冷たい月と星天のクロノグラフ

「旅行でこっちに来たの? この辺は人も多いし、ビルばっかで迷うよね」

やけに馴れ馴れしい。

「靴を知りませんか?」

「ごめん、わからない。俺が見つけた時には履いてなかった。信号が点滅してるのに交差点の真ん中で動こうとしないから声をかけたら意識が朦朧としているみたいで、警察か救急車を、と思ったんだけど、何か事情があるのか嫌がられたからここまで運んで来た」

ふわふわとした感覚はこのひとだったんだ……

「それ、桜ノ宮高校の制服だよね。在校生? 俺、高2の終わりに転校するまでそこの高校にいたんだ。だから胸のとこの校章をよく覚えてる」


桜ノ宮高校……?


「もしかして親戚に卒業生がいたりする? 同級生に君とそっくりな子がいたんだ。だから放っておけなくておせっかいをした。その子の名前は、あ――月埜(つきの)胡桃っていうんだけど、知ってる?」


このひとは何を言ってるんだろう?


「ごめん、自分は名乗りもしないで。俺の名前は梶葉――」

「ふざけないで!」

こんなことして何が楽しいのかわからない。

「え――っと?」

わたしがいきなり口調を強めたから、男性は困惑しているようだった。

「からかって楽しいですか?」

「いや、からかってるわけじゃ……」

「もう放っておいてください」

「……わかった。ごめんね」

酷い言い方をしたのに、梶葉と名乗った男性は自分を悪者ににしたまま、わたしの望み通り目の前からいなくなった。
男性は最初から最後まで親切だったのに、お礼を言っていなかったことに気がついて後悔した。