冷たい月と星天のクロノグラフ

バイトが終わると急いで着替え、従業員出入り口から外へ出ると、里穂さんは店の前に立っていた。
わたしを見つけ、笑顔で手を振ってくれる。

「中では話しにくいから。いい?」

「はい」

以前、一度だけ会った時は冬空の下、誰もいない公園だったから、今度もどこかの公園かと思ったらそうではなくて、お店の駐車場の一角まで行くと、紺色の軽自動車の前で「どうぞ」と言って助手席を勧められた。

「お邪魔します」

エンジンがかかると、大音量で音楽が流れたため、「ごめんね!」と、里穂さんは慌てて音量を下げた。

「施設まで送っていくね」

バイト先を知っていたのだから、当然なんだろうけど、里穂さんはわたしが施設にいることも知っていた。
しばらく車を走らせてから、里穂さんが言った。

「名字、そのままなんだね」

「……はい」

月埜という名字は里穂さんにとっても嫌悪する名字で、自分だってこの名字を使いたくない。

「先月、耀司が仕事で地元に帰った時に元バンドメンバーと居酒屋で飲んでてて、たまたま児童虐待のニュースが流れたの。その時、その中のひとりが「そう言えば」って、あいつが捕まった話をしたんだって。弟が胡桃ちゃんと同じ高校に通っていたから、伏せられてた情報も聞いたみたい」

里穂さんは前を向いて運転していて、その表情は変わらない。

「高校卒業したらどうするの?」

「寮があるところで働けたらいいんですけど……」

「うちへおいで」

「え? でも――」

「胡桃ちゃんの状況を一番理解出来るのは私だと思う。悪意のある嘘に振り回されるのは辛いよね」

里穂さんも同じだった。
逃げたのに、何もされてないのに、いろんなことを言われて苦しんだんだ。
返事が出来なくて泣いてしまったわたしの頭を、里穂さんがぽんぽんと優しく撫でてくれた。

「がんばったね」


わたしに救いの手を差し伸べてくれたのは、親戚でもない、血の繋がりも何もない、一回しか会ったことのない里穂さんだった。