冷たい月と星天のクロノグラフ

きれいだとは言い難い格好だったから先にお風呂を借りて、梶葉くんのスウェットに着替えると、上も下もサイズが大きいから裾をぐるぐると巻いた。

「梶葉くん、お風呂ありがとう」

お礼を言ったのに、梶葉くんはわたしの姿を見て笑った。

「……ひどい」

「ごめんって。スマホは持ってていいから必要な物はそれで買って。報告も遠慮もなしで」

話しながら、自分では上手く出来なくてぐちゃっと丸めていた袖を梶葉くんがちょうどいい長さまで折ってくれた。

「ありがとう。でも、わたしにスマホを渡してしまったら梶葉くんは困らない?」

「仕事用をもう一台持ってる」

コンビニで買い物をする時にスマホの画面を見たけれど、いろんなアプリが入っていた。だから2台持っているといってもこっちがメインのはず。

「見られて困るものないの?」

「ないよ。好きなだけ見て。電話はかかってきても無視でいいし、メッセージもタブレットに同期してあるから気にしなくていい。8年前と違って今はスマホさえあれば自販機で飲み物も買えるし、電車やバスにも乗れるから、世界征服も夢じゃないよ」

「大袈裟」

冗談で言ってると思ったのに、真面目な顔をされた。

「AIがほとんどの仕事するようになったから、俺も奪われないように努力しないといけない」

「梶葉くんは何の仕事をしてるの?」

「今はまだ言わない」

意地悪な笑みを浮かべられ「ケチっ」と怒ると、肩にかけていたタオルで濡れた髪の毛を拭かれた。

「この世界で、天津さんが頼る相手が俺で嬉しい。今一番気になってることは何?」

「……お金持ってないから梶葉くんに迷惑をかけてしまう」

「そんなことなら、体で返してもらうからいいよ」

タオル越しに梶葉くんの指が耳にふれてびくりとすると、梶葉くんは「くくく」とまた笑う。

「労力で、って意味だよ。引越しの荷物片付けるの手伝ってよ。取り敢えず調理道具を探さないと何も出来ない。だから今日はコンビニのパスタで再会を祝おう」

梶葉くんは箸立て代わりのマグカップにあった2本のうちのフォークを1本貸してくれた。

「そんな顔して見なくても、ちゃんと洗ってあるよ」

「片方は彼女のだったのかな」という顔で見ていたつもりだったんだけどな。

「カラトリーは引越してすぐに発掘したから引き出しの中に違う大きさのもあるよ。残念ながらお玉やしゃもじなんかはまだ行方不明だけど」

教えられた引き出しを開けると、ナイフやフォークなど同じ種類のものがざっと見て4つづつくらいあった。全部同じ柄だったから、セットで買った物なのかもしれない。
見つけたのは本当にカラトリーだけのようで、キッチンの隅には「台所」と書かれた未開封の段ボールがいくつも重ねてあった。