冷たい月と星天のクロノグラフ

今日も朝はやって来た。

昨日、梶葉くんの前でたくさん泣いてしまったから少し会うのが気まずいと思いながらリビングを覗くと、そんなわたしに気がついた梶葉くんに「おはよ!」と元気に声をかけられた。

「今日も早起きだね」

「俺は早起きなんだって。朝ごはん作ろうよ」

「うん……」

「フライパンもフライ返しもある生活、最高だよな」

「大袈裟ぁ」


朝食を食べて、後片付けをしながらふと思ったことを聞いてみた。

「梶葉くんはいつ仕事してるの?」

「いつ――って、今もしてるよ。皿を洗う描写ってどう書いたら自然かなぁとか、日常を文字にすることを常に考えてる」

「ずっと机に向かってるわけじゃないんだね」

「机の上には何もネタが落ちてないから」

「どうして小説家になろうと思ったの?」

「芥川龍之介の『羅生門』を読んで。時間の経過を火の燃える様子で描いているのをすごいと思った。本文から一文を抜き出しても、前後の脈絡で戻す場所がパズルのピースみたいにピタリとハマるようになっていることに感動した。俺もそれが出来るようになりたいと思ったんだ」

「でも好きなのは夏目漱石だよね?」

「うん。夢十夜っていう――」

その時、玄関のインターホンが鳴った。

このマンションはオートロックだから、普通はエントランスで一度呼び出し音が鳴って、こちらからロックを解除して初めて玄関まで来ることが出来る。
でもその過程がなく、いきなり玄関のインターホンが鳴った。

モニターには檜垣さんが映っている。

「わたし、寝室に隠れてる」

「天津さん――」

梶葉くんが何か言いかけるのを聞かずに、寝室に逃げ込んだ。