珠景姫 Mikage Hime ~百年越しの夏に見た夢~

 原風景が残る場所・夢岬(ゆめみさき)。
 バスを降りると、田園風景が広がっていた。

 小さな山に囲まれ、四方から蝉時雨が降り注ぐ。
 夏の日差しを浴びながら、乾燥した畦道を歩き始めた。

 青空を制する白い入道雲。
 山から田畑へ。鮮やかな緑のグラデーション。

 幼少期に見ていた夏の景色が、今の時代にも残っていた。
 慣れ親しんだ風景も、カメラに収めておく。

 かつては、松浦坂(まつうらざか)商店街の周辺も、田園地帯だった。
 百年も時が経つと、景色だって姿を変えてしまう。
 成長と衰退を繰り返し、日によって表情を変えるのだ。

 だから、絵や写真に残しておきたい。
 その瞬間しか出会えない、景色があるから――

「早く遊ぼうぜっ!」
「お前、走るの速すぎ」
「ちょっと、待ってぇ。置いていかないでよぉ」
 半袖短パン姿の少年たちが、楽しそうに駆けていく。

 母が生きていた頃は、私達も無邪気に遊んでいた。
 姫と侍女ではなく、幼馴染という親しい関係で。
 仲良し三人組を見送り、珠景(みかげ)は表情を緩める。

 それからは、一人の時間が続いた。
 幼少期の夏に遡るように、長閑な風景のなかを歩いていく。

 珠景(みかげ)が次に立ち寄ったのは、集落の入り口にある小さな稲荷神社。
 鳥居を潜り、境内に足を踏み入れる。

 社殿の前に鎮座する神狐像と目が合った。
 二礼二拍手一礼の作法で、お参りを済ませる。

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 伝統的な彫刻が美しい社殿。
 『夏詣』の短冊を揺らす風鈴の道。
 朱色の鳥居の先、眩しい世界が待っている。

 心惹かれる風景を写真に残し、珠景(みかげ)は神社を後にした。
 日陰に立ち、弥栄(やえ)から貰ったメモを取り出す。

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 ㅤ⠀侍屋敷(さむらいやしき) 史深(ふみ)   夢岬(ゆめみさき)町三丁目△番□号

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 一人旅の目的地。
 侍屋敷家(さむらいやしき け)に嫁いだ色歌(いろか)の次女・史深(ふみ)の家へ。

 稲荷神社から歩いて五分。
 ついに『侍屋敷(さむらいやしき)』と書かれた表札を見つけた。
 一際目立つ立派な屋敷と、広い土地を囲う生垣と門。
 ここで、間違いなさそうだ。

 タオルで汗を拭い、身だしなみも整える。
 ひと呼吸置いて、珠景(みかげ)は門をくぐった。
「こんにちは」

「はーい。あなたが、珠景ちゃん?」
 出迎えてくれたのは、小柄なお婆ちゃんだった。
 おっとりとした優しい声。
 ふわりと、風が舞う。

「初めまして。神島珠景(みかげ)です。今日はよろしくお願いします」
「神島色歌(いろか)の次女・史深(ふみ)です。姉から話は聞いているわ」
 朗らかな笑みを浮かべ、史深(ふみ)は珠景(みかげ)を見つめる。

「それにしても……母の言うとおり、本当に美人さんね」
 困ったように微笑み、珠景(みかげ)は立ち尽くす。

「もうご飯は食べたの?」
「まだ、何も……」
「良ければ、食べていって。今作るから」
 侍屋敷家(さむらいやしき け)の豪邸へ招かれる。

 居間に案内された珠景(みかげ)は、畳の上の座布団に座った。
 部屋を見渡し、笑みをこぼす。
「凄いな……」

 存在感のある一枚板の座卓。
 華やかな生花。
 戦国時代の甲冑。

 年季の入った扇風機が、珠景(みかげ)の髪をなびかせて遊ぶ。

「義祖父の趣味でねぇ。こっちに来てから、骨董品を集め始めたらしいわ。この島では、あんな立派な甲冑なんて無かったじゃない? 全部、買った物。受け継がれてきた家宝なんて、ほとんど無いんだから。あ、生花は、私が嗜む程度でやってるの」

 座卓の上を拭きながら、史深(ふみ)は楽しそうに語ってくれた。 
「史深(ふみ)さんは、一人で暮らしているんですか?」

「子供が三人居るんだけど、みんな本州の方で家庭を持ったから、今は夫と二人暮らし。珠景(みかげ)ちゃんが来るって言ったら、『若い子に合わせる顔は無い』って照れちゃって。畑で作業してるか、誰かの家にお邪魔してるんだと思う。だから、ゆっくりしていって」

「そうなんですね」
「珠景(みかげ)ちゃん。私にも、家族と話すように喋って良いのよ。妹の娘なんだから」
「分かった。ありがとう」
 史深(ふみ)は笑顔で頷くと、再び台所へ。

 そして、二人分のどんぶりを持って戻ってきた。
 鶏肉とネギを添えた、すだちうどん。
「絶対、美味しいじゃん」

 向かい合わせで座り、二人は手を合わせる。
「「いただきます」」

 柑橘系の爽やかな香り。
 暑い夏を忘れてしまう清涼感。

 優しい酸味と、調和する和風だし。
 冷たいうどん。輪切りのすだち。
 見た目も綺麗で、箸が進む。

 紬(つむぎ)なら、おかわり確定の絶品料理。
 いつの間にか、珠景(みかげ)も完食していた。
「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした」

 食後、二人は縁側へ。
 麦茶を片手に、外の景色を眺める。

「それにしても……あの『珠景姫(みかげひめ)』と出会える日が来るなんてね。人生、何があるか分からないわ。最初は、みんな驚いたでしょう?」

「紬(つむぎ)は怖くて泣いてたし、弥栄(やえ)おばあちゃんは冷静だったけど『正直、驚いております』って。紬(つむぎ)とかリンちゃんには、亡霊って言われたし」

「私も、弥栄(やえ)姉さんから連絡貰った時は、ついに呆けたかと思ったわ」
 史深(ふみ)の笑みに、珠景(みかげ)も表情が緩む。

 麦茶を一口飲んで、本題を切り出す。
「今日はね。色歌(いろか)の話を聞きたくてきたんだ」

「何でも聞いてちょうだい。神島家に生まれ、侍屋敷家(さむらいやしき け)に嫁いだ私は、誰よりもあなたの欲しい情報を持っているはずよ」
 
 長姫制度(おさひめせいど)が撤廃されたことで、初めて結ばれた縁。
 その象徴が、今を生きる史深(ふみ)なのだ。

「色歌(いろか)の生き方を教えて――」