冷たい月と星天のクロノグラフ

義父が初めてお母さんの作ったカレーを食べた日、ひと口食べて苦笑いしながら言った。

「甘いカレーは苦手なんだ」

「仕方ないわよね。好みの問題だから」

「えー、美味しいのにぃ」

「ごめん、佐和子さん」

非難めいたことを言ったのはわたしなのに謝る相手はお母さんだったから、義父の中で1番はいつもお母さんなんだと思っていた。
3人でいる時、義父はいつだってお母さんを優先していたし、大切にしているように見えた。
それはお母さんも同じことで、その日から家のカレーは辛口になって、蜂蜜は戸棚の奥にしまわれた。

だから学校が休みの日、お昼ご飯にパンケーキを焼いて、たっぷりと蜂蜜をかけて食べるようになった。
お母さんが仕事でいな時にそれを見た義父が「美味しそうなもん食べてるなぁ。俺にも一口食べさせてよ」と、言ってきたので、数枚あった中の1枚を別のお皿に移して渡すと、また苦笑いされた。

いつもは斜め前に座る義父が、正面に座ったことも気付かないフリをした。
自分の分がまだ食べかけだったから席を立つのが不自然に思えて、向かい合ったままお互いに黙々とパンケーキを食べ続けていると、義父の足先がわたしの足先にふれた。

義父は背が高いから……

いきなり避けるのは失礼かもしれないなんて気を遣って、マグカップの中の牛乳を一気に飲み干してから、席を立った。
冷蔵庫の牛乳をマグカップに入れる時、手が震えているのがバレないように、いつもは持ったまま入れるのに、わざわざキッチンの作業スペースにマグカップを置いて、牛乳パックを両手で持って注いだ。


義父が時々わたしをじっと見ているのは、別れた元奥さんが連れて行ってしまった娘さんを思い出しているから。
わたしがキッチンにいると、背後から覗き込むようにして手元を見るのも、その時からだが触れてしまうのもただの偶然。
ずっとお母さんとふたりだったから、違和感を感じているだけなんだと……


思おうとしていた。


でも、お母さんが夜勤でいない日、遅くに帰って来た義父が部屋に入って来て……わたしにさわった……わたしが寝ていると思っていたのか、「何?」と声を出すと、酒臭い息であいつは言った。

「ごめん、間違えた」

あいつはすぐに部屋を出て行ったけれど、もう自分を誤魔化せなくなった。

あいつは、おかしい。

これまでのことは気のせいなんかじゃない。

それを認めると、金髪の男性に言われたことが頭に浮かんだ。

あのひとは、何か知っている。