就職説明会の時も、俺たちはほぼ一緒の病院を見学した。
「宵的には、ここいい感じだった?」
「いや。やっぱり前に見学した病院が第一かな」
「そっか」
「瑞季は?」
心の中では『宵と同じところ』と答えは決まっていた。
「俺も前の病院かな。いろんな症例を見られそうだし」
「そっか。なら、受かれば同期だな」
「だね。俺ら腐れ縁みたいになりそ」
「はは、確かに。俺ら、ほぼ一緒にいるもんな」
肩を揺らしながら話す宵の横顔をそっと見つめて、まだ隣で過ごせていることを嬉しく思う。
俺は、宵の恋の進展が気になって、定期的に想い人について聞いていた。
その癖が習慣化しすぎていた看護師三年目の六月。いつも通り、勉強会の後に宵をご飯に誘った。
そこで宵の口から、今までははぐらかされていたことを聞かされる。
「で、ずっと想ってる人とは最近どうなんですか」
「変わんないよ。ずっと会いたいけど……」
「もう俺と出会った時は既にだったし、五年以上だろ?」
「まぁ、そーね」
「もう、次行けばいいじゃん」
ーーお前のこと想って五年目になるやついる事に気づけよ!
つい、本音が溢れる。
そんな俺の気持ちには気づくわけもなく、宵は上の空で相槌をうつ。
「うーん。まぁ、そうだよな」
「そんなに夢中にさせる宵の想い人はどんな人なの?」
「え、なんで」
「いや、普通に気になるだろ」
今となっては、この質問をしてしまったことを心底、後悔している。
「……いいやつだよ。優しくて、かっこよくて、笑うと可愛い。あと、いつも楽しそうだったな」
俺は、この五年間で初めて見る宵の表情に、胸が締めつけられた。まるで大切にしてきた宝物の話をするように、あまりにも優しい表情で悔しくなった。
ーーそんな顔するなよ……。もうそいつは、ずっと宵を放置してるんだろ?
そう考える俺とは反対に、その人の話をする宵は幸せそうだった。
それから一ヶ月も経たない、ある夜勤明けの日。
珍しく宵から着信が入る。
眠い目をこすりながら、ベッドから身体を起こし電話に出る。
「……もしもし」
「あ、もしもし。今日明けだよな?電話大丈夫?」
「ん。いいよ」
「あのさ、俺会えたんだよ」
心なしか電話越しの宵が珍しく浮ついてる気がした。
「??……なにに?」
「いや、だから、ずっと好きだった人に」
――会えた。
その瞬間、スマホを握っていた手の力が抜け床に置としてしまう。床にぶつかった音で、我に帰りまたスマホを耳元に持っていく。
「おい、大丈夫か?」
「あ、ごめん。びっくりして、携帯落とした」
「あはは、大丈夫かよ」
浮ついている理由がはっきりして、無性に腹が立った。
「なんか、いつもよりテンション高くてムカつく」
「え?」
「で、この電話の要件はそのお知らせですか?」
眠い中、宵からの電話が嬉しくて出た結果がこれだ。
「いや、前に瑞季が会わせろって言ってたから、今度どうかなって」
ーー嘘だろ?今の俺にそんなこと言うのかよ……。
以前宵が好きな人の話をする姿を見て、ヤケクソになりそんなような事を言ったのを思い出す。
「確かに言ったね。会わせてくれるの?」
「もちろん。俺にとって瑞季は数少ない友達だからさ」
――ああ。
こんなに長い片想いの末、好きな人に好きだと言えないまま、俺の恋は終わってしまった。
「……そーね。大親友の俺が、お二人を祝福させてもらいますわ」
「おう!じゃあまたシフト出たら調整しような!」
通話が切れた。
俺はその足で、冷蔵庫を開ける。
手に取った酒の銘柄すら見ずに、喉に流し込む。
「……ゔぅー……」
これから先もずっと隣にいるのは俺だと思っていたのに。大切に積み上げてきたものが、こんなにあっさり終わってしまった事が悲しかった。
あの時怖がらず自分の気持ちと向き合えば、今も宵の隣は俺だったかもしれない。こんな状況で、たらればしか出てこない俺は、結局負け組だ。
本当はおめでとうと言いたい。
――言えなかった。
俺から溢れてくるのは、醜い感情ばかりだった。
五年も拗らせた宵に対する想いは、そう簡単に消えてくれるわけもなく、俺はあの日から宵と会うのをできるだけ避けていた。
「あ、橘くん!ちょっといい?」
師長から声をかけられ、言われるがまま看護部長室の扉をノックする。
「はい、どうぞー」
中から落ち着いた口調で看護部長が俺を招き入れる。
「急にごめんね。どう?循環器は慣れた?」
「いやいや、全然です。日々学んでますが、まだまだ足りないです」
ある程度近況報告をしたあとに、看護部長から一枚の紙を差し出される。
「橘くん。あなたは、来月の九月一日から呼吸器内科に異動してもらいます」
異動内示の用紙を渡された瞬間、驚きとほんの少し肩の力が抜けた気がした。
「……あ、はい。よろしくお願いします」
紙を受け取った俺の表情をのぞくように、看護部長が問いかけてくる。
「本当はもっと循環器が良かった……よね?」
「……いや、色んな事勉強したかったので。ありがたいです」
内示の用紙を折りたたんでポケットに入れる。
「異動のことは、まだ師長しか知らないから。発表があるまでは内密にお願いします」
「はい」
看護部長室から退室し、職員用階段で一人になる。
異動の紙を見つめる。
――神様のお気遣いか。
正直、今、宵と同じ病棟はきつい。
宵は勤務が合えば、今まで我慢していた感情の糸が弾けたように、恋人の話を嬉しそうにしてくる。
そんな宵に、俺の醜い感情がバレないように見繕うのに必死だった。
「これでよかった……」
看護学校から五年間、ほぼ毎日顔を合わせていた日常から離れられる。宵への想いを断ち切るにはちょうどいい。
俺は異動内示の発表日、宵にメッセージを送った。
「俺、呼吸器に異動になった!また時間合えばご飯行こう!」
大丈夫。
終わらせよう。
宵への想いを。
「宵的には、ここいい感じだった?」
「いや。やっぱり前に見学した病院が第一かな」
「そっか」
「瑞季は?」
心の中では『宵と同じところ』と答えは決まっていた。
「俺も前の病院かな。いろんな症例を見られそうだし」
「そっか。なら、受かれば同期だな」
「だね。俺ら腐れ縁みたいになりそ」
「はは、確かに。俺ら、ほぼ一緒にいるもんな」
肩を揺らしながら話す宵の横顔をそっと見つめて、まだ隣で過ごせていることを嬉しく思う。
俺は、宵の恋の進展が気になって、定期的に想い人について聞いていた。
その癖が習慣化しすぎていた看護師三年目の六月。いつも通り、勉強会の後に宵をご飯に誘った。
そこで宵の口から、今までははぐらかされていたことを聞かされる。
「で、ずっと想ってる人とは最近どうなんですか」
「変わんないよ。ずっと会いたいけど……」
「もう俺と出会った時は既にだったし、五年以上だろ?」
「まぁ、そーね」
「もう、次行けばいいじゃん」
ーーお前のこと想って五年目になるやついる事に気づけよ!
つい、本音が溢れる。
そんな俺の気持ちには気づくわけもなく、宵は上の空で相槌をうつ。
「うーん。まぁ、そうだよな」
「そんなに夢中にさせる宵の想い人はどんな人なの?」
「え、なんで」
「いや、普通に気になるだろ」
今となっては、この質問をしてしまったことを心底、後悔している。
「……いいやつだよ。優しくて、かっこよくて、笑うと可愛い。あと、いつも楽しそうだったな」
俺は、この五年間で初めて見る宵の表情に、胸が締めつけられた。まるで大切にしてきた宝物の話をするように、あまりにも優しい表情で悔しくなった。
ーーそんな顔するなよ……。もうそいつは、ずっと宵を放置してるんだろ?
そう考える俺とは反対に、その人の話をする宵は幸せそうだった。
それから一ヶ月も経たない、ある夜勤明けの日。
珍しく宵から着信が入る。
眠い目をこすりながら、ベッドから身体を起こし電話に出る。
「……もしもし」
「あ、もしもし。今日明けだよな?電話大丈夫?」
「ん。いいよ」
「あのさ、俺会えたんだよ」
心なしか電話越しの宵が珍しく浮ついてる気がした。
「??……なにに?」
「いや、だから、ずっと好きだった人に」
――会えた。
その瞬間、スマホを握っていた手の力が抜け床に置としてしまう。床にぶつかった音で、我に帰りまたスマホを耳元に持っていく。
「おい、大丈夫か?」
「あ、ごめん。びっくりして、携帯落とした」
「あはは、大丈夫かよ」
浮ついている理由がはっきりして、無性に腹が立った。
「なんか、いつもよりテンション高くてムカつく」
「え?」
「で、この電話の要件はそのお知らせですか?」
眠い中、宵からの電話が嬉しくて出た結果がこれだ。
「いや、前に瑞季が会わせろって言ってたから、今度どうかなって」
ーー嘘だろ?今の俺にそんなこと言うのかよ……。
以前宵が好きな人の話をする姿を見て、ヤケクソになりそんなような事を言ったのを思い出す。
「確かに言ったね。会わせてくれるの?」
「もちろん。俺にとって瑞季は数少ない友達だからさ」
――ああ。
こんなに長い片想いの末、好きな人に好きだと言えないまま、俺の恋は終わってしまった。
「……そーね。大親友の俺が、お二人を祝福させてもらいますわ」
「おう!じゃあまたシフト出たら調整しような!」
通話が切れた。
俺はその足で、冷蔵庫を開ける。
手に取った酒の銘柄すら見ずに、喉に流し込む。
「……ゔぅー……」
これから先もずっと隣にいるのは俺だと思っていたのに。大切に積み上げてきたものが、こんなにあっさり終わってしまった事が悲しかった。
あの時怖がらず自分の気持ちと向き合えば、今も宵の隣は俺だったかもしれない。こんな状況で、たらればしか出てこない俺は、結局負け組だ。
本当はおめでとうと言いたい。
――言えなかった。
俺から溢れてくるのは、醜い感情ばかりだった。
五年も拗らせた宵に対する想いは、そう簡単に消えてくれるわけもなく、俺はあの日から宵と会うのをできるだけ避けていた。
「あ、橘くん!ちょっといい?」
師長から声をかけられ、言われるがまま看護部長室の扉をノックする。
「はい、どうぞー」
中から落ち着いた口調で看護部長が俺を招き入れる。
「急にごめんね。どう?循環器は慣れた?」
「いやいや、全然です。日々学んでますが、まだまだ足りないです」
ある程度近況報告をしたあとに、看護部長から一枚の紙を差し出される。
「橘くん。あなたは、来月の九月一日から呼吸器内科に異動してもらいます」
異動内示の用紙を渡された瞬間、驚きとほんの少し肩の力が抜けた気がした。
「……あ、はい。よろしくお願いします」
紙を受け取った俺の表情をのぞくように、看護部長が問いかけてくる。
「本当はもっと循環器が良かった……よね?」
「……いや、色んな事勉強したかったので。ありがたいです」
内示の用紙を折りたたんでポケットに入れる。
「異動のことは、まだ師長しか知らないから。発表があるまでは内密にお願いします」
「はい」
看護部長室から退室し、職員用階段で一人になる。
異動の紙を見つめる。
――神様のお気遣いか。
正直、今、宵と同じ病棟はきつい。
宵は勤務が合えば、今まで我慢していた感情の糸が弾けたように、恋人の話を嬉しそうにしてくる。
そんな宵に、俺の醜い感情がバレないように見繕うのに必死だった。
「これでよかった……」
看護学校から五年間、ほぼ毎日顔を合わせていた日常から離れられる。宵への想いを断ち切るにはちょうどいい。
俺は異動内示の発表日、宵にメッセージを送った。
「俺、呼吸器に異動になった!また時間合えばご飯行こう!」
大丈夫。
終わらせよう。
宵への想いを。

