冷たい月と星天のクロノグラフ

「勝手にイタリアンを予約してたんだけど、胡桃ちゃんもそれで良かったかな?」

「うわぁ、後出し〜。それって、お母さんが好きだからでしょ?」

「バレたか」

「もう、胡桃っ」

お母さんは恥ずかしそうにしていたけれど、義父がお母さんを大切にしてくれていることが嬉しかった。



食事が済んで、義父が支払いをしている時にお母さんが席に忘れ物をしたことに気が付いて取りに戻った。
わたしは義父と一緒にたわいもない話をして、お母さんが戻るのを待っていた。

「胡桃ちゃんは……彼氏がいるの?」

「どうして?」

「さっき、店の中に胡桃ちゃんくらいの子が彼氏と一緒にいるのを見かけたから気になって」

ドラマで耳にする、年頃の娘を持つ父親の質問だと思ったから、「いないよ」と笑って答えた。

「これまではいたことは?」

その質問に、微かな違和感を覚えたけれど、「いない」と正直に答えた。
そこへちょうどお母さんが戻って来たので、ふたりに「ゆっくりして帰ってね」と声をかけて店を出た。

まっすぐ帰っても暇なだけだから、どこかへ寄り道しようかと考えているところで、「おいっ」と後ろから
呼び止められた。

振り向くと、金髪に近い髪の色をして、ペンキをひっくり返したような派手な柄のダウンを着た男性が立っている。
誰かと間違えたのかと思ったのだけれど、男性は真っ直ぐにわたしを見ている。

「何か……用ですか?」

「あんた高校生だろ? 援交とかやってねーで、金が欲しいならマジメに働けよ!」

「何のことですか?」

「ふざけんなよ。ホントは意味わかってんだろ!」

本当に意味がわからなかったし、話すだけ無駄だと思ったから無視して男性に背を向けたところで肩を掴まれた。

「あいつはヤバいんだよ」

さっきまでとは口調が違っていたけれど、「離してください」とだけ言って、走って逃げた。

少しして振り向くと、男性はもういなかったけれど、もうどこかへ行く気にもなれず、男性の言った「あいつ」というのが誰のことを言っているのかなんて考えもせず、そのまま家へ帰った。