珠景姫 Mikage Hime ~百年越しの夏に見た夢~

 夏の夜に咲く美しい花。
 淡く咲き乱れ、儚く散っていく。

 初めて見る線香花火は、幻想的で綺麗だった。
 祭りの余韻に浸りながら、夏の風物詩をカメラに収めていく。

「あ、落ちた」
 僅かな時間しか、この景色は見られないのだろう。
 紬(つむぎ)は新しい線香花火を手に取り、ロウソクの灯りに先端を触れさせた。

 待つこと数秒。
 火の玉が生まれ、散発的に火花を散らし始めた。

「珠景(みかげ)、写真撮って!」
 膨れ上がる火の玉を落とさないように、紬(つむぎ)は空いた手でピースサイン。

 笑顔の紬(つむぎ)にカメラを向け、シャッターを切った。
「ありがと。珠景(みかげ)も一緒にやろっ!」

 紬(つむぎ)の手元が、再び暗くなった。
 消えてしまった花火は、水の入ったバケツで眠りにつく。

 カメラを廊下に置き、珠景(みかげ)もロウソクの近くへ。
 凪(なぎ)から線香花火を一つ受け取り、紬(つむぎ)に倣って命を宿す。

 暗い世界に、小さな光を見つけた。
 動き始めた物語は、まだ咲くことを迷っている。

 刹那を重ね、迎えた夏の夜。
 この場所で咲くと決めた。
 樹木のように枝を広げ、美しい火花を散らす。
 
 脳裏に浮かぶのは、現代で過ごした日々の思い出。
 消えてしまうのが切なくて、お別れするのは寂しくて。
 珠景(みかげ)の心も、揺れ動く。

 でも、終わりの時が来た。 

「ごめんね」
 何も知らない二人に、隠していた事を打ち明ける。


「八月八日。私は、御神体に帰るよ――」

 
 二人同時に、火の玉を落とした。
 スポットライトを当てられた演者のように、珠景(みかげ)は秘めた想いを語り始める。

「いつか、お別れしなきゃいけないなら、出来るだけ早い方が良いでしょ? それにね、最初から決めてたんだ。一年だけ『珠景(みかげ)』として生きようって」

 これが、きっと最後の思い出。
 線香花火は、終わってしまった。
 風に揺れるロウソクの灯りを見つめ、珠景(みかげ)は切なげに微笑む。

「私にとって夏祭りは、『お別れする為の、思い出作り』だから」

 浴衣と猫半面。
 お忍びで行った長姫(おさひめ)神社の夏祭り。
 侍女達の笑顔を思い出し、胸が苦しくなる。

 あの日。色歌(いろか)だけは、心から笑っていなかった。
 永遠の別れになることを、一人だけ知っていたから。

「『珠景(みかげ)』の人生も、これで、終わ……り」
 突然、込み上げてきた涙は、意思に反して溢れ出した。
 頬を伝い、火花が散った地面に落ちていく。 

「もう、終わりにするって……決めた……のに……何で、泣くかなぁ? 幸せな時間を沢山過ごせたのに……まだ、足りないの……?」

「足りないんじゃなくて、失いたくないんだろ?」
 最初に口を開いたのは、凪(なぎ)だった。
 淡々と言葉を並べていく。

「姫の時もそうだけど、何で自分の最期を決めようとすんだよ」
「……それは。でも……私が居るべき場所は、ここじゃないし――」

「珠景姫(みかげひめ)の居場所はここじゃない。でも、珠景(みかげ)の居場所は、ここだろ?」

「え……?」
 言葉の意味を、理解出来なかった。
 戸惑う珠景(みかげ)を見つめ、紬(つむぎ)は優しい声で告げる。

「私は『珠景(みかげ)』が大好きだから。ずっと一緒が良いし、お別れなんてしたくない」 
 真っ直ぐな想いが、揺れる心を突き刺した。

 姫として生きた最後の夏。
 私は、長姫制度(おさひめせいど)に抗う道を選んだ。

 最愛の妹。
 色歌(いろか)の想いに応えず、反対を押し切って。
 そして今も、別れの道に進もうとしている。

「……私は、どうしたら……良い?」
 弱々しい声で問いかけると、紬(つむぎ)は困ったように微笑んだ。

「自分を大切に生きてよ――」
 紬(つむぎ)は立ち上がると、珠景(みかげ)を静かに抱き寄せた。

「誰かの為に、自分を犠牲にしなくて良い。もう、我慢しなくて良いから」
 背中を優しくさすられて。
 内に秘めた本音が、涙と一緒に溢れ出る。

「……我慢しなきゃいけなかった。どんなに辛くても、耐えるしかなかったの…… 色歌(いろか)ともお別れしたくなかったし、飛び込むのだって怖かった……自分を守るために、死ぬ道を選んだんだよ!? この苦しさが、紬(つむぎ)に分かるわけない!」

 突き放そうとしたのに、紬(つむぎ)は離してくれなかった。
 小さな腕で、強く抱きしめられる。

「うん……分からないよ。私は、珠景姫(みかげひめ)の物語に登場しないし、長姫制度(おさひめせいど)に抗う姿も見ていない。でも……『珠景(みかげ)の物語』なら知ってる」

「珠景(みかげ)の物語……?」
「現代で過ごした一年は、全くの別物なんだよ。その物語まで、終わらせちゃダメ」
 紬(つむぎ)は抱擁を解くと、珠景(みかげ)を見つめて微笑んだ。

「だって、それは『珠景姫(みかげひめ)が夢見た物語』でしょ――」
 
「……ッ! 何で……」
「それが『生き続ける理由』だから」

「あぁ……」
 涙と一緒に、笑みが溢れる。
「……だから、私の時間は止まってるんだ……」

 あの夏の未練が、今の珠景(みかげ)を作り出したのだろう。
 ずっと見た目が変わらないのは、十七歳で生涯を閉じたからじゃない。

 いつか、夢見た世界で、あの夏の続きを生きるためだ。

 私が無意識に望んでいたのは、現状維持。
 臆病な心は怯えてばかりで、前に進むことを拒んでいる。

 それでも、信じてきた。
 希望の光が差すことを――

「珠景姫(みかげひめ)の物語が終わらない限り、時間は止まったままだよ」

 返す言葉が見つからず、切ない表情で俯く。
 立ち尽くす珠景(みかげ)を見て、紬(つむぎ)は一歩を踏み出した。

「色歌(いろか)さんが作ってくれたチャンスを、無駄にしないで!」
 感情が乗った声に、思わず顔を上げる。
 紬(つむぎ)の目にも、涙が浮かんでいた。

「色歌(いろか)さんは、何のために、珠景姫(みかげひめ)が夢見た世界を実現したの? 『姉さん』に、幸せに生きて欲しいからだよ!」

 色歌(いろか)の声が聞こえた。
 あの夏が重なり、見つけた妹の面影。
「…… 色歌(いろか)の、なんで……」

「このまま、悲劇で終わらせたくない。珠景姫(みかげひめ)の物語を、ハッピーエンドにしたいの! それが、私と色歌(いろか)さんの夢だから!」

 珠景姫(みかげひめ)の物語をハッピーエンドにしたい。
 そう思った事は、一度も無かった。
 運命に抗った代償として、悲しい結末を迎えてしまう。
 それが悲劇だから。

「一緒に生きよう。珠景(みかげ)」
 私の居場所は、ここにある。
 そう思えるだけで、幸せだった。

「……ありがとう」
 涙を拭い、前を向く。

 「八月八日に、答えを出すね」
 互いに歩み寄り、小指と小指を絡ませた。

「「約束」」
 姉妹の声が重なった。

 雨上がりの笑顔。
 二人の心を結ぶ虹が掛かる。
 眩しい光と共に、シャッター音が響いた。
 
 珠景(みかげ)にカメラを手渡し、凪(なぎ)は中庭を後にする。
 残された二人は、画面に映る写真に目を向けた。

 生まれ育った土地で、笑い合う姉妹。
 時代を超えて、出会えた奇跡。
 夏の約束を交わして。
 今を生きていた。