――ん。なぜこうなった。この状況なんだ?
頭の中で脳みそフル回転するも、全然理解できないまま、俺はなぜか輪島が運転する車の助手席に座っている。
更衣室から出ると、輪島に言われるがまま助手席に案内され、あっという間に発車した車内にはFMラジオが流れる。
外はすっかり暗くなっていて、冬の街明かりがフロントガラスを流れていく。
「……先生、これはどこに向かってるんですか?」
「えーっとね、僕が好きなお店があって」
ーーおいおいおい。てっきり病院周辺の店だと思ってたけど。
よく見ると、高級そうな革張りのシートに、見たこともない装備が並んでいる。
「あの……、俺そんないい店とか……」
輪島は俺の戸惑いに気づき、黒縁メガネの下で目尻を下げる。
「ごめんごめん。そんなお店じゃないよ。もう少し走ったところに、おにぎり屋があって。そこのおにぎりとお味噌汁が美味しいんだ」
そう話しながら、輪島が運転する車は有名な繁華街があるインターで降りた。
高速を降りた瞬間、少しだけ嫌な予感がした。
車を降りた後も、輪島のあとをついて歩きながら、俺は周囲を何度も見回してしまう。
「ついた!ここ!美味しいんだよ」
そう言って、輪島が店内に入っていく。
中にはカウンター席しかなく、奥の方の席に案内される。
少し背が高いパイプ椅子に横並びで座り、輪島がメニュー表を俺に差し出す。
「俺のおすすめは、梅おかか。あと、高菜明太とかも美味しいよ!」
「……じゃあ、それで」
「おっけー。じゃあ、僕は豚汁もつけるけど。橘くんは?」
「あ、じゃあ俺も」
輪島が慣れたように店員を呼び、二人分の注文をしてくれる。
「よく来るんですか?」
「うん、そうだね。来る時は、週2回とか」
「す、すごいっすね」
「僕、おにぎり好きなんだよね」
「へぇー」
輪島が少し寂しそうに笑った気がした。
おにぎりと豚汁が運ばれてきて、思いの外ボリューミーで驚く。俺の表情を覗き込むようにして、輪島がニヤッとする。
「結構大きいでしょ?食べたらもっと驚くと思うよ」
「……い、いただきます」
輪島に見られながら、おにぎりを口に運ぶ。
一口食べた瞬間、ふわっとお米の甘さと塩加減が口いっぱいに広がり、その後に具材の味もしっかり伝わってくる。咀嚼しながら、思わず目を見開いた。
「うっ、ま……」
俺の言葉を聞いて、隣でじっと見つめる輪島の口角が上がる。
「でしょでしょ。ここ、本当に美味しいんだよ」
「はい、すごく美味しいです」
遅くまで仕事していたからか、思っていたよりお腹が減っていて、ボリュームがあったおにぎり二つなんて直ぐに俺の胃袋に収納された。
店を出る頃には、おにぎりで心も身体も満たされていて、俺は気が緩んでいた。
輪島の車まで戻るため、隣で話しながら歩いていると、横をすれ違った男性二人に呼び止められる。
「あれ?みずっち!」
俺は名前を呼ばれて、肩がビクッとなった。返事をする前に、相手からさらに話しかけられる。
「ねー最近、全然来ないから。ママも会いたがってたよ?」
そう言ってアンニュイな雰囲気の男性が、輪島を見つめる。手を口元に添えて、俺に小さな声で聞いてくる。
「え、もしかして。みずっち、例の彼?」
俺は咄嗟に、輪島の方を見る。
ーーやばい。
冷や汗が止まらない。とりあえず否定しないと。
「いや、この人は職場の人」
「え?あ……でも、そっか。確か、タメって言ってたもんね」
そう言って、もう一度輪島を見定めるようにする彼を見て、もう一人の男性が間に入る。
「ほら、もう行こう?……じゃ、みずっちも、またね」
「あ……うん」
「え、ちょっと。まだ、みずっちと話したいのにー」
彼は友人に手を引かれながら、俺たちのもとを去っていく。
そんな彼らを、俺は苦笑いで見送った。
社会人になってから、俺は時々この街のゲイバーへ通っていた。
さっきの二人は、そこで知り合った飲み友達だ。
宵への想いを聞いてもらえる、数少ない居場所だった。
恐る恐る輪島を見ると、店を出た時と変わらない表情で俺を見返す。
「友達、行っちゃったけど……平気?」
「あ、はい。……すみませんでした」
「いや、全然だよ」
俺たちは、また車まで歩き出す。さっきの会話、どこまで聞こえていたのだろうかと不安になる。
ほぼ確実に、俺のセクシャリティがバレてしまった気がして、今まで積み上げてきたものが崩れてしまう不安にも襲われ、口数が減ってしまう。
車につき、助手席に座ると輪島がどこかへ小走りに向かっていった。
どこへ行くのか尋ねる気にもなれず、ぼーっと外を眺める。
少しして、運転席に輪島がビニール袋を持ちながら乗ってきた。俺がシートベルトをしていると、輪島から袋を渡される。
「……ん?」
袋の中には、いろんな種類のお菓子と飲み物が入っていた。
「……えっ……と、これは?」
「ごめん。俺、橘くんの好きなもの知らないから。とりあえず好きそうなもの買ってきてみた」
そう言いながら、少し照れくさそうに輪島が笑う。
「それ食べながら、少しドライブして帰ろう。家まで送るよ」
「……」
輪島はそう言って、再び首都高を走らせる。
さっきよりも暗くなり窓の外は、ビルの灯りや前を走るテールランプがより一層綺麗に見えた。
「……なんも、聞かないんすか」
ラジオの語りを遮るように、俺は輪島に問いかける。
「うーん……。まぁ、話したくないことの一つや二つあるじゃない?」
「……」
「じゃあ、橘くんの好きな食べ物教えてよ」
「え?」
「知りたいこと、聞いてもいい?」
運転しながら、そう言ってくる輪島を横目で見る。
いつもヘラヘラ誰にでも愛想いいくせに、こういう時だけそんな優しそうな表情で聞いてこないで欲しい。
「……甘いもの全般」
俺がそういうと、目を細めてまた優しく笑う。
「そっか。覚えておくね」
輪島はそう言って、コンビニで買ってきたお菓子を嬉しそうに説明する。袋のお菓子を見つめながら、小さく息を吐く。
――……この人になら。
「俺……ゲイ、なんです。その……、さっきの人達は、そういうバーで知り合って」
――言ってしまった。
俺が少し小さな声で話し出すと、輪島は黙って聞いてくれた。
「……職場では隠してるんですけど」
「そっか」
俺の予想通り、輪島は過剰に理解するとか、深掘りをするわけでもなく、たった一言そう言った。
首都高を降りて、大きな橋が見える浜辺で車を降りる。
先ほど買ったお菓子と飲み物を持って、俺たちは砂浜の手前にある階段に座った。
輪島がガサゴソと袋を漁り、中を見定める。
「あ、ねえ。これ好きだったやつ。橘くんはこれ、知ってる?」
「あ、それ美味しいっすよね」
お菓子を食べながら、波の音と遠くで光る大きな橋を眺める。
「なんか、凄い悪いことしてる気分になるね」
「そうっすね。この時間にこんな食べたら、栄養指導行きっすね」
「ははは、だね」
俺の中で、最初に抱いていた印象は、もうどこにもなかった。
「……なんか、思ってのと違いました」
輪島が首を傾げる。
「もっと、……適当な人だと思ってました」
俺の言葉を聞いて、輪島が声を出して笑う。
「あははは。橘くん、それ正直すぎない?あはは」
「……本当に失礼ですよね。すみません」
「あはっ、全然いいよ。……でもそっか、俺のイメージってそんな感じか」
「……す、みません」
「ふふ。で、今はどんな印象ですか?」
俺を面白がるように、輪島が聞いてくる。
「……いい人だと思います」
俺の返答に、少し照れくさそうにして輪島が微笑む。
「それはよかった」
「もう、……面白がらないでください!」
「あはは。なんか、橘くん可愛いんだもん」
「……っ、先生のそういうところは、嫌いです」
可愛いと言われて、思わず少し大きな声で反論してしまう。
そんな俺をみて、また楽しそうに輪島が笑った。
頭の中で脳みそフル回転するも、全然理解できないまま、俺はなぜか輪島が運転する車の助手席に座っている。
更衣室から出ると、輪島に言われるがまま助手席に案内され、あっという間に発車した車内にはFMラジオが流れる。
外はすっかり暗くなっていて、冬の街明かりがフロントガラスを流れていく。
「……先生、これはどこに向かってるんですか?」
「えーっとね、僕が好きなお店があって」
ーーおいおいおい。てっきり病院周辺の店だと思ってたけど。
よく見ると、高級そうな革張りのシートに、見たこともない装備が並んでいる。
「あの……、俺そんないい店とか……」
輪島は俺の戸惑いに気づき、黒縁メガネの下で目尻を下げる。
「ごめんごめん。そんなお店じゃないよ。もう少し走ったところに、おにぎり屋があって。そこのおにぎりとお味噌汁が美味しいんだ」
そう話しながら、輪島が運転する車は有名な繁華街があるインターで降りた。
高速を降りた瞬間、少しだけ嫌な予感がした。
車を降りた後も、輪島のあとをついて歩きながら、俺は周囲を何度も見回してしまう。
「ついた!ここ!美味しいんだよ」
そう言って、輪島が店内に入っていく。
中にはカウンター席しかなく、奥の方の席に案内される。
少し背が高いパイプ椅子に横並びで座り、輪島がメニュー表を俺に差し出す。
「俺のおすすめは、梅おかか。あと、高菜明太とかも美味しいよ!」
「……じゃあ、それで」
「おっけー。じゃあ、僕は豚汁もつけるけど。橘くんは?」
「あ、じゃあ俺も」
輪島が慣れたように店員を呼び、二人分の注文をしてくれる。
「よく来るんですか?」
「うん、そうだね。来る時は、週2回とか」
「す、すごいっすね」
「僕、おにぎり好きなんだよね」
「へぇー」
輪島が少し寂しそうに笑った気がした。
おにぎりと豚汁が運ばれてきて、思いの外ボリューミーで驚く。俺の表情を覗き込むようにして、輪島がニヤッとする。
「結構大きいでしょ?食べたらもっと驚くと思うよ」
「……い、いただきます」
輪島に見られながら、おにぎりを口に運ぶ。
一口食べた瞬間、ふわっとお米の甘さと塩加減が口いっぱいに広がり、その後に具材の味もしっかり伝わってくる。咀嚼しながら、思わず目を見開いた。
「うっ、ま……」
俺の言葉を聞いて、隣でじっと見つめる輪島の口角が上がる。
「でしょでしょ。ここ、本当に美味しいんだよ」
「はい、すごく美味しいです」
遅くまで仕事していたからか、思っていたよりお腹が減っていて、ボリュームがあったおにぎり二つなんて直ぐに俺の胃袋に収納された。
店を出る頃には、おにぎりで心も身体も満たされていて、俺は気が緩んでいた。
輪島の車まで戻るため、隣で話しながら歩いていると、横をすれ違った男性二人に呼び止められる。
「あれ?みずっち!」
俺は名前を呼ばれて、肩がビクッとなった。返事をする前に、相手からさらに話しかけられる。
「ねー最近、全然来ないから。ママも会いたがってたよ?」
そう言ってアンニュイな雰囲気の男性が、輪島を見つめる。手を口元に添えて、俺に小さな声で聞いてくる。
「え、もしかして。みずっち、例の彼?」
俺は咄嗟に、輪島の方を見る。
ーーやばい。
冷や汗が止まらない。とりあえず否定しないと。
「いや、この人は職場の人」
「え?あ……でも、そっか。確か、タメって言ってたもんね」
そう言って、もう一度輪島を見定めるようにする彼を見て、もう一人の男性が間に入る。
「ほら、もう行こう?……じゃ、みずっちも、またね」
「あ……うん」
「え、ちょっと。まだ、みずっちと話したいのにー」
彼は友人に手を引かれながら、俺たちのもとを去っていく。
そんな彼らを、俺は苦笑いで見送った。
社会人になってから、俺は時々この街のゲイバーへ通っていた。
さっきの二人は、そこで知り合った飲み友達だ。
宵への想いを聞いてもらえる、数少ない居場所だった。
恐る恐る輪島を見ると、店を出た時と変わらない表情で俺を見返す。
「友達、行っちゃったけど……平気?」
「あ、はい。……すみませんでした」
「いや、全然だよ」
俺たちは、また車まで歩き出す。さっきの会話、どこまで聞こえていたのだろうかと不安になる。
ほぼ確実に、俺のセクシャリティがバレてしまった気がして、今まで積み上げてきたものが崩れてしまう不安にも襲われ、口数が減ってしまう。
車につき、助手席に座ると輪島がどこかへ小走りに向かっていった。
どこへ行くのか尋ねる気にもなれず、ぼーっと外を眺める。
少しして、運転席に輪島がビニール袋を持ちながら乗ってきた。俺がシートベルトをしていると、輪島から袋を渡される。
「……ん?」
袋の中には、いろんな種類のお菓子と飲み物が入っていた。
「……えっ……と、これは?」
「ごめん。俺、橘くんの好きなもの知らないから。とりあえず好きそうなもの買ってきてみた」
そう言いながら、少し照れくさそうに輪島が笑う。
「それ食べながら、少しドライブして帰ろう。家まで送るよ」
「……」
輪島はそう言って、再び首都高を走らせる。
さっきよりも暗くなり窓の外は、ビルの灯りや前を走るテールランプがより一層綺麗に見えた。
「……なんも、聞かないんすか」
ラジオの語りを遮るように、俺は輪島に問いかける。
「うーん……。まぁ、話したくないことの一つや二つあるじゃない?」
「……」
「じゃあ、橘くんの好きな食べ物教えてよ」
「え?」
「知りたいこと、聞いてもいい?」
運転しながら、そう言ってくる輪島を横目で見る。
いつもヘラヘラ誰にでも愛想いいくせに、こういう時だけそんな優しそうな表情で聞いてこないで欲しい。
「……甘いもの全般」
俺がそういうと、目を細めてまた優しく笑う。
「そっか。覚えておくね」
輪島はそう言って、コンビニで買ってきたお菓子を嬉しそうに説明する。袋のお菓子を見つめながら、小さく息を吐く。
――……この人になら。
「俺……ゲイ、なんです。その……、さっきの人達は、そういうバーで知り合って」
――言ってしまった。
俺が少し小さな声で話し出すと、輪島は黙って聞いてくれた。
「……職場では隠してるんですけど」
「そっか」
俺の予想通り、輪島は過剰に理解するとか、深掘りをするわけでもなく、たった一言そう言った。
首都高を降りて、大きな橋が見える浜辺で車を降りる。
先ほど買ったお菓子と飲み物を持って、俺たちは砂浜の手前にある階段に座った。
輪島がガサゴソと袋を漁り、中を見定める。
「あ、ねえ。これ好きだったやつ。橘くんはこれ、知ってる?」
「あ、それ美味しいっすよね」
お菓子を食べながら、波の音と遠くで光る大きな橋を眺める。
「なんか、凄い悪いことしてる気分になるね」
「そうっすね。この時間にこんな食べたら、栄養指導行きっすね」
「ははは、だね」
俺の中で、最初に抱いていた印象は、もうどこにもなかった。
「……なんか、思ってのと違いました」
輪島が首を傾げる。
「もっと、……適当な人だと思ってました」
俺の言葉を聞いて、輪島が声を出して笑う。
「あははは。橘くん、それ正直すぎない?あはは」
「……本当に失礼ですよね。すみません」
「あはっ、全然いいよ。……でもそっか、俺のイメージってそんな感じか」
「……す、みません」
「ふふ。で、今はどんな印象ですか?」
俺を面白がるように、輪島が聞いてくる。
「……いい人だと思います」
俺の返答に、少し照れくさそうにして輪島が微笑む。
「それはよかった」
「もう、……面白がらないでください!」
「あはは。なんか、橘くん可愛いんだもん」
「……っ、先生のそういうところは、嫌いです」
可愛いと言われて、思わず少し大きな声で反論してしまう。
そんな俺をみて、また楽しそうに輪島が笑った。

