蠱毒の後宮妃~型破りな異端妃は美貌の皇子と謎を解く~

本来なら妃の墓は皇帝の陵墓《りょうぼ》に近く葬られる。

だが梅昭媛は蠱毒による呪殺の疑いをかけられ、そこに眠ることは許されなかった。実家すら受け取りを拒み、後宮の墓地に密やかに埋葬されている。

 悪女であれば情も湧かなかったかもしれない。だがそうではなかったからこそ、楊胤は不憫さを覚える。

 下弦の月が冷たく照らし出す墓地は、ひどく静まり返っていた。そこは不気味なほど静かで冷たい場所だった。

「梅昭媛の墓は、どこでしょう」

 仙霞が手提げ灯籠《とうろう》を掲げ、小さな石の墓碑に刻まれた文字を探るように照らしていった。

「おそらく、あれだ」

 楊胤は、花が供えられた墓碑を指さした。

「ひとつひとつ探す手間が省けましたね」

 仙霞はうれしそうに、花の飾られた墓碑へと歩いていく。

恐怖も罪悪感もないのか、どこか楽しげな様子に、楊胤は思わず呆れる。

「花はまだ新しい……梅昭媛にゆかりのある女官が供えたのだろう」

「……慕われていたのですね」

「そうだな。梅昭媛は人に恨まれるような性格ではなかったと聞く。そんな女性が蠱毒で命を奪われたのだとしたら、あまりに惨い。どうか病死であってほしいものだ」

「弱く清らかな者が理不尽に散るのは、世の常です」

 仙霞は墓碑を見つめながら、宣託《せんたく》のようにつぶやいた。

 それは人生観の吐露なのか、あるいは巫女めいた達観なのか。十八の少女とは思えぬ言葉に、楊胤は驚きと共に感心する。

「なかなか残酷なことを言うな。正義は救われぬではないか」

「正義は、あるとお思いですか?」

「天理昭昭《てんりしょうしょう》、悪事は必ず露見し、正義が天に守られる」

「皇子でありながら、おもしろいことをおっしゃるのですね」

 仙霞は薄く笑んだ。

 一瞬むっとしたが、歴代王朝が繰り返してきた虐殺の数々を思えば、ここで怒るのも筋違いに思える。楊胤自身が手を汚したわけではない。だが、皇帝の血を継ぐ者として、まったく無縁とも言えない。

もし天理昭昭というものがあるのなら、背負いきれぬほどの罪は、先祖の代から子孫へと呪いとなって降りかかるだろう。

だが一方で、それを否定することは、楊胤という人間を罪なき存在と認める響きも含んでいた。

その優しさに、胸の重みがふっと和らぐ。

 ……もっとも、仙霞がそこまで思慮して語ったのかはわからないのだが。

 仙霞は小さな墓碑の前に腰を下ろし、両の手を合わせて静かに祈る。

(殊勝なところがあるではないか)

 それはごく当たり前のことだ。けれど仙霞がやると、不思議と感心させられる。

 楊胤もその隣に腰を下ろし、合掌して冥福を祈った。

そのとき、墓碑の陰で、なにか黒いものがもぞりと蠢いた。楊胤は思わず仰け反りそうになる。

『なゃあ』

 まるで「よっ」と気さくに挨拶でもするようなかんじで、墓碑の陰からひょっこり顔を出している。

「あら、猫鬼。あなたも気になって来たのね」

 仙霞が呼びかけると、猫鬼は彼女の足に体を擦り寄せる。驚くそぶりなど、仙霞にはまるでない。

「……こんなことをして、俺に呪いが降りかかって死んだらお前のせいだからな」

「楊胤様は大丈夫ですよ」

「なぜだ」

「知りません。なんとなく」

 聞いた自分が馬鹿だった。

 立ち上がると、まず花を安全な場所へと移し、鍬を振り下ろした。

ここまで来たら、もうためらっている暇はない。

「お前も手伝え。さっさと終わらせるぞ」

 仙霞も迷いなく鍬を振り下ろす。

豪快そのものだ。躊躇する気配など一抹もなかった。

あっという間に、木棺が姿を現した。

桧《ひのき》造りの箱は思いのほか小さく、子どもや赤子を納めるためのものだろう。両手で持ち上げられるほどの大きさで、土の中から引き上げ、地面に置く。

「それでは、開けますよ。心の準備はよろしいですか?」

「ああ……頼む」

 鼓動が脈打つ。なんて不道徳なことをしているのか──罪悪感に胸が締めつけられる。それでも、ただ後ろめたいだけではなかった。

ついに蠱毒か病死か、真相が明らかになる。

(……まあ、十中八九、病死に違いない。それが明らかになれば、この面倒な任務も終えられる)

高鳴る胸は期待にも似ていた。