冷たい月と星天のクロノグラフ

2時間かけて空港まで行き、社長に忘れ物を届けると、大切なものだから紛失していたら大変だと思い会社に電話をしたのだけれど、持って来てもらうことまでは考えていなかったと、こちらが申し訳なくなるくらい頭を下げられた。
電話に誰も出なかったら、旅行は諦めて帰って来るつもりだったらしい。
そんなことをしたら、もう飛行機のチケットは取れないから、せっかくお孫さんに会える年一回の機会を棒に失ってしまうところだった。
社長からは「帰ったら必ずお礼をする」と言われ、奥さんからも「お土産を期待しててね」と頭を下げられ、恐縮しながら社長夫妻と別れた。


バス乗り場へ向かって歩いていると、前から走って来た小さな男の子が目の前でこけた。

「大丈夫?」

泣いている男の子を起こしたところで、母親が遅れてやって来た。

「すみません」

「いいえ」

母親が男の子を抱き上げたところで、若い男性が「これを落としましたよ」と、母親にミニカーを渡すために駆け寄った。

「ありがとうございます。すみませんでした」

母親は男性にもお礼を言い、「走ったらダメでしょ」と男の子注意しながら少し離れた場所に立っていた父親ともうひとりの子供の方へ戻って行った。

それを見届けた男性が振り向いたので目が合った。


嘘――


気がついたのはわたしだけじゃない。
男性の顔が驚きの表情から、優しい笑みに変わるのを見てしまった。

「もしかして……天津さん?」

人違いだとすぐに言うべきだったのに、言えなかった。

「やっぱり、天津さんだ! 最後に会ったのが高3になる前だから……5年ぶり? 俺のこと覚えてる? 桜ノ宮高校で一緒だったんだけど」

こんな偶然あり得ない。あってはいけない。

「あの頃は短髪だったし、メガネもかけてたからわかんないかなぁ。俺は――」

「梶葉くんだよね」


わかるよ。
よく知ってる。
忘れるわけがない。

わたしは25歳の梶葉くんに会ってるんだから、髪の毛が少し長いのも、茶色くしたのも、メガネをコンタクトに変えたのも……知っている。

梶葉くんは23歳の時に大切なひとと出会って、その人と恋をする。