じ教室になって、三年でも同じ教室になった北村が放課後になって俺のもとへ来るなり藪から棒に尋ねてきた。
俺が座っている窓際の最後尾の席は教室内をよく見渡せる。ほとんどの同級生が部活や塾、あるいは家へと帰ってしまった。北村は野球部の主将なんだけど、なぜかまだ教室に残っている。聞くところ「進路希望調査票を提出しに行ったが、記入漏れがあって突き戻されてしまった」のだと。北村の中学生らしからぬ、ごつい片手に握られたプリントがそれなんだろう。
「……なんかそれ、みんなに言われるんだけど」
「だってお前ら仲よしこよしじゃん。三年間。違う教室のくせに、毎日一緒に登下校しててさ」
「毎日じゃねぇよ」
「そんなもんだろ」
北村から視線を外して学級日誌に目を落とす。今日は俺が教室の日直当番だ。
ページをぱらぱらとめくっていくと、担任の澄川先生と生徒とのひとこと欄には進路や受験についてのことが、前回見たときと比べてだんだんと増えていっている。ある意味この日誌を通して、みんな同じく将来について悩みや期待を抱きながらがんばっているんだな。なんて。勇気づけられるというか。孤独な闘いじゃないんだなって。多彩な手書きの文字をついつい目で追って、自分の今やるべき仕事を後回しにしてまで読み耽ってしまう。
と、いけないいけない。仕事仕事。下書きのため、シャーペンのノックをカチカチ鳴らす。
「あいつとは、行き帰りの方向が一緒の幼馴染ってだけ」
そつなくあっさり返答してやると「ふぅん」と言いながら北村は俺の前の空席に腰かけたようで、ぎしっと椅子の軋む音がする。こっちに腰を捻って上体を向けているのか。日誌の上部、机上に、袖をまくったやたら筋肉質な褐色肌がどっしりと、突如として現れた。
「で。実のところ、高校は?」
「知らね」
「およ。知らない、とは?」
「そのまんまの意味。訊いてないから知らね」
「へぇ」
なーんか。含みのある低い「へぇ」だな。
なんて心に引っかかった。そしたら、
「吉田、今日も告られてたなぁ」
「はぁ?」
俺の筆圧に耐えかねたらしい。日誌の上であっけなくぽきっとシャー芯が折れた。
俺は顎を上げて北村の顔をまじまじと凝視する。
「知らん?」
「知らん。いつ?」
「掃除時間のとき」
「さっきじゃん」
翔次も、翔次に告った女子もしくは男子も、ついでに現場を見ていた北村も、真面目に掃除しろや。ちょっとむかつく。いや、うそ。だいぶ、かなり、超絶むかつく!
もういい。下書きせずボールペンで殴り書きだ。この鬱憤。どうか同級生の皆、受け止めてくれ。澄川先生、俺、清らかな青春がしたいです。
「いいよなぁ。女から寄ってくるイケメンモテモテ男。俺も高校生になったらモテまくりてぇなぁ」
「北村には無理だろ」
素っ気なく言ってやって、俺はふいっと日誌に視線を落とす。
「関口ぃ、慈悲深い殿方ぁ、哀れな平民の俺をなぐさめてくれ〜い」
「……はぁ。あー、よちよち。いいこでちゅねぇ」
「おう。イケメン吉田」
「おい」
俺は日誌を書きながら、ノールックの手探りで北村のじょりじょりした頭を撫でていた。案外触り心地いいそれから慌ててぱっと左手を引っ込め、ばっと振り向いた先に……確かに、誰もが認めるイケメンの翔次がいる。しかも後方扉からまっすぐ、教室の中央列の席を過ぎたあたりにまで迫ってて。ばっちり俺が北村の頭を撫でてたの見られてただろうし、俺と北村しか残ってない教室で会話もはっきり聞かれたかもしれない。
なんつうタイミング。恥ずかしすぎるだろ。にやりと口角を上げる北村が横目に映る。こいつ、翔次の存在に気づいてて俺を陥れやがったな。
北村は椅子から跳ねるように立ち上がって「んじゃね。マイスイートダーリン、また明日〜」なんて陽気に俺に挨拶すると翔次のほうへ向かってって「吉田くんのために椅子、あっためておきました〜」なんてげらげら笑っている。
誰が、お前の、スイートダーリン、だって? 北村のおしりのぬくもりなんか、翔次のおしりに必要ないわ。ばかやろう。
そんな翔次に、俺はいつからか幼馴染としてじゃない、特別な感情を抱きはじめた。浩人同然の兄弟、家族という枠組みになりうるほど翔次とともに過ごしていて。だから俺はその感情が、家族としての感情だと最初のうちは思っていた。だけど、なんか違う。浩人に対して感じたことのないどきどき。妙に皮膚の下ぜんぶがじわっと熱くなったり、きゅんって胸の奥が締めつけられるような感覚が、年々、翔次を見ていると増えていく。会えないときにもふと、あいつは今なにしてんのかな、なんて考えてしまって……。
決定的に自覚したのは小三のとき。翔次が同級生の女子に告られてて、抱きつかれてるのをたまたま目にしたときだ。あとから恐る恐る聞いたらきっぱり断ったと言われて、あのとき心底ほっとしたんだよな。
俺は、翔次のことが好きだ。幼馴染、兄弟、家族としてじゃない。数あるなか最も特別とも言える。そんな輝かしい枠組みのひとつ。
ラブ、のほうで。翔次のことが好きだ。
◇
「関口は、吉田と同じ高校に進学すんの?」
関口とは俺のことで、吉田とは翔次のことだ。
二年のときに同じ教室になって、三年でも同じ教室になった北村が放課後になって俺のもとへ来るなり藪から棒に尋ねてきた。
俺が座っている窓際の最後尾の席は教室内をよく見渡せる。ほとんどの同級生が部活や塾、あるいは家へと帰ってしまった。北村は野球部の主将なんだけど、なぜかまだ教室に残っている。聞くところ「進路希望調査票を提出しに行ったが、記入漏れがあって突き戻されてしまった」のだと。北村の中学生らしからぬ、ごつい片手に握られたプリントがそれなんだろう。
「……なんかそれ、みんなに言われるんだけど」
「だってお前ら仲よしこよしじゃん。三年間。違う教室のくせに、毎日一緒に登下校しててさ」
「毎日じゃねぇよ」
「そんなもんだろ」
北村から視線を外して学級日誌に目を落とす。今日は俺が教室の日直当番だ。
ページをぱらぱらとめくっていくと、担任の澄川先生と生徒とのひとこと欄には進路や受験についてのことが、前回見たときと比べてだんだんと増えていっている。ある意味この日誌を通して、みんな同じく将来について悩みや期待を抱きながらがんばっているんだな。なんて。勇気づけられるというか。孤独な闘いじゃないんだなって。多彩な手書きの文字をついつい目で追って、自分の今やるべき仕事を後回しにしてまで読み耽ってしまう。
と、いけないいけない。仕事仕事。下書きのため、シャーペンのノックをカチカチ鳴らす。
「あいつとは、行き帰りの方向が一緒の幼馴染ってだけ」
そつなくあっさり返答してやると「ふぅん」と言いながら北村は俺の前の空席に腰かけたようで、ぎしっと椅子の軋む音がする。こっちに腰を捻って上体を向けているのか。日誌の上部、机上に、袖をまくったやたら筋肉質な褐色肌がどっしりと、突如として現れた。
「で。実のところ、高校は?」
「知らね」
「およ。知らない、とは?」
「そのまんまの意味。訊いてないから知らね」
「へぇ」
なーんか。含みのある低い「へぇ」だな。
なんて心に引っかかった。そしたら、
「吉田、今日も告られてたなぁ」
「はぁ?」
俺の筆圧に耐えかねたらしい。日誌の上であっけなくぽきっとシャー芯が折れた。
俺は顎を上げて北村の顔をまじまじと凝視する。
「知らん?」
「知らん。いつ?」
「掃除時間のとき」
「さっきじゃん」
翔次も、翔次に告った女子もしくは男子も、ついでに現場を見ていた北村も、真面目に掃除しろや。ちょっとむかつく。いや、うそ。だいぶ、かなり、超絶むかつく!
もういい。下書きせずボールペンで殴り書きだ。この鬱憤。どうか同級生の皆、受け止めてくれ。澄川先生、俺、清らかな青春がしたいです。
「いいよなぁ。女から寄ってくるイケメンモテモテ男。俺も高校生になったらモテまくりてぇなぁ」
「北村には無理だろ」
素っ気なく言ってやって、俺はふいっと日誌に視線を落とす。
「関口ぃ、慈悲深い殿方ぁ、哀れな平民の俺をなぐさめてくれ〜い」
「……はぁ。あー、よちよち。いいこでちゅねぇ」
「おう。イケメン吉田」
「おい」
俺は日誌を書きながら、ノールックの手探りで北村のじょりじょりした頭を撫でていた。案外触り心地いいそれから慌ててぱっと左手を引っ込め、ばっと振り向いた先に……確かに、誰もが認めるイケメンの翔次がいる。しかも後方扉からまっすぐ、教室の中央列の席を過ぎたあたりにまで迫ってて。ばっちり俺が北村の頭を撫でてたの見られてただろうし、俺と北村しか残ってない教室で会話もはっきり聞かれたかもしれない。
なんつうタイミング。恥ずかしすぎるだろ。にやりと口角を上げる北村が横目に映る。こいつ、翔次の存在に気づいてて俺を陥れやがったな。
北村は椅子から跳ねるように立ち上がって「んじゃね。マイスイートダーリン、また明日〜」なんて陽気に俺に挨拶すると翔次のほうへ向かってって「吉田くんのために椅子、あっためておきました〜」なんてげらげら笑っている。
誰が、お前の、スイートダーリン、だって? 北村のおしりのぬくもりなんか、翔次のおしりに必要ないわ。ばかやろう。
