湿気で丸まったメモを押さえる辞書。そろそろ戻さなくてはいけないというのに。だから、整理整頓なんて言葉からかけ離れた作業場となる。手入れを諦め、ぼさぼさになった髪。この体たらくだ。アイツが見れば、困った笑みを浮かべるのだろう。時々、鼻がむず痒くなる感覚と戦いながら、ペンを執る。
窓から外を眺めたところで、灰色の景色が変わるわけでもない。締め切りが近いというのに、原稿用紙十枚すら書けていない。……アシスタント君に怒られるのも時間の問題だな。轟轟と吹き荒れる雨音と雷鳴と共に、部屋の掛け時計が三度鳴った。時間が流れるのは早い。小腹が空いたと思えば、もうおやつの時間か。
くつろいでいたら、ドアベルが鳴った。開けたドアの前には、雨に降られびしょびしょになった馴染みの顔があった。
「こんにちは、マリア先生」
「……アシスタント君か。悪いが、期待には応えられないんだ」
「アシスタント君じゃなくて、エドワードです。……それに、またですか。いつになったら、締め切り守れるんです」
「さあ?あと何年かかるんだろうな」
「先生の年単位は、信用できません!」
この子は、思っていることが顔に出る。よく言えば、素直な子だ。そこがいい。……締め切りは、彼が来たのだから、あと三日。アシスタント君は、私の手元に軽く目をやった。軽く溜め息をつく音を、耳が拾った。来るな、いつものアレが……。
「先生。紅茶を飲んでる暇があるなら、原稿進めてくださいよ。あと、寒いので入らせてください。ついでに、この後に部屋も見せてくださいね。絶対大変なことになってるでしょうし」
「後半が本音じゃないか」
「……バレましたか」
意地悪くアシスタント君は笑う。まぁ、外が寒いのは事実。彼は暖炉の前へと駆けていった。
「温かい……。暖炉、最高」
晴れていれば、こうして彼が凍えることはないだろうに。ずっと前に経験した四季を、君も体感できたのだろう。想像はできても、アシスタント君を実際にそうさせる術は、私には無い。古い記憶の中の陽光は、ただ眩く暖かかった。
「あぁ、そうだ。別館から、『古代文明の成立期における社会構造』と『古代五王朝史』を取ってきてくれないか?もう一度読んでおきたい」
「……えっと、場所は」
「別館東棟の二階右奥、壁側の下から三段目だ。二冊とも近い場所に置いているから、すぐに見つかる」
「相変わらずの記憶力ですね……」
「どうも」
なんだか呆れられたような。……だいぶ前にも、こんな風に不思議がられたことはあったな。アシスタント君は、幾百年の歴史が詰まった別館へと、ぶつぶつと不満をこぼしながら走っていった。さて……彼が遭難しないよう願っておこう。
窓から外を眺めたところで、灰色の景色が変わるわけでもない。締め切りが近いというのに、原稿用紙十枚すら書けていない。……アシスタント君に怒られるのも時間の問題だな。轟轟と吹き荒れる雨音と雷鳴と共に、部屋の掛け時計が三度鳴った。時間が流れるのは早い。小腹が空いたと思えば、もうおやつの時間か。
くつろいでいたら、ドアベルが鳴った。開けたドアの前には、雨に降られびしょびしょになった馴染みの顔があった。
「こんにちは、マリア先生」
「……アシスタント君か。悪いが、期待には応えられないんだ」
「アシスタント君じゃなくて、エドワードです。……それに、またですか。いつになったら、締め切り守れるんです」
「さあ?あと何年かかるんだろうな」
「先生の年単位は、信用できません!」
この子は、思っていることが顔に出る。よく言えば、素直な子だ。そこがいい。……締め切りは、彼が来たのだから、あと三日。アシスタント君は、私の手元に軽く目をやった。軽く溜め息をつく音を、耳が拾った。来るな、いつものアレが……。
「先生。紅茶を飲んでる暇があるなら、原稿進めてくださいよ。あと、寒いので入らせてください。ついでに、この後に部屋も見せてくださいね。絶対大変なことになってるでしょうし」
「後半が本音じゃないか」
「……バレましたか」
意地悪くアシスタント君は笑う。まぁ、外が寒いのは事実。彼は暖炉の前へと駆けていった。
「温かい……。暖炉、最高」
晴れていれば、こうして彼が凍えることはないだろうに。ずっと前に経験した四季を、君も体感できたのだろう。想像はできても、アシスタント君を実際にそうさせる術は、私には無い。古い記憶の中の陽光は、ただ眩く暖かかった。
「あぁ、そうだ。別館から、『古代文明の成立期における社会構造』と『古代五王朝史』を取ってきてくれないか?もう一度読んでおきたい」
「……えっと、場所は」
「別館東棟の二階右奥、壁側の下から三段目だ。二冊とも近い場所に置いているから、すぐに見つかる」
「相変わらずの記憶力ですね……」
「どうも」
なんだか呆れられたような。……だいぶ前にも、こんな風に不思議がられたことはあったな。アシスタント君は、幾百年の歴史が詰まった別館へと、ぶつぶつと不満をこぼしながら走っていった。さて……彼が遭難しないよう願っておこう。

