珠景姫 Mikage Hime ~百年越しの夏に見た夢~

 夕刻。夢奥島(ゆめおくしま)駅。
 まどろみから覚めた。

 無事に、帰ってきたのだろう。
 既にドアは開かれ、珠景(みかげ)を待っていた。
 停車中の列車を降り、改札を抜けて駅舎へ。

 待合室で談笑するお年寄り。
 スマホに夢中の高校生。
 地元に戻ってきたことを実感し、安堵の笑みが浮かぶ。

 賑わう商店街。
 閑静な住宅地。
 木々が生い茂る丘。

 夏祭りの日。
 偶然見つけたあの場所へ。
 森に呑み込まれた鳥居には、『長姫(おさひめ)神社』の文字が刻まれている。

 人の出入りは、ほとんど無いのかもしれない。
 朱色の鳥居をくぐり、草木を掻き分けて進む。
 苔に覆われた石段の先、社殿が姿を現した。

 赤や緑の塗装が鮮やかな社殿は、雨風に晒される場所が朽ち始めていた。
 屋根には、苔も生えている。

「昔は、立派な神社だったのにな……」

 長姫(おさひめ)神社は、歴代の姫を祀る神社だ。
 姫が居ない時代を迎え、人々の信仰も途絶えてしまったのだろう。
 社殿に深々と一礼し、閉ざされた扉を開けた。

 そこは、一つの時代を閉じ込めた場所。
 置かれた物は全て埃を被っていて、至る所に蜘蛛の巣があった。

 社殿内を見渡した珠景(みかげ)は、外に出ようと踵を返す。
 或る物を見つけた。

「これって……私の絵……?」

 扉の上に飾られた絵には、中庭の桜が描かれていた。
 入り口から見えない位置にあり、綺麗な状態で保管されている。

「……一枚だけ、残ってたんだ……」
 桜の絵画を見つめ、珠景(みかげ)は切なげに微笑む。

 もう、この景色は見れないと思っていた。
 中庭の桜は伐採され、私の絵は父に燃やされてしまったから。

 珠景(みかげ)はスマホを取り出し、『彩美(あやみ)小鈴(こすず)』で検索をかける。
 すると、抽象画家になった小鈴(こすず)の写真と、代表作がいくつか表示された。
 画面をスクロールして、軌跡を辿っていく。

『春の日常』
『涙の勝ち、笑顔の負け』
『世界は箱の中に』

『 珠景桜(みかげざくら) 』

 小鈴(こすず)が最後に描いた作品は、抽象画ではなく風景画だった。
 桜の木を見上げる女性の後ろ姿が、どこまでも優しく綺麗な色使いで描かれている。

 晩年に撮られた写真を見ると、珠景姫(みかげひめ)の絵が部屋に飾られていた。
「やっぱり。小鈴(こすず)が守ってくれたんだね」


 私の意志を継いでくれて、ありがとう。
 小鈴(こすず)の夢が叶って、本当に良かった。


「また、いつか」
 絵に別れを告げ、ゆっくりと扉を閉める。
 木陰の境内に立ち、社殿に向かって深々と一礼。

 カラスアゲハが、夏の世界を舞う。
 珠景(みかげ)を導くように、御神体の方角へ飛んでいった。

 もうすぐ、初めての旅が終わる。
 裏の山道を通り、あの場所へ。

 物語は、まだ終わらない。