冷たい月と星天のクロノグラフ

こんな所にずっと座っていても仕方ない。
立ち上がって――再びその場に腰を下ろした。

カバンも何も持っていないし、ポケットに手を入れても中にはハンカチすら入っていない。せめてスマホさえあれば良かったのに。これでは帰れ――


どこへ帰ればいいの?


スマホがないから誰にも連絡を――


誰に連絡するの?


警察へ行った方がいいのはわかっているのに、どうしても行きたくない。
頭の中にモヤのようなものがかかっていて理由ははっきりしない。
何もかも忘れている。
男性が言っていたように何かの犯罪に巻き込まれて薬を飲まされたのか……わたし自身が犯罪者なのか……

最初にいた場所は道路の真ん中で白線がクロスしていて、いろんな方向に向かって人が行き来していた。
男性が「スクランブル交差点」と言っていたけれど、その名称はどこかで聞いたことがある。


時間がたてば記憶は元に戻る?

でも戻らなかったら――?


大丈夫。そんなことにはならない。
だって自分の名前も年もちゃんと覚えている。それに……梶葉という名前も……
でも、名前以外のことはあやふやだった。