冷たい月と星天のクロノグラフ

連れて行ってもらったお店は、わたしが緊張しなくてすむようなアットホームなところで、店内は足を踏み入れた時から楽しそうな声で溢れかえっていた。

メニューを渡してくれた男性がわたしを見て少し驚いた表情をしたけれど、すぐに笑顔になって梶葉くんに話しかけた。

「めずらしいじゃん。今日はデート?」

「そんなとこ。彼女は天津さん。天津さん、こいつはオレの大学時代の悪友で檜垣保」

「親友の檜垣です」

梶葉くんは普通に「天津」とわたしを紹介したけれど、本当の名前は月埜だから、自分を天津とは言いにくくて、頭だけ下げた。

「Sister?」

「Girlfriend」

どうしていきなり英語になるのかわからないけれど、このくらいの単語ならわたしでも聞き取れる。
妹かと聞かれた梶葉くんは、わたしを恋人の妹ということにしたみたい。

「いらっしゃい。うちは何でも美味しいからさ、こいつを破産させるくらい食べまくってよ」

檜垣さんは再びわたしに笑顔を見せるとメニューを手渡してくれた。

「恒は飲まないだろ?」

「炭酸水を頼む。天津さんは?」

「お、同じで」

周りのテーブルにはワイングラスやボトルが置かれている。
今の梶葉くんはわたしと違って未成年じゃない。

「お酒を飲まなくていいの? わたしのことなら気にしないで飲んで」

答えたのは檜垣さんだった。

「こいつ、男同士の時以外はいつも飲まないんだ。しかも家へ帰る前に必ず酔いを醒ます徹底ぶり。だから気にしなくていいよ」


家へ帰る前に酔いを醒ます?


飲めないんじゃなくて飲まないのは、彼女がお酒を飲む人を嫌いだからなのかもしれない。
梶葉くんの頭の中は彼女で出来ている。

「What's the deal?」

男性が早口で何かを言った。

「My significant other」

「Ha,that’s deep.」

今度の英語は流暢過ぎて全然聞き取れない。
最後に檜垣さんはポンっと梶葉くんの肩を叩いて行ってしまった。

「ねぇ、何を話してたの?」

「ん? かわいい子だね、って言われたから、だろ、って答えた」

「嘘っ」

梶葉くんは笑うばかりで教える気は全然なさそう。
わたしが英語を苦手なこと知っててずるい。