「ふぁー……ねむっ」
あたりは静かで薄暗い中、俺は始発の電車に乗るため駅まで歩いていた。
片手にキャリーケースを持ち、もう片方の手でサコッシュからスマホを取り出す。
「おはよう!ちゃんと起きれたかな?」
輪島からのメッセージを見て、まだ覚醒していない俺の表情筋が少しだけ柔らぐ。
「起きれました。今、駅まで歩いてます」
今日は輪島と約束していた、ゴールデンウィーク。
俺はできるだけ一緒に過ごせるように、6時台の新幹線を予約していた。
前日に準備を終えて、目覚ましを三分おきにセットした甲斐もあり、目標の時刻に間に合いそうだ。
三月の終わりに、輪島を見送った新幹線のホームに着くと、なんだか懐かしくなる。
――長かったな。やっと、会える。
無事に新幹線に乗れたことを輪島に伝えて、少し仮眠することにした。
「次はー……〇〇駅……」
到着時に流れる音楽と共に、うっすら聞き覚えのある駅名が俺の耳に入ってくる。
ハッとして、窓に寄りかかっていた身体を起こし車内の電光掲示を確認する。
――あっぶね、ここじゃん!
俺は急いで荷物をまとめ、ドアの方に向かった。
「寝過ごすところだった……」
小さく呟きながらスマホを確認すると、輪島からのメッセージに気づく。
「ホームで待ってるね」
その一文だけで、少し怠かった身体が軽くなる。
――あと、少しだ。
輪島の待つホームに着くと、ドアから続々と人が降りて行き、待っているはずの輪島を見つけることができない。
「どこだろ……」
不安になってスマホで連絡しようとした時、後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「瑞季くん!!!」
輪島は俺の名前を呼びながら、駆け寄ってくる。
「ごめん。おばぁちゃんがホーム間違えてたから、駅員さんのとこ連れてってて……」
輪島らしい登場で、なんだか安心する。
「ふふ。相変わらず、優しいです」
「え、そうかな?」
柔らかい表情で笑う輪島に、つられて笑ってしまう。
「なんか、少し照れますね」
「うん。そんなに時間経ってないし、ほぼ毎日電話してるけどね」
「それでも、会いたかったです」
口に出した途端、頬が熱くなる。ゆっくり輪島の方を見ると、優しく微笑みながら大きい瞳で俺を見つめる。
「僕も、すごく会いたかった」
生暖かい風が二人の間に流れた。
「じゃあ、行こっか!僕、そっち持つよ」
輪島が俺のキャリーケースを手に取り、改札に向かって歩き出す。
前を歩く輪島の手を、俺はチラチラ見つめる。
――……繋いでもいいかな。
駅を出てから、何も持っていない手の方にゆっくり近づき、そっと輪島の手に触れる。
「……あの、繋いでもいいですか?」
俺が小さな声で聞くと、輪島は一瞬目を丸くしたあと、俺の手を握り返し頷く。
「もちろん!」
そんな輪島の言葉で、本当に恋人になったことを実感した。
駅から近くの喫茶店に入り、モーニングを食べながら今日の予定を確認する。
「今日なんだけど、泊まるホテルは十五時までチェックインできないから。荷物は近くのロッカーに入れるとして……」
輪島が俺の顔色を伺いながら、申し訳なさそうに話し続ける。
「十時に不動産屋を予約してるから、夕方からは瑞季くんの観光とかに時間使えたらなって。せっかく来てもらったのに、さっそく家探しで本当にごめんね」
輪島は俺が兵庫に滞在する三日間のうち、中日の明日は午前中だけ仕事に行かなければならない。
「いや、全然です。むしろ、今日見に行かないと」
俺の言葉を聞いて、輪島が複雑そうな表情を浮かべる。
「本当は瑞季くんを、いろんなところに連れて行きたかったのに……」
「来年の今頃は、一緒に住んでるので。これからたくさん連れてってください」
輪島が明日、仕事になってしまったことは少し残念だったが、俺たちには未来の時間がある。
だから、今日の早起きも、今回のタイトなスケジュールも全然平気だ。
「はぁ……、ほんとに瑞季くんはすごいや。約束する。いろんなところ連れてくって」
「はい!楽しみにしてます」
喫茶店を出て、輪島が予約してくれた不動産屋へ向かう。
「今から行くとこ、僕たちみたいな人にも紹介をしてる実績があって」
「あ、そうなんですね」
「うん。だから、遠慮せずにたくさん注文しようね」
「ふふ。ありがとうございます」
予約してくれていた事だけでも嬉しいのに、輪島のこういう気遣いは、遠距離恋愛の俺の心を穏やかに温める。
不動産屋にも事前に俺たちのことを伝えてくれていたのか、担当者から色眼鏡で見られることもなく、スムーズに話が進む。
「何かお探しの条件などはありますか?」
不動産屋の担当者が、俺たちに問いかけると、隣に座る輪島が勢いよく喋り出す。
「まず、2LDK以上で。あと、セキュリティーはしっかりめ。キッチンとお風呂も広めがいいですね。間取り重視ですが、南向きなら尚ありがたいです。あとは、近くにスーパーがあるといいかな?家賃は要検討で。あとはー……」
流暢に条件を伝える輪島に、俺はただただ圧倒される。
「瑞季くん的には、どうかな?」
「えっと……」
輪島の条件を思い出しながら、気になった点を伝える。
「あの、なんで2LDKなんですか?」
輪島がハッとして、少し慌てた様子で話す。
「寝室を分けたいとか、一緒にいたくないとかじゃないよ!僕の仕事上、遅くまで起きてることや書類も多いから、そういう部屋は分けたほうがいいかなって思って」
俺に一生懸命伝える輪島を見て、カウンターの向こう側で座る担当者が微笑ましく俺たちを見つめる。
「仲良いですね」
その言葉に、俺たちは二人とも耳が熱くなる。
「す、すみません。えっと……、今の条件で良さそうな物件はありますか?」
俺の返答を聞いて、担当者は席を外し、3件の候補資料を手に俺たちの元へ戻ってきた。
「今の条件で当てはまるのが、こちらなんですが……」
見せてくれた資料には、新築のタワーマンション、築浅のマンション、二ヶ月後に完成予定のマンションがあった。
全て条件は満たしていたが、俺的にはどの物件も背伸びするようなもので、選ぶ以前に家賃を払えるのか不安になる。
そんな俺を横目に、輪島は一枚の資料を指差して口を開く。
「この物件は……なしで」
輪島の指先には、二ヶ月後に完成予定の物件資料があった。
「なにか、条件に合いませんでしたか?」
「はい。できれば早く引っ越したいんです。なんなら、即入居でも」
俺は輪島の言葉にさらに驚き、担当者と輪島の会話についていくので必死だ。
「わかりました!他の二件、即入居できるか確認してきますね」
また担当者が席を外した時、隣に座る輪島の顔をじろっと見つめて、俺はやっと口を開く。
「……俺、こんな金、払えないよ」
よくよく考えれば、都心で輪島が出した条件を満たすには、相場でこの金額なのは理解できる。
俺の不安そうな表情を見て、輪島が俺の手に優しく触れる。
「家賃は僕が払うって決めてたから。瑞季くんは、気にしなくていいよ」
「え、それはやだ!俺は、そういうのちゃんとしたい」
「あ、違う!違うよ!」
すぐに輪島は否定をし、少し考えながら続けて話す。
「その、……瑞季くんは慣れない土地に来てくれるよね。知り合いもいないし。……自惚れた言い方だけど、僕だけのために。だから、せめて僕は瑞季くんが過ごしやすくて、僕たちが一緒に住めるところを用意したいんだ。これは、僕のわがままって思ってくれたら、ありがたいかな」
「……でも」
「あ!生活費とかは、ちゃんと折半したいと思ってるし。二人の貯金とかも考えたいしね。こういうのは、役割だと思うから。ここは、僕の担当にさせてくれる?」
輪島の説得に、まだ少しだけ抵抗はあるものの、心のどこかで嬉しく感じるのもあって、俺はコクリと頷いた。
担当者が戻ってきて、食い気味に話し出す。
「あの、こちらの物件だったら即入居可能でした!これから、見に行きますか?」
築浅のマンション資料を俺たちに差し出す。
「はい!行きます!」
輪島が勢いよく返答し、俺たちは内見に向かった。
マンションにつき、設備などについて説明を受けながら、部屋まで案内される。
案内された部屋は、十階建の八階。角部屋だった。
室内は比較的綺麗で収納も多く、二人で住むには十分だ。
「こちらの管理人さんは、弊社を理解してくださっていて。輪島様が事前にお伝えしてくれていた内容も、クリアされています」
断定的なことこそ言わないが、俺たちのことを受け入れてくれる場所があることに胸の奥が熱くなる。
俺が浴室の扉を開けた時、後ろから輪島が耳元で囁いてくる。
「ここなら、一緒に入れるね」
少し悪い顔をしながら、俺の反応を待つ輪島に仕返しをする。
「そうですね。角部屋ですし、いろいろできそうですね」
――ざまぁみろ。
輪島の顔をちらっと見ると、片手で口元を押さえながら頬を赤くしていた。
輪島と目が合い、俺は少しムスッとして口元を尖らせた。
「もう、一慶さんのそういうの慣れましたから。ざまぁみろです」
そのまま、担当者がいるリビングの方へ戻った。
少しして輪島もリビングに戻ってくる。
「どうですか?」
担当者が不安そうに、俺たちの顔色を伺う。
「瑞季くんは、どうかな?」
「……そうですね。俺はいいと思います」
俺の返答を聞いた直後、輪島も返事をする。
「じゃあ、ここでお願いします」
俺の知ってる輪島から想像できないような即決で、思わず口を出す。
「え、ほんとに?」
「うん。瑞季くんがここでいいなら、僕もここがいい」
――俺の知らない輪島一慶は、まだまだいそうだ。
「じゃあ、お願いします」
俺たちの会話を聞きながら、担当者が満面の笑みで頭を下げる。
「ありがとうございます!では一度、事務所に戻りましょう」
その後は流れるように事務手続きを済ませ、不動産屋を出た時には十六時を回っていた。
「つ……疲れた」
慣れない書類や、申請を行い、朝からの疲れもどっと襲いかかる。
「ごめんね。でも、これで安心だよ。明日には鍵もらえるみたいだし」
「ですね」
隣で俺に気遣いながら、嬉しそうに笑う輪島を見て、俺も嬉しくなる。
「じゃあ、ホテル行こうか」
「はい」
今回の日程が決まった時点で、滞在するホテルは輪島が手配してくれていた。
――ホテルまで送ってくれるのか。
輪島とタクシーに乗りホテルの前に着くと、なぜか輪島も一緒に降りる。
――ん?
違和感を感じつつも、輪島と共にフロントに行く。
「あの、今日から三泊で予約してます。輪島で予約してもらったんですが」
フロントスタッフに伝えると、パソコンで予約を確認する。
「輪島様ですね。本日から二泊、二名様。セミダブルのお部屋でお間違い無いでしょうか?」
――え?なんて?
「えっ、いや……」
俺が訂正しようとした時、後ろにいる輪島がフロントスタッフに返答する。
「はい、間違い無いです」
その言葉を聞いて、思わず後ろを振り返り、輪島の顔をじろっと見る。
俺の表情を見て、クスクスと目を細めて笑っている。
部屋に向かうエレベーターで、他の人が乗っていないことを確認し、口を開く。
「聞いてない!」
「え?」
「一緒に泊まるんですか?」
とぼけた表情をした後に、輪島が少しだけ不貞腐れたように話す。
「だって、せっかく会えたのに。離れるのは寂しいよ」
――ず、ずるい。
俺は、輪島のこういう部分にすこぶる弱い。
でも、事前に知ってたら、気持ち的にも準備はできたのに……。
「……はぁ。まぁ、俺も一緒にいれるの嬉しいです」
俺の返答に、輪島の表情が明るくなる。
「でも、その……。いろいろあるじゃないですか。……準備とか」
俺が少し目を逸らしながら話すと、輪島も何かを感じ取ったのか、俺の顔を覗き込む。
「瑞季くんと一緒にいたいから。難しいことは考えないで、ね?」
「……考えなくていいんですか?」
我ながら、少し意地悪な聞き返し方をした。
輪島は少し戸惑いながら、小さな声で返事をする。
「いや……、少しは考えて欲しい……です」
俺たちはエレベーターが停まるまで無言のまま、肩が振れるような近さで並んだ。
荷物を置きベッドに腰掛けると、輪島が蕩けるような瞳で俺の前に立つ。
「キス……していい?」
「……聞かなくていいです」
輪島の柔らかい唇が重なり、俺はベッドに押し倒される。
唇をゆっくり喰みながら、頬、首筋に移動していき、俺の鎖骨に輪島の吐息があたる。
破裂しそうな心臓を抑え込みながら、必死に口を開く。
「……い、いっけ、さん。シャワー入りたい」
俺の言葉で輪島がビクッと肩を動かした後、あたふたしたように俺の瞳を見つめる。
「ご、ごめん。あの、つい……。瑞季くん疲れてるのに」
申し訳なさそうにする輪島の頬にそっと手を当てて、二人の視線が合う。
「いい……です。俺も一慶さんと、……したいから」
輪島と恋人になってから、何度も調べていた内容を思い出し、全身が熱くなっていく。
「シャワー浴びてくるので、待っててもらっていいですか」
俺の言葉に、目を丸くしながら、輪島がコクリと頷く。
シャワーから戻ると、部屋の照明が少しだけ落とされていた。
輪島はソファに座ったまま、落ち着かない様子でテレビもつけずに待っている。
「あ、おかえり」
「……お待たせしました」
目が合うだけで照れくさくて、お互い笑ってしまう。
輪島がゆっくり立ち上がる。
「緊張してる?」
「……はい」
「僕も」
その一言で、張りつめていた肩の力が少し抜けた。
肌が触れ合うたびに、俺を優しく見つめる輪島の瞳に何度も溺れそうになる。
名前を呼び合いながら、二人だけの静かな時間がゆっくりと流れていった。
ベッドの下には抜け殻のように散らばる服。
俺たちは、顔を見合わせながら笑った。
窓の外はすっかり暗くなり、オフィスビルの夜景がきらびやかに光っている。
布団にくるまりながら外を見つめていると、俺のお腹がすごい音を立ててなった。
「ふふ、お腹減ったね」
「……はい」
幸せすぎて、気が緩んでしまう。
「シャワー浴びて、ご飯食べ行こうか」
次の日の朝。
昨日の疲れもあり、俺はぐっすり眠ってしまった。
窓から差し込む光に、重たい瞼を開ける。
「……ん」
ぼやけた視界の焦点が合う頃、隣を見ると輪島の姿がなかった。
ゆっくりと身体を起こし、あたりを見渡す。
枕の横に、何か書かれたメモを見つけた。
「早めに行って、すぐ戻るね!朝ごはん、ちゃんと食べるんだよ」
輪島からのメッセージを見て、俺はもう一度ベッドに横たわる。
――俺、昨日一慶さんと……。
指先から足先まで、痺れるような感覚を思い出して頬が熱くなる。
「……幸せすぎる」
俺はしばらく噛み締めた後、やっと身体を起こし身支度をした。
近くのカフェで朝食を終えて、街をふらついていると、輪島から連絡が入る。
昨日の不動産屋で、待ち合わせすることになった。
「お待たせ」
「お疲れ様です」
輪島と合流し、無事に新居の鍵を受け取る。
「じゃあ、行こうか」
輪島に手を引かれて、車に乗り込む。
「車で来たんですね」
「うん。実家の荷物持ってきたから」
「え?!」
「必要最低限ね。できるだけ早く出たかったし」
「そ、そうだったんですね」
輪島の家族については、いつか輪島が話したくなった時に聞くと決めている。
「荷解き、手伝ってくれる?」
「もちろんです!!」
輪島の荷物は、駐車場と部屋を三往復すれば運べる程度だった。
「少なすぎませんか?」
「え?あー、家具とかはまた一緒に見に行けばいいし。とりあえず寝袋は持ってきたよ!」
輪島の発言に驚き、急いで作業を始める。
「せ、せめて。ベッドとかは今日中に買いましょう」
輪島の持ってきた段ボールをあけて、中身を取り出していく。
「え、これ」
手に取ったカップ麺の容器を輪島に見せる。
「これ、まだ持ってたんですか?」
「うん。捨てられなくて」
「もしかして。……裏、気づきました?」
「ふふ。こっちくる時にね」
「そ、そうですか」
俺の淡い期待が、ちゃんと輪島に届いていた。
輪島はカップ麺を受け取り、キッチンのカウンターに置く。
「宝物だから。これは、捨てないでね」
「はい」
「瑞季くん」
「はい?」
「僕と恋人になってくれて、ありがとう」
目尻を下げて微笑みながら輪島はそういうと、また作業に戻った。
――俺の方こそ。
輪島の荷物が少なかったのもあり、一時間後には荷解きが終わった。
「よし!急いで、ベッドだけでも買いに行きましょう!」
今日はもうゆっくり観光をしようという輪島を、半ば無理やり大型家具店へ連れていく。
陳列された展示品のベッドに腰掛けながら、輪島に問いかける。
「ベッドは、分けますか?」
「いや、一緒にしよう。サイズはー……、クイーンかキングかな」
なんの躊躇いもなく、即決していく輪島。
ベッド一式と、ソファも購入した。
「明日届くみたいでよかったです。組み立て頑張りましょう」
「……本当にどこも連れて行けくてごめんね」
「いやいや。実感湧いて、ワクワクしてます」
自然と溢れる本音に、輪島も嬉しそうに頷く。
次の日、ホテルで朝食をとり、俺たちは新居に向かった。
途中で日用品なども買い揃えた。
「ふぅー……じゃあ、やりましょうか」
二人で届いたベッドとソファの、取り扱い説明書を見る。
「結構、大変そうですね」
「うん。思ったより難しそうだね」
説明書を見ながら、手探りで始める。
「あ、ちょ、一慶さん逆、逆!」
「え、どこ?……これかな」
「違う違う!そうじゃなくて」
「あ、これだね。ごめん、僕がここ支えるね」
顔を見合わせて、肩を揺らして笑う。
「もう俺たち、不器用すぎません?」
「ふふふ。ほんとだね」
「でも俺、この時間さえ幸せです」
輪島の笑う顔がとても自然で、それが何よりもうれしかった。
「はぁー、これ新幹線までに間に合うかな」
笑いながらそう話す俺に、少し離れていたはずの輪島の顔が目の前に近づいてくる。
――チュッ。
ゆっくりと目を開くと、優しく蕩けるような瞳で輪島が俺を見つめていた。
「はぁー……、もう帰っちゃうのが辛すぎる」
「ですね」
輪島が俺の背中に腕を回し、優しく抱きしめた。
「早くおいでよ」
「うん」
現実的には、来年の春まで同棲はできない。
でも、気持ちだけでもここに置いていきたかった。
俺も輪島の背中に腕を回す。
「一慶さん。大好き」
二人の気持ちが同じものになっていく。
作業を終え、無事にベッドとソファが完成した。
新幹線まで、あと二時間ほど余裕がある。
疲れた身体を沈めるように、お互いくっつきながらソファに腰掛けた。
「無事、終わりましたね」
「うん。本当にありがとう」
「いえいえ。寝袋生活は流石に良くないので」
「あははは、確かにね。あ!瑞季くんさえ良ければ、他にも欲しいものとか揃えておくよ」
「……じゃあ」
――こんなこと言ったら、子供っぽいとか思われるかな。
戸惑いながら、輪島にお願いする。
「今度会えた時、お揃いのコップとか……買いたいです」
輪島が目を見開いた後、ハニカムように笑う。
「いいね。買おう!コップとか、お皿とか!たくさん買おう!」
「はい!たくさん。たくさん欲しいです!」
輪島の言葉は、優しくて温かくて本当に魔法みたいだ。
「家電とか、そういうのは僕が揃えてもいい?」
「あ、そうですよね。今日から住むなら、必要でしたね」
家電の存在など、すっかり忘れていたことに気づく。
幸せボケということにしておこう。
「ゆっくり散策しながら、駅向かおうか」
「はい!」
「今度は、僕がそっち行くね」
「楽しみにしてます」
輪島から渡されたお揃いの鍵を、自分のキーチェーンにつける。
一緒に住む家ができた。
俺たちが安心できる場所。
もう俺は一人じゃない。
家を出てエレベーターまで歩く時、俺はそっと手を繋いで、輪島の顔を覗き込む。
「これからも、二人でたくさん笑っていようね」
あたりは静かで薄暗い中、俺は始発の電車に乗るため駅まで歩いていた。
片手にキャリーケースを持ち、もう片方の手でサコッシュからスマホを取り出す。
「おはよう!ちゃんと起きれたかな?」
輪島からのメッセージを見て、まだ覚醒していない俺の表情筋が少しだけ柔らぐ。
「起きれました。今、駅まで歩いてます」
今日は輪島と約束していた、ゴールデンウィーク。
俺はできるだけ一緒に過ごせるように、6時台の新幹線を予約していた。
前日に準備を終えて、目覚ましを三分おきにセットした甲斐もあり、目標の時刻に間に合いそうだ。
三月の終わりに、輪島を見送った新幹線のホームに着くと、なんだか懐かしくなる。
――長かったな。やっと、会える。
無事に新幹線に乗れたことを輪島に伝えて、少し仮眠することにした。
「次はー……〇〇駅……」
到着時に流れる音楽と共に、うっすら聞き覚えのある駅名が俺の耳に入ってくる。
ハッとして、窓に寄りかかっていた身体を起こし車内の電光掲示を確認する。
――あっぶね、ここじゃん!
俺は急いで荷物をまとめ、ドアの方に向かった。
「寝過ごすところだった……」
小さく呟きながらスマホを確認すると、輪島からのメッセージに気づく。
「ホームで待ってるね」
その一文だけで、少し怠かった身体が軽くなる。
――あと、少しだ。
輪島の待つホームに着くと、ドアから続々と人が降りて行き、待っているはずの輪島を見つけることができない。
「どこだろ……」
不安になってスマホで連絡しようとした時、後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「瑞季くん!!!」
輪島は俺の名前を呼びながら、駆け寄ってくる。
「ごめん。おばぁちゃんがホーム間違えてたから、駅員さんのとこ連れてってて……」
輪島らしい登場で、なんだか安心する。
「ふふ。相変わらず、優しいです」
「え、そうかな?」
柔らかい表情で笑う輪島に、つられて笑ってしまう。
「なんか、少し照れますね」
「うん。そんなに時間経ってないし、ほぼ毎日電話してるけどね」
「それでも、会いたかったです」
口に出した途端、頬が熱くなる。ゆっくり輪島の方を見ると、優しく微笑みながら大きい瞳で俺を見つめる。
「僕も、すごく会いたかった」
生暖かい風が二人の間に流れた。
「じゃあ、行こっか!僕、そっち持つよ」
輪島が俺のキャリーケースを手に取り、改札に向かって歩き出す。
前を歩く輪島の手を、俺はチラチラ見つめる。
――……繋いでもいいかな。
駅を出てから、何も持っていない手の方にゆっくり近づき、そっと輪島の手に触れる。
「……あの、繋いでもいいですか?」
俺が小さな声で聞くと、輪島は一瞬目を丸くしたあと、俺の手を握り返し頷く。
「もちろん!」
そんな輪島の言葉で、本当に恋人になったことを実感した。
駅から近くの喫茶店に入り、モーニングを食べながら今日の予定を確認する。
「今日なんだけど、泊まるホテルは十五時までチェックインできないから。荷物は近くのロッカーに入れるとして……」
輪島が俺の顔色を伺いながら、申し訳なさそうに話し続ける。
「十時に不動産屋を予約してるから、夕方からは瑞季くんの観光とかに時間使えたらなって。せっかく来てもらったのに、さっそく家探しで本当にごめんね」
輪島は俺が兵庫に滞在する三日間のうち、中日の明日は午前中だけ仕事に行かなければならない。
「いや、全然です。むしろ、今日見に行かないと」
俺の言葉を聞いて、輪島が複雑そうな表情を浮かべる。
「本当は瑞季くんを、いろんなところに連れて行きたかったのに……」
「来年の今頃は、一緒に住んでるので。これからたくさん連れてってください」
輪島が明日、仕事になってしまったことは少し残念だったが、俺たちには未来の時間がある。
だから、今日の早起きも、今回のタイトなスケジュールも全然平気だ。
「はぁ……、ほんとに瑞季くんはすごいや。約束する。いろんなところ連れてくって」
「はい!楽しみにしてます」
喫茶店を出て、輪島が予約してくれた不動産屋へ向かう。
「今から行くとこ、僕たちみたいな人にも紹介をしてる実績があって」
「あ、そうなんですね」
「うん。だから、遠慮せずにたくさん注文しようね」
「ふふ。ありがとうございます」
予約してくれていた事だけでも嬉しいのに、輪島のこういう気遣いは、遠距離恋愛の俺の心を穏やかに温める。
不動産屋にも事前に俺たちのことを伝えてくれていたのか、担当者から色眼鏡で見られることもなく、スムーズに話が進む。
「何かお探しの条件などはありますか?」
不動産屋の担当者が、俺たちに問いかけると、隣に座る輪島が勢いよく喋り出す。
「まず、2LDK以上で。あと、セキュリティーはしっかりめ。キッチンとお風呂も広めがいいですね。間取り重視ですが、南向きなら尚ありがたいです。あとは、近くにスーパーがあるといいかな?家賃は要検討で。あとはー……」
流暢に条件を伝える輪島に、俺はただただ圧倒される。
「瑞季くん的には、どうかな?」
「えっと……」
輪島の条件を思い出しながら、気になった点を伝える。
「あの、なんで2LDKなんですか?」
輪島がハッとして、少し慌てた様子で話す。
「寝室を分けたいとか、一緒にいたくないとかじゃないよ!僕の仕事上、遅くまで起きてることや書類も多いから、そういう部屋は分けたほうがいいかなって思って」
俺に一生懸命伝える輪島を見て、カウンターの向こう側で座る担当者が微笑ましく俺たちを見つめる。
「仲良いですね」
その言葉に、俺たちは二人とも耳が熱くなる。
「す、すみません。えっと……、今の条件で良さそうな物件はありますか?」
俺の返答を聞いて、担当者は席を外し、3件の候補資料を手に俺たちの元へ戻ってきた。
「今の条件で当てはまるのが、こちらなんですが……」
見せてくれた資料には、新築のタワーマンション、築浅のマンション、二ヶ月後に完成予定のマンションがあった。
全て条件は満たしていたが、俺的にはどの物件も背伸びするようなもので、選ぶ以前に家賃を払えるのか不安になる。
そんな俺を横目に、輪島は一枚の資料を指差して口を開く。
「この物件は……なしで」
輪島の指先には、二ヶ月後に完成予定の物件資料があった。
「なにか、条件に合いませんでしたか?」
「はい。できれば早く引っ越したいんです。なんなら、即入居でも」
俺は輪島の言葉にさらに驚き、担当者と輪島の会話についていくので必死だ。
「わかりました!他の二件、即入居できるか確認してきますね」
また担当者が席を外した時、隣に座る輪島の顔をじろっと見つめて、俺はやっと口を開く。
「……俺、こんな金、払えないよ」
よくよく考えれば、都心で輪島が出した条件を満たすには、相場でこの金額なのは理解できる。
俺の不安そうな表情を見て、輪島が俺の手に優しく触れる。
「家賃は僕が払うって決めてたから。瑞季くんは、気にしなくていいよ」
「え、それはやだ!俺は、そういうのちゃんとしたい」
「あ、違う!違うよ!」
すぐに輪島は否定をし、少し考えながら続けて話す。
「その、……瑞季くんは慣れない土地に来てくれるよね。知り合いもいないし。……自惚れた言い方だけど、僕だけのために。だから、せめて僕は瑞季くんが過ごしやすくて、僕たちが一緒に住めるところを用意したいんだ。これは、僕のわがままって思ってくれたら、ありがたいかな」
「……でも」
「あ!生活費とかは、ちゃんと折半したいと思ってるし。二人の貯金とかも考えたいしね。こういうのは、役割だと思うから。ここは、僕の担当にさせてくれる?」
輪島の説得に、まだ少しだけ抵抗はあるものの、心のどこかで嬉しく感じるのもあって、俺はコクリと頷いた。
担当者が戻ってきて、食い気味に話し出す。
「あの、こちらの物件だったら即入居可能でした!これから、見に行きますか?」
築浅のマンション資料を俺たちに差し出す。
「はい!行きます!」
輪島が勢いよく返答し、俺たちは内見に向かった。
マンションにつき、設備などについて説明を受けながら、部屋まで案内される。
案内された部屋は、十階建の八階。角部屋だった。
室内は比較的綺麗で収納も多く、二人で住むには十分だ。
「こちらの管理人さんは、弊社を理解してくださっていて。輪島様が事前にお伝えしてくれていた内容も、クリアされています」
断定的なことこそ言わないが、俺たちのことを受け入れてくれる場所があることに胸の奥が熱くなる。
俺が浴室の扉を開けた時、後ろから輪島が耳元で囁いてくる。
「ここなら、一緒に入れるね」
少し悪い顔をしながら、俺の反応を待つ輪島に仕返しをする。
「そうですね。角部屋ですし、いろいろできそうですね」
――ざまぁみろ。
輪島の顔をちらっと見ると、片手で口元を押さえながら頬を赤くしていた。
輪島と目が合い、俺は少しムスッとして口元を尖らせた。
「もう、一慶さんのそういうの慣れましたから。ざまぁみろです」
そのまま、担当者がいるリビングの方へ戻った。
少しして輪島もリビングに戻ってくる。
「どうですか?」
担当者が不安そうに、俺たちの顔色を伺う。
「瑞季くんは、どうかな?」
「……そうですね。俺はいいと思います」
俺の返答を聞いた直後、輪島も返事をする。
「じゃあ、ここでお願いします」
俺の知ってる輪島から想像できないような即決で、思わず口を出す。
「え、ほんとに?」
「うん。瑞季くんがここでいいなら、僕もここがいい」
――俺の知らない輪島一慶は、まだまだいそうだ。
「じゃあ、お願いします」
俺たちの会話を聞きながら、担当者が満面の笑みで頭を下げる。
「ありがとうございます!では一度、事務所に戻りましょう」
その後は流れるように事務手続きを済ませ、不動産屋を出た時には十六時を回っていた。
「つ……疲れた」
慣れない書類や、申請を行い、朝からの疲れもどっと襲いかかる。
「ごめんね。でも、これで安心だよ。明日には鍵もらえるみたいだし」
「ですね」
隣で俺に気遣いながら、嬉しそうに笑う輪島を見て、俺も嬉しくなる。
「じゃあ、ホテル行こうか」
「はい」
今回の日程が決まった時点で、滞在するホテルは輪島が手配してくれていた。
――ホテルまで送ってくれるのか。
輪島とタクシーに乗りホテルの前に着くと、なぜか輪島も一緒に降りる。
――ん?
違和感を感じつつも、輪島と共にフロントに行く。
「あの、今日から三泊で予約してます。輪島で予約してもらったんですが」
フロントスタッフに伝えると、パソコンで予約を確認する。
「輪島様ですね。本日から二泊、二名様。セミダブルのお部屋でお間違い無いでしょうか?」
――え?なんて?
「えっ、いや……」
俺が訂正しようとした時、後ろにいる輪島がフロントスタッフに返答する。
「はい、間違い無いです」
その言葉を聞いて、思わず後ろを振り返り、輪島の顔をじろっと見る。
俺の表情を見て、クスクスと目を細めて笑っている。
部屋に向かうエレベーターで、他の人が乗っていないことを確認し、口を開く。
「聞いてない!」
「え?」
「一緒に泊まるんですか?」
とぼけた表情をした後に、輪島が少しだけ不貞腐れたように話す。
「だって、せっかく会えたのに。離れるのは寂しいよ」
――ず、ずるい。
俺は、輪島のこういう部分にすこぶる弱い。
でも、事前に知ってたら、気持ち的にも準備はできたのに……。
「……はぁ。まぁ、俺も一緒にいれるの嬉しいです」
俺の返答に、輪島の表情が明るくなる。
「でも、その……。いろいろあるじゃないですか。……準備とか」
俺が少し目を逸らしながら話すと、輪島も何かを感じ取ったのか、俺の顔を覗き込む。
「瑞季くんと一緒にいたいから。難しいことは考えないで、ね?」
「……考えなくていいんですか?」
我ながら、少し意地悪な聞き返し方をした。
輪島は少し戸惑いながら、小さな声で返事をする。
「いや……、少しは考えて欲しい……です」
俺たちはエレベーターが停まるまで無言のまま、肩が振れるような近さで並んだ。
荷物を置きベッドに腰掛けると、輪島が蕩けるような瞳で俺の前に立つ。
「キス……していい?」
「……聞かなくていいです」
輪島の柔らかい唇が重なり、俺はベッドに押し倒される。
唇をゆっくり喰みながら、頬、首筋に移動していき、俺の鎖骨に輪島の吐息があたる。
破裂しそうな心臓を抑え込みながら、必死に口を開く。
「……い、いっけ、さん。シャワー入りたい」
俺の言葉で輪島がビクッと肩を動かした後、あたふたしたように俺の瞳を見つめる。
「ご、ごめん。あの、つい……。瑞季くん疲れてるのに」
申し訳なさそうにする輪島の頬にそっと手を当てて、二人の視線が合う。
「いい……です。俺も一慶さんと、……したいから」
輪島と恋人になってから、何度も調べていた内容を思い出し、全身が熱くなっていく。
「シャワー浴びてくるので、待っててもらっていいですか」
俺の言葉に、目を丸くしながら、輪島がコクリと頷く。
シャワーから戻ると、部屋の照明が少しだけ落とされていた。
輪島はソファに座ったまま、落ち着かない様子でテレビもつけずに待っている。
「あ、おかえり」
「……お待たせしました」
目が合うだけで照れくさくて、お互い笑ってしまう。
輪島がゆっくり立ち上がる。
「緊張してる?」
「……はい」
「僕も」
その一言で、張りつめていた肩の力が少し抜けた。
肌が触れ合うたびに、俺を優しく見つめる輪島の瞳に何度も溺れそうになる。
名前を呼び合いながら、二人だけの静かな時間がゆっくりと流れていった。
ベッドの下には抜け殻のように散らばる服。
俺たちは、顔を見合わせながら笑った。
窓の外はすっかり暗くなり、オフィスビルの夜景がきらびやかに光っている。
布団にくるまりながら外を見つめていると、俺のお腹がすごい音を立ててなった。
「ふふ、お腹減ったね」
「……はい」
幸せすぎて、気が緩んでしまう。
「シャワー浴びて、ご飯食べ行こうか」
次の日の朝。
昨日の疲れもあり、俺はぐっすり眠ってしまった。
窓から差し込む光に、重たい瞼を開ける。
「……ん」
ぼやけた視界の焦点が合う頃、隣を見ると輪島の姿がなかった。
ゆっくりと身体を起こし、あたりを見渡す。
枕の横に、何か書かれたメモを見つけた。
「早めに行って、すぐ戻るね!朝ごはん、ちゃんと食べるんだよ」
輪島からのメッセージを見て、俺はもう一度ベッドに横たわる。
――俺、昨日一慶さんと……。
指先から足先まで、痺れるような感覚を思い出して頬が熱くなる。
「……幸せすぎる」
俺はしばらく噛み締めた後、やっと身体を起こし身支度をした。
近くのカフェで朝食を終えて、街をふらついていると、輪島から連絡が入る。
昨日の不動産屋で、待ち合わせすることになった。
「お待たせ」
「お疲れ様です」
輪島と合流し、無事に新居の鍵を受け取る。
「じゃあ、行こうか」
輪島に手を引かれて、車に乗り込む。
「車で来たんですね」
「うん。実家の荷物持ってきたから」
「え?!」
「必要最低限ね。できるだけ早く出たかったし」
「そ、そうだったんですね」
輪島の家族については、いつか輪島が話したくなった時に聞くと決めている。
「荷解き、手伝ってくれる?」
「もちろんです!!」
輪島の荷物は、駐車場と部屋を三往復すれば運べる程度だった。
「少なすぎませんか?」
「え?あー、家具とかはまた一緒に見に行けばいいし。とりあえず寝袋は持ってきたよ!」
輪島の発言に驚き、急いで作業を始める。
「せ、せめて。ベッドとかは今日中に買いましょう」
輪島の持ってきた段ボールをあけて、中身を取り出していく。
「え、これ」
手に取ったカップ麺の容器を輪島に見せる。
「これ、まだ持ってたんですか?」
「うん。捨てられなくて」
「もしかして。……裏、気づきました?」
「ふふ。こっちくる時にね」
「そ、そうですか」
俺の淡い期待が、ちゃんと輪島に届いていた。
輪島はカップ麺を受け取り、キッチンのカウンターに置く。
「宝物だから。これは、捨てないでね」
「はい」
「瑞季くん」
「はい?」
「僕と恋人になってくれて、ありがとう」
目尻を下げて微笑みながら輪島はそういうと、また作業に戻った。
――俺の方こそ。
輪島の荷物が少なかったのもあり、一時間後には荷解きが終わった。
「よし!急いで、ベッドだけでも買いに行きましょう!」
今日はもうゆっくり観光をしようという輪島を、半ば無理やり大型家具店へ連れていく。
陳列された展示品のベッドに腰掛けながら、輪島に問いかける。
「ベッドは、分けますか?」
「いや、一緒にしよう。サイズはー……、クイーンかキングかな」
なんの躊躇いもなく、即決していく輪島。
ベッド一式と、ソファも購入した。
「明日届くみたいでよかったです。組み立て頑張りましょう」
「……本当にどこも連れて行けくてごめんね」
「いやいや。実感湧いて、ワクワクしてます」
自然と溢れる本音に、輪島も嬉しそうに頷く。
次の日、ホテルで朝食をとり、俺たちは新居に向かった。
途中で日用品なども買い揃えた。
「ふぅー……じゃあ、やりましょうか」
二人で届いたベッドとソファの、取り扱い説明書を見る。
「結構、大変そうですね」
「うん。思ったより難しそうだね」
説明書を見ながら、手探りで始める。
「あ、ちょ、一慶さん逆、逆!」
「え、どこ?……これかな」
「違う違う!そうじゃなくて」
「あ、これだね。ごめん、僕がここ支えるね」
顔を見合わせて、肩を揺らして笑う。
「もう俺たち、不器用すぎません?」
「ふふふ。ほんとだね」
「でも俺、この時間さえ幸せです」
輪島の笑う顔がとても自然で、それが何よりもうれしかった。
「はぁー、これ新幹線までに間に合うかな」
笑いながらそう話す俺に、少し離れていたはずの輪島の顔が目の前に近づいてくる。
――チュッ。
ゆっくりと目を開くと、優しく蕩けるような瞳で輪島が俺を見つめていた。
「はぁー……、もう帰っちゃうのが辛すぎる」
「ですね」
輪島が俺の背中に腕を回し、優しく抱きしめた。
「早くおいでよ」
「うん」
現実的には、来年の春まで同棲はできない。
でも、気持ちだけでもここに置いていきたかった。
俺も輪島の背中に腕を回す。
「一慶さん。大好き」
二人の気持ちが同じものになっていく。
作業を終え、無事にベッドとソファが完成した。
新幹線まで、あと二時間ほど余裕がある。
疲れた身体を沈めるように、お互いくっつきながらソファに腰掛けた。
「無事、終わりましたね」
「うん。本当にありがとう」
「いえいえ。寝袋生活は流石に良くないので」
「あははは、確かにね。あ!瑞季くんさえ良ければ、他にも欲しいものとか揃えておくよ」
「……じゃあ」
――こんなこと言ったら、子供っぽいとか思われるかな。
戸惑いながら、輪島にお願いする。
「今度会えた時、お揃いのコップとか……買いたいです」
輪島が目を見開いた後、ハニカムように笑う。
「いいね。買おう!コップとか、お皿とか!たくさん買おう!」
「はい!たくさん。たくさん欲しいです!」
輪島の言葉は、優しくて温かくて本当に魔法みたいだ。
「家電とか、そういうのは僕が揃えてもいい?」
「あ、そうですよね。今日から住むなら、必要でしたね」
家電の存在など、すっかり忘れていたことに気づく。
幸せボケということにしておこう。
「ゆっくり散策しながら、駅向かおうか」
「はい!」
「今度は、僕がそっち行くね」
「楽しみにしてます」
輪島から渡されたお揃いの鍵を、自分のキーチェーンにつける。
一緒に住む家ができた。
俺たちが安心できる場所。
もう俺は一人じゃない。
家を出てエレベーターまで歩く時、俺はそっと手を繋いで、輪島の顔を覗き込む。
「これからも、二人でたくさん笑っていようね」

