冷たい月と星天のクロノグラフ

ソファに座りケーキを食べている間、隣では梶葉くんがテレビのリモコンを操作して面白い番組がないか探していた。

「梶葉くんは彼女とどんなふうに出会って、好きになったの?」

わたしの質問に、梶葉くんはテレビの方を向いたまま、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。

「俺が天津さんを好きになった話をするよ」

彼女のことは教える気がないようで、話をすり替えられた。

「俺が学校の屋上でフェンスをよじ登ろうとしてるのを見て、それを飛び降りと勘違いした天津さんが必死に止めようとしがみついてきたのを覚えてる?」

「覚えてるよ」


高校1年の春、掃除当番だったわたしはゴミ捨てに行った帰り、何気なく上を向いて、キラッと光るものに気がついた。
校舎の屋上に設置されたフェンスに誰かがよじ登ろうとしている。


わたしのお父さんは、病気で亡くなった。
お父さんの生きたいという願いも、わたしの生きていて欲しいという願いも叶わなかった。
生きることを切に願ってもどうにもならないひとがいるのに、それを自ら断とうとするひとが許せない。


ゴミ箱をその場に放って、校舎の階段を駆け上がった。
間に合って欲しいとそれだけを願って全速力で走った。

屋上に着いた時には息が切れて苦しかったけれど、必死に叫んだ。


「死んだらだめ! 死ぬことだけは選んだらだめ! 辛いことは終わるかもしれないけど、未来の幸せまで失っちゃうから! 生きてたら何度でもやり直せるけど、死んだら何も出来ないの! あなたが大切にしているひとを、あなたが苦しめたらだめ!」

もう少しでフェンスの一番上に手が届きそうだった男の子の腰にしがみついた。

「何? ちょ、ちょっと……待って」

「待てない! 絶対にあなたを離さないから!」

「えっと、うん……ずっと抱きついててもらうのは悪くないんだけど、それだと降りれない。俺は死のうとしてないから落ち着いて」

拍子抜けするくらい呑気な口調で言われた。

手を離すと、フェンスに足をかけていた男の子はゆっくりとコンクリートの床に着地し、その場へしゃがむと「来て」とわたしを手招きした。
言われた通り隣へしゃがむと、今度は「あれ」と屋上の端っこを指差す。
指さされた先には、コンクリートの溝に溜まったわずかな土の上に小さな赤い実をつけた植物があった。