珠景姫 Mikage Hime ~百年越しの夏に見た夢~

 夏祭りの余韻と、湯船に浸かる夜。
 線香花火の後、紬(つむぎ)は珠景(みかげ)とお風呂に入った。

 思い出を語りながら、身体と心を温めるひととき。
 ゆっくりと時間が過ぎ、加速した物語も落ち着いていく。

 慣れ親しんだ日常へ。
 紬(つむぎ)は鏡の前に座り、珠景(みかげ)に髪を乾かしてもらう。

「綺麗な癖っ毛だよね」
 ドライヤーを置くと、優しく髪を撫でてくれた。 

 鏡越しに珠景(みかげ)を見つめ、素直な疑問を口にする。
「そういえば…… 珠景(みかげ)の髪って、生まれた時からその色なの?」

 紬(つむぎ)の問いに、珠景(みかげ)は小さく首を振った。
 ゴールドベージュに近い綺麗な髪を触りながら、困ったように笑う。
「昔は、紬(つむぎ)と同じ色だったんだよ? 生まれ変わった時に、今の色になっちゃった」

「そうなんだ。私と同じ髪色の珠景(みかげ)……全然、想像がつかない」
「地毛がこの色だったら、もっと壮絶な人生を送ってた気がする……」
「タカアシガニ」
「出たな、カニめ」
 いつものコンボが決まり、紬(つむぎ)と珠景(みかげ)は笑みをこぼす。

「今日、珠景(みかげ)の部屋で寝ても良い?」
「うん。良いよ」
「やったぁ」

「もしや、甘えん坊だな?」
「甘えん坊将軍。神島、ばぶ左衛門(ざえもん)です」
「なんか嫌だなぁ……やっぱり、一人で……」
「ねぇ、ちがっ、やーだぁ!」
「妹のみ、入室を許可します。部外者は出禁で」
「神島紬(つむぎ)です。妹として、入室を許可してください!」
 鏡越しに懇願する紬(つむぎ)を見て、珠景(みかげ)は楽しそうに頷く。

 歯磨きまで済ませ、二人は珠景(みかげ)の部屋へ。
 タカアシガニのぬいぐるみを抱きしめて、隣に寝転んだ。
「ごろーん」

 夜の静寂が、睡魔を呼びに向かう頃。
 同じ布団の上で、就寝の時を待つ。

「ねぇ、紬(つむぎ)」
「うん?」
「カニの足、刺さってるんだけど……」
「え、それはごめん」
 タカアシガニのぬいぐるみを、珠景(みかげ)の居ない方に移動させる。

「海の生き物好きだよね。いつも、そのぬいぐるみと寝てるの?」
「うん。この子はお気に入り」
 ぬいぐるみを撫でながら、紬(つむぎ)は天井を見つめる。

「珠景(みかげ)は、動物苦手なんだっけ?」
「見る分には可愛いなって思うけど、近づかれると怖いんだよね。あ、虫は本当に無理」

「ギンヤンマ渡した時、大丈夫だった……?」
「綺麗な色のトンボだったし、意外と大丈夫だった。紬(つむぎ)は、虫も平気そうだよね」

 珠景(みかげ)の問いが火種となり、紬(つむぎ)は語り始める。

「おばあちゃんと二人で暮らしてた頃は、一人で居る時間が多くてさ。ぬいぐるみで遊んだり、本を読んだり、虫を取りに行ったり……自然や物語が、遊び相手だった。だから、虫も怖くないし、むしろ好き」

 聞き手に徹する珠景(みかげ)の横で、紬(つむぎ)は過去を振り返る。

「リンさんと凪(なぎ)が一緒に住むことになって、遊び相手は出来たんだけど……姉弟の関係を知っちゃって。良いなぁっていうか……姉妹に憧れを抱いたんだよね」
 お兄ちゃんよりも、お姉ちゃんの方が欲しかった。と紬(つむぎ)は付け加える。

「どう頑張っても、お姉ちゃんは生まれてこないから。普通に諦めてたんだけど――」
 横を向き、紬(つむぎ)は嬉しそうに笑う。

「珠景(みかげ)に出会えた」

 始まりの日を思い出す。
 お祈りを捧げて帰るつもりが、珠景姫(みかげひめ)に出会ってしまった。
 かつてない恐怖体験は、今も鮮明に覚えている。

 もしも、一人で帰る事が出来ていたら、『珠景(みかげ)の物語』は始まっていない。

「手を繋いで歩いてる時に、『この人が、お姉ちゃんだったら良いのに』って思ったんだ。なんか、こう直感的に! ビビビって、来たの」

「私が亡霊だったとしても?」
「手が温かくて、優しかったから。一緒に居て、安心したんだもん……ふわぁ……」

 急に眠気が強くなってきて、紬(つむぎ)は小さくあくびをした。
 天井に視線を戻し、タカアシガニのぬいぐるみを抱き寄せる。

「ねぇ、紬(つむぎ)の家族のこと、聞いても良い?」
「うん。良いよ」

「ご両親は、どこに住んでるの?」
「東京……お父さんは大手出版社の編集者で、お母さんは水族館の飼育員さん」
「だから、本とぬいぐるみ……」

「私が小学校に入る時にね。東京で、一緒に暮らす話が出たんだけど……私はこっちが良かったから、おばあちゃんと住むことにしたんだ……ふわぁ……」

 もう一度あくびをした紬(つむぎ)は、そっと目を閉じる。
 今夜も、睡魔が遊びに来た。

「ずっと会ってないの?」
「うん……でも、今は寂しくない」
 意識が遠のいていくなか、紬(つむぎ)は眠たげな声で告げた。

「だって、珠景(みかげ)が居るから――」

 抱きしめられる感触を最後に、紬(つむぎ)は眠りにつく。
 長い一日が、ようやく終わりを迎えた。