冷たい月と星天のクロノグラフ

本棚がいくつもある場所。図書室?
学生服を着た男子と、グリーンのスカーフをしたセーラー服姿の女子が数人テーブルに向かってなにかしている。
本を読んでいたり、何か書いていたり……

窓際のテーブルにはわたしと、隣にメガネをかけた男の子が座っている。
男の子の方は何か本を読んでいるけれど、わたしはプリントを前にシャーペンを持っているだけ。

「天津の名前の方が好きだったな……」

わたしが話すのを、男の子は本に視線を落としたまま聞いている。

「お父さんには妹がいるって聞いたことがあるけど、国境なきナントカ――」

「国境なき医師団?」

「そう! それで海外に行ってもう10年以上日本には帰ってないって。おじいちゃんもおばあちゃんももういないしね……」

「その話には続きがあるんでしょ? 聞くよ」

それが飲み込んだ言葉を吐き出すきっかけとなった。

「……天津って名前がいろんなところから消えていったら、お父さんの存在までなくなってしまいそうで……バカみたいだよね」

わたしの言ってることに呆れたかもしれないと、男の子の様子を伺った。

「名前には一緒に過ごした時の記憶を呼び戻す力があるって何かの本に書いてあった。だからその考えは間違いじゃない」

「さすが……本好きは言うことが違うねっ」

茶化すみたいに言ったのは、泣きそうになったのを隠すためだった。
でもせっかく強がったのに、その後言われた言葉ですっかり無駄になった。

「俺が天津って呼ぶよ。忘れないでいる。天津さんが『もういい』と言うまで呼び続ける」

気がつけばぽろぽろと涙を流していて、慌ててポケットの中から出したハンカチで涙を拭きながら、再び隣を見ると彼は真剣に本を読んでいて、わたしが泣いていることには気づいていないようだった。



その男の子は同級生で、名前は梶葉(こう)
写真の中のジャージを着た男の子と同一人物。


目の前にいる男性はその男の子のことを「昔の俺」と言った。