冷たい月と星天のクロノグラフ

マンションのベランダにレジャーシートを敷いて座った。

すっかり日が落ちた空には無数の星が輝いている。
その中でも一際光っているのが金星で、その直ぐ側には三日月も見える。

「月の光は数秒前のものだって言うけど、星の光が届くまでには早くても数年はかかるんだよね?」

これも高校生の梶葉くんが教えてくれたこと。

「月の光は1.3秒前のもので、最も近いアンドロメダ銀河で250万光年前の光なんだ」

「あ! 流れ星!」

流れ星に願いを唱えて、元いた場所へ戻るのかもしれない。

いろんなことを思い出した今は、過去に戻りたいとは思わないけれど、ここにいるわけにもいかない。

隣で梶葉くんが夜空を見ながら鼻歌を口ずさんでいる。

「GReeeeNの……『あの日のオレンジ』……」

「うん。俺の好きな曲」

「……わたし……その曲を……スマホの着信音にしていて――」

梶葉くんが好きだった曲を、梶葉くんからかかってくる電話の着信音にしていた。


カメラのフラッシュみたいに眩しい光と断片的な記憶が交互に浮かんでは消える。



制服を着たわたし。
ちゃんとグリーンのスカーフをしている。



「……梶葉くんが……電話を……くれた」

「ん?」

「8年前」

「ああ……うん……今思えば、かなりの迷惑行為だったよな。電話に出てくれるまでかけ続けるとか、そういうこと言って困らせて……あれが最後のつもりで、あの電話に出てもらえなかったから、スッパリあきらめようと――」

また何かが見えた。



窓から見える月。
星がきれいで――



「ちが……う……出なかったんじゃない……出れなかった……」

「え――?」

「梶葉くんの電話がわたしを救ってくれた」


つ――っと頬を一筋の涙が流れた。


「それどういう……?」

「思い出した……全部、思い出した」



わたしが忘れたもの。
忘れたかったもの。

これが失っていた最後のピース。