冷たい月と星天のクロノグラフ

朝食を済ませると、梶葉くんはどこかへ電話をかけて長話をしていた。敬語で話していたから、仕事関係のひとか目上のひと。
その電話が終わったかと思ったら、今度はわたしが貸してもらっている方のスマホに電話がかかってきて話が始まったので、その間に出かける支度をした。


「ごめんっ。前に住んでたマンションに付き合ってもらっていい? 荷物が届いたみたいで取りに行かないといけないんだ」

両手を合わせてお祈りされたので、「仕方ないなー」と返事した。



駅まで歩いて、電車に乗って、席が空いてなかったから、開かない方のドアの近くに立って、窓の外を流れる景色を見て――

くだらない話が尽きないのもいい。


「高校生の頃も、こんなふうに同じ電車に乗った?」

「天津さんが引越すまでは」

引越し……やっぱり引越ししてたんだ。

「さっき電話してたひとも国境なき医師団で働いてたひとで、帰国後に書いた一作目が映画化した経歴のすごいひとなんだ」

「梶葉くんもすごいよ! 最後のどんでん返しとか想像もつかないものばかりだった」

「それはどうも」



電車を30分ほど乗った所に梶葉くんが前に住んでいたマンションはあった。
梶葉くんは「古い」と言っていたけれど、全然そうは思えない。

真っ直ぐに管理人室へ向かうと、梶葉くんはエアメールを受け取っていた。
8年前だってメールやテレビ電話は普通にあったから、未来の世界でわざわざエアメールを利用するのはめずらしい気がした。


管理人さんに挨拶をして、マンションを出たちょうどその時、いきなり目の前に女性が立ちはだかった。

「この間とは違う女……その女は誰?」

わたしよりはずっと年上っぽいけど、梶葉くんよりは年下?
梶葉くんを見上げると、女性を知っているらしく驚いた様子はない。
女性からわたしを遠ざけるようにして、そのまま通り過ぎようとする。

「あんた、夏目先生の何なの? 夏目先生に余計なことを吹き込んでるのは、あんただったのっ?」

女性の敵意がわたしに向けられると、梶葉くんはわたしを庇うようにして立ち止まった。

「どっちも関係ない」


もしかし、このひとがストーカー?
ストーカーって、本当にいたの?