珠景姫 Mikage Hime ~百年越しの夏に見た夢~

 田園に囲まれた夢岬(ゆめみさき)駅。
 無人駅のホームには、気動車が止まっていた。

 行先表示が、夢岬(ゆめみさき)から『夢奥島(ゆめおくしま)』に変わる。

 どこか寂しげな空気が漂う車内。
 今度はロングシートに座り、列車の出発を待つ。
 一息ついた珠景(みかげ)は、スマホを取り出した。

 リンからのメッセージが一件。
 コハモを開き、内容を確かめる。

『一日居ないだけなのに、寂しそうにしてる』
 メッセージと共に送られてきた写真。
 そこに写っていたのは、珠景(みかげ)の部屋を見つめて体育座りをする紬(つむぎ)。
 微笑ましい姿を見て、日常が恋しくなる。

『もうすぐ帰ります』
 スタンプのアイコンに触れると、食べ物系のスタンプが出てきた。

 これは、紬(つむぎ)のスマホ。
 旅の間だけ、そのまま借りている。
 カニのスタンプを送信し、珠景(みかげ)はコハモを閉じた。

 定刻。列車が動き出す。
 窓から射し込む光はオレンジ色で、車内に伸びる影も長くなって来た。
 列車に揺られながら、珠景(みかげ)はそっと目を閉じる。

 泣き疲れたのかもしれない。
 突然の睡魔に、抗うことは出来なかった。
 意識が遠くなっていく。



 夕陽に照らされた世界を、列車が駆け抜けていく。

 濃い影が伸びる車内。
 夏の潮風が、珠景(みかげ)の髪を揺らす。

 ゆっくり目を開けると、列車は海の上を走っていた。
 海を跨ぐように架けられた鉄橋。
 鈴鳴(すずなき)海岸の近くにある場所だ。

 『まもなく、終点。夢奥島(ゆめおくしま)。夢奥島(ゆめおくしま)です』

 車内アナウンスを聞き、珠景(みかげ)は降りる準備を始めた。
 隣に座る人の存在に、ようやく気づく。

「…… 色歌(いろか)?」

 現代の中学生の制服。
 綺麗なグレージュの長髪。可愛いポニーテール。

 隣に居たのは、十四歳の色歌だった。
 あの夏、お別れした大好きな妹。

 夕空と深い海の境界線。
 絵画のような車窓を背景に、二人は列車に揺られ続けた。

 夢であることは、分かっている。
 それでも、今は再会の喜びに浸っていたい。
 幸せな時間が、一秒でも長く続いて欲しいのだ。
 だから、まだ夢を見ていよう。

「ありがとね。私の夢を叶えてくれて」

「残された私には、約束を果たすことしか出来ませんから」

 珠景姫(みかげひめ)が夢を見て、色歌(いろか)が叶えてくれた世界。
 私が出来る恩返しは、今を幸せに生きることだと思う。
 だからもう、迷わない。

「私は生きるよ。あの夏の続きを――」

 珠景(みかげ)の瞳に、決意の色彩が輝く。
 色歌(いろか)は嬉しそうに頷くと、静かに立ち上がった。

「そろそろ起きないと、帰れませんよ」
 反対側のドアまで歩き、色歌(いろか)は振り返る。

「紬(つむぎ)のこと、よろしくお願いします。姉さん――」
 桜のように、美しくも儚い笑顔だった。
 車窓が眩しく光り、ドアが消えてしまう。

 可愛らしく手を振って、扉の先に広がる白い世界へ。
 淡い光に包まれて、色歌(いろか)は姿を消してしまった。

 色歌(いろか)を見送った珠景(みかげ)は、そっと目を閉じる。
 夢の魔法は、ゆっくりと解けていった。