浜辺で波の音を聞きながら、少し気になっていたことを聞いてみる。
「先生は、話したくないこと……あるんですか?」
俺の質問に、少し困った表情で視線を逸らしながら輪島が話し出す。
「情けない話になるよ?」
「え……?あ、はい」
俺の返答を聞いて、輪島が少し深い呼吸をする。
「僕さ、男性不妊なんだ」
「……」
「それが原因で、結婚した人ともうまくいかなかったんだ」
話している輪島の瞳は、何かを諦めたように、目の前の真っ黒な海を映しているように見えた。
「……そう、だったんすね」
「うん。でもね、一番がっかりしたのはそこじゃないんだ」
「……?」
「僕さ、別れたいって言われた時、全然悲しくなくて。申し訳ないって気持ちはあったけど、僕自身が寂しいとか、縋るような感情はなくて」
「……」
「……自分でこれが欲しい、好きって思ったことがないんだ。親が言う言葉を受け入れて、僕自身は何もないんだよ。自分にも、他人にも……きっと特別はなくて。空っぽなんだ」
輪島の話を聞いて、どんな言葉で返せばいいのか分からなかった。そんな俺の表情を見て、輪島が儚く笑う。
「いやー、しんみりしたね。ごめんごめん。……でも、橘くんには、聞いて欲しくなっちゃった」
誤魔化すように笑う輪島を見て、その口を黙らせようと俺はさっき貰ったチョコを輪島の口に放り込んだ。
「んっ?!!」
「……正直、俺にはそんな経験ないから想像ができないけど。俺も自分がどうしたいのか、よく分からないで。……人として足らない感じは、なんか俺たち一緒っすね」
輪島を励ましたいとか、同情とかじゃなくて。
俺たちは自分のことが分からなくて、自分のことがあまり好きじゃないんだと思った。
俺の言葉を聞き、輪島は目を細めて嬉しそうに笑った。
「橘くんって、優しいね」
「は?」
「ふふ。照れてる?」
「……先生は、……ちょっとウザいです」
「うわぁ、辛辣」
目を合わせ、肩を揺らしながら笑った。
帰りの車内で輪島が俺の好きな曲をかけて欲しいと言い、Bluetoothで俺のスマホを接続する。
ミュージックアプリを開くと、オススメの曲一覧が出てきた。
そのプレイリストを開くと、一度だけ宵と行った音楽フェスで聴いた曲が目に入る。
自然と俺の人差し指は、その曲をタップして車内に前奏が流れ始める。
失恋を歌ったその曲は、当時どこへ行っても流れていた。
生で聴いたあの日、胸の奥を掴まれるような感覚だけは、今でも忘れられない。
そして、その瞬間の隣に立つ宵の顔も忘れられない。
「あ、この曲知ってるよ。このバンド好きなの?」
俺の選曲に輪島が質問してくる。
「……いや、ちょっと懐かしくて」
「ふーん、そっか」
曲のサビに入る頃、俺は窓の外を見つめながら話し出す。
「……この曲、一回生で聴いたことあって」
「へー、ライブ?」
「はい。好きな奴、誘って行ったんすよ」
「そっか」
「聴いてもらったら、わかったと思うんすけど……。生で聴いた時、歌詞が響いたんで、ふと隣見たんすよ。……そしたらそいつ、すげー悲しそうな顔してて。今にも泣きそうな」
俺は話しながら、自然と目頭が熱くなり、涙が頬をつたったことで自分が泣いていることに気づく。
「やばっ……あはは、すみません。……思い出すとダメすっね」
「全然いいよ」
輪島は運転しながら、ダッシュボードに入っていたティッシュを俺に差し出す。
「……すみません」
流れてきた涙を拭き、少し乱れた呼吸を整える。
「……俺、あの時点で失恋してたんすよ。あいつをあんな顔にできるのは、俺じゃないことくらい分かってたのに」
隣で何も言わず、輪島は俺の話を聞いてくれた。
「結局そいつのこと、まだ忘れられないんすよね。一緒にいすぎたから、あいつとの思い出多すぎるんすよ」
俺はそう言って、泣きそうになりながら笑った。
「……もう、その人は絶対無理なの?」
輪島の横顔は、眉を下げて心配そうな表情をしていた。
「……五年」
「ん?」
「……五年、片思いしてたんすけど。少し前に、そいつはやっと好きな人と付き合えたんすよ」
「……」
「もう少しだけ、出会うのが早かったら……って最初は思ってたんすけどね。あいつのあんな顔見たら、俺じゃないことくらい嫌でも分かっちゃって」
「……はぁー……」
俺の話を聞いて、輪島がコンビニに車を停める。
ハンドルに両腕をつき、その上に頬をくっつけて俺の方を見た。
「なんかさ、僕が言えた話じゃないけど。その人、勿体無いことしたよ」
輪島に見つめられながら、そう言われた俺はなぜか言葉がつっかえて出てこなかった。
「僕はさ、橘くんとまだ少ししか過ごしてないけど。橘くんにそんだけ思ってもらえるの羨ましいし、橘くんをそこまで虜にできる人も凄いと思ったよ」
俺の耳がじんわり熱くなっていく。
そんな俺のことなんて、輪島は知る由もなく。クシャッと目を細めて左手で俺の髪の毛ワシャワシャ触る。
「まぁ、俺にはそんな感情芽生えたことないからさ。なんか、余計に羨ましくなったよ」
そうだった。
輪島は誰かに、思いを馳せることなんてないんだ。
その言葉を聞いた時、俺の奥底で鉛のように何かが沈んだ気がした。
「先生は、話したくないこと……あるんですか?」
俺の質問に、少し困った表情で視線を逸らしながら輪島が話し出す。
「情けない話になるよ?」
「え……?あ、はい」
俺の返答を聞いて、輪島が少し深い呼吸をする。
「僕さ、男性不妊なんだ」
「……」
「それが原因で、結婚した人ともうまくいかなかったんだ」
話している輪島の瞳は、何かを諦めたように、目の前の真っ黒な海を映しているように見えた。
「……そう、だったんすね」
「うん。でもね、一番がっかりしたのはそこじゃないんだ」
「……?」
「僕さ、別れたいって言われた時、全然悲しくなくて。申し訳ないって気持ちはあったけど、僕自身が寂しいとか、縋るような感情はなくて」
「……」
「……自分でこれが欲しい、好きって思ったことがないんだ。親が言う言葉を受け入れて、僕自身は何もないんだよ。自分にも、他人にも……きっと特別はなくて。空っぽなんだ」
輪島の話を聞いて、どんな言葉で返せばいいのか分からなかった。そんな俺の表情を見て、輪島が儚く笑う。
「いやー、しんみりしたね。ごめんごめん。……でも、橘くんには、聞いて欲しくなっちゃった」
誤魔化すように笑う輪島を見て、その口を黙らせようと俺はさっき貰ったチョコを輪島の口に放り込んだ。
「んっ?!!」
「……正直、俺にはそんな経験ないから想像ができないけど。俺も自分がどうしたいのか、よく分からないで。……人として足らない感じは、なんか俺たち一緒っすね」
輪島を励ましたいとか、同情とかじゃなくて。
俺たちは自分のことが分からなくて、自分のことがあまり好きじゃないんだと思った。
俺の言葉を聞き、輪島は目を細めて嬉しそうに笑った。
「橘くんって、優しいね」
「は?」
「ふふ。照れてる?」
「……先生は、……ちょっとウザいです」
「うわぁ、辛辣」
目を合わせ、肩を揺らしながら笑った。
帰りの車内で輪島が俺の好きな曲をかけて欲しいと言い、Bluetoothで俺のスマホを接続する。
ミュージックアプリを開くと、オススメの曲一覧が出てきた。
そのプレイリストを開くと、一度だけ宵と行った音楽フェスで聴いた曲が目に入る。
自然と俺の人差し指は、その曲をタップして車内に前奏が流れ始める。
失恋を歌ったその曲は、当時どこへ行っても流れていた。
生で聴いたあの日、胸の奥を掴まれるような感覚だけは、今でも忘れられない。
そして、その瞬間の隣に立つ宵の顔も忘れられない。
「あ、この曲知ってるよ。このバンド好きなの?」
俺の選曲に輪島が質問してくる。
「……いや、ちょっと懐かしくて」
「ふーん、そっか」
曲のサビに入る頃、俺は窓の外を見つめながら話し出す。
「……この曲、一回生で聴いたことあって」
「へー、ライブ?」
「はい。好きな奴、誘って行ったんすよ」
「そっか」
「聴いてもらったら、わかったと思うんすけど……。生で聴いた時、歌詞が響いたんで、ふと隣見たんすよ。……そしたらそいつ、すげー悲しそうな顔してて。今にも泣きそうな」
俺は話しながら、自然と目頭が熱くなり、涙が頬をつたったことで自分が泣いていることに気づく。
「やばっ……あはは、すみません。……思い出すとダメすっね」
「全然いいよ」
輪島は運転しながら、ダッシュボードに入っていたティッシュを俺に差し出す。
「……すみません」
流れてきた涙を拭き、少し乱れた呼吸を整える。
「……俺、あの時点で失恋してたんすよ。あいつをあんな顔にできるのは、俺じゃないことくらい分かってたのに」
隣で何も言わず、輪島は俺の話を聞いてくれた。
「結局そいつのこと、まだ忘れられないんすよね。一緒にいすぎたから、あいつとの思い出多すぎるんすよ」
俺はそう言って、泣きそうになりながら笑った。
「……もう、その人は絶対無理なの?」
輪島の横顔は、眉を下げて心配そうな表情をしていた。
「……五年」
「ん?」
「……五年、片思いしてたんすけど。少し前に、そいつはやっと好きな人と付き合えたんすよ」
「……」
「もう少しだけ、出会うのが早かったら……って最初は思ってたんすけどね。あいつのあんな顔見たら、俺じゃないことくらい嫌でも分かっちゃって」
「……はぁー……」
俺の話を聞いて、輪島がコンビニに車を停める。
ハンドルに両腕をつき、その上に頬をくっつけて俺の方を見た。
「なんかさ、僕が言えた話じゃないけど。その人、勿体無いことしたよ」
輪島に見つめられながら、そう言われた俺はなぜか言葉がつっかえて出てこなかった。
「僕はさ、橘くんとまだ少ししか過ごしてないけど。橘くんにそんだけ思ってもらえるの羨ましいし、橘くんをそこまで虜にできる人も凄いと思ったよ」
俺の耳がじんわり熱くなっていく。
そんな俺のことなんて、輪島は知る由もなく。クシャッと目を細めて左手で俺の髪の毛ワシャワシャ触る。
「まぁ、俺にはそんな感情芽生えたことないからさ。なんか、余計に羨ましくなったよ」
そうだった。
輪島は誰かに、思いを馳せることなんてないんだ。
その言葉を聞いた時、俺の奥底で鉛のように何かが沈んだ気がした。

