冷たい月と星天のクロノグラフ

少しして玄関を開ける音がした。

「こんな朝っぱらから何だよ」

「何? 朝から来たらまずい理由でもあんの?」

「ないけど」

「お邪魔っ」

ふたりが話しながらリビングへ向かうのがわかって、息を潜めた。

「この間の子との関係を聞きたくてさ。まぁ、堂々とオレの店へ連れて来るくらいだから、彼女にバレても困らないってことはわかったけど、ゆっくり聞かせてもらおーじゃん」

「いろいろ複雑なんだよ」

「だろうな。どう見たってあの子――」

そこで話は聞こえなくなった。


友達のお店に連れて行くから……

そう思った後に気がついた。
そうじゃない。
梶葉くんは自分の気づかないところで誰かに見られて誤解されない選択をしたんだ。


ベッドに横たわり、借りていたタブレットでさっき梶葉くんの言いかけた、夏目漱石の夢十夜を探して読んだ。
それは、教科書に載っているような「坊ちゃん」や「吾輩は猫である」とは違って、幻想的な愛の短編集だった。
中でも、第一夜の、死にゆく女性が愛する男性に「生まれ変わるから100年待っていて」と言い、それを聞いた男性が本当に待ち続ける話が印象的だった。
自分から「待っていて」と言えることも、それに答えて待ち続けることも、お互いが深く愛し合っていなければ成立しない。

話を読み進めながら、うとうととし始めた。